2015年7月29日

1940年代のフランスの女性誌

フランスは第二次大戦の戦勝国とはいえ、実際には戦火で経済は疲弊し、その影響が雑誌の体裁に色濃くあらわれています。ヴィシー政権当時、その前後の時代の女性誌をいくつかピックアップしました。
43
ESHITA Masayuki @massa27

ヴィシー政権時代の Modes et Travaux 1940年10月号、それまでは月2だったのが、以後1945年まで変則的となります。 pic.twitter.com/NAUKsZbgfC

2015-07-29 06:05:19
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

おなじく Modes et Travaux 1941年4月1日号です。この雑誌は日本でいえば装苑みたいな位置づけです。 pic.twitter.com/pnftjHIXmh

2015-07-29 06:06:39
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

Modes et Travaux 1942年7月号、じつはだんだんとページ数が少なくなってるんですよね。表紙はあいかわらずお洒落なんだけど。 pic.twitter.com/0WkQSNkaQE

2015-07-29 06:07:56
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

Modes et Travaux 1944年4-5月号、いよいよ戦況がひっぱくした時期の号です。 pic.twitter.com/la2WiyUw8H

2015-07-29 06:09:45
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

そして Modes et Travaux 1944年6-7月号、号数的にはパリ開放と重なってますけど、制作は当然ながらそれ以前になされてるはずですね。 pic.twitter.com/fbWbYEHrHK

2015-07-29 06:11:03
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

そしてフランスでは戦後になる Modes et Travaux 1945年4-5月号、だけどページ数や紙質などは戦前に比べて貧弱なままで、戦勝国といえども戦火の痛手からはまだ立ち直れていない様子が雑誌にもうかがえます。 pic.twitter.com/zvrwId9ymF

2015-07-29 06:13:00
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

さすがに終戦から3年経つとしっかりしてきます。これは Modes et Travaux 1947年10月号です。ただし戦前の月2とはならず月刊となりました。そのあたりは競合誌 Jardin des Modes とおなじ。 pic.twitter.com/XoF0TuM7F5

2015-07-29 06:14:36
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

Modes et Travaux 1948年5月号、表4広告がヴィシー政権時代とあきらかに違いますね。 pic.twitter.com/Bdzi02tv5T

2015-07-29 06:15:39
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

ベルギーの女性誌 Femme d'Aujourd'hui の1945年発行とおもわれる号(詳細不明)、わずか2枚4ページの構成で、雑誌という体裁ではないですね。 pic.twitter.com/pwNh5ZhJ3k

2015-07-29 06:18:01
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

Femmes d'Aujourd'hui の1946年6月22日号、ようやく3枚12ページに増えました。 pic.twitter.com/DZ5QVlzxZH

2015-07-29 06:19:09
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

Femmes d'Aujourd'hui 1947年2月22日号4枚16ページです。年々1枚ずつ増えていったわけですね。 pic.twitter.com/8f2WJ5pfrb

2015-07-29 06:20:23
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

Femmes d'Aujourd'hui 1948年2月7日号、4枚16ページのままです。 pic.twitter.com/HT9wdd4o6s

2015-07-29 06:21:53
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

Femmes d'Aujourd'hui 1949年7月14日号、ようやく雑誌といっていいぐらいの体裁になっています。ベルギーも復興がしんどかった様子がうかがえますね。 pic.twitter.com/WDlQe8ox6C

2015-07-29 06:23:21
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

こうしてみると、最初からいきなり二桁のページ数で創刊された ELLE の気合いの入り方がわかりますね。創刊号1945年11月21日号です。 pic.twitter.com/Vp6U1FD3UV

2015-07-29 06:25:27
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

創刊号の書影はわりと見かける機会が多いと思うので、ELLE の創刊2〜5号をこれみよがしに(^_^;)。第2号は1945年11月28日号です。 pic.twitter.com/JJtcZQMhan

2015-07-29 06:26:37
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

ELLE 1945年12月5日号(創刊第3号)です。編集責任者はもちろん女帝エレーヌ・ゴードン=ラザレフです。 pic.twitter.com/Moe3v38ruR

2015-07-29 06:27:50
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

ELLE 1945年12月12日号(創刊4号)、表4広告がしゃれてますね。 pic.twitter.com/35QARpV2LI

2015-07-29 06:28:37
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

そして創刊5号にあたる1945年12月19日号です。去年、たまたま1〜40号のセットを運良くゲットできたのでした。 pic.twitter.com/AXTGYZ6KJR

2015-07-29 06:30:26
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

1948年9月7日号は、Claudine 誌を吸収したあとなので、雑誌名が ELLE Claudine となっています。 pic.twitter.com/fohM9x9jNz

2015-07-29 06:31:35
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

ちょいとややこしいのだけど、ELLE 以前に pour ELLE という雑誌が存在します。これは ELLE とは無関係だったはず。これは創刊号 1940年8月14日号です。 pic.twitter.com/wDD26PGfI5

2015-07-29 06:33:13
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

pour ELLE誌で手元にある最後の号は1941年6月18日号、通算45号です。 pic.twitter.com/MwZeLp0Rp2

2015-07-29 06:33:59
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

戦前に創刊された Marie Claire は社主ジャン・プルーヴォストが売国的行為で訴えられ、戦後も復刊がなかなか許されませんでした。とりあえず中断前で確認できるのは1944年8月15日号、通巻318号です。 pic.twitter.com/dyivUykZNi

2015-07-29 06:37:16
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

Marie Claireの現編集部は戦前を黒歴史扱いにしているのか、週刊誌時代の歴史はすごく大雑把なんですよね。最終号がわからない。フランス語版wikiでは311号までとあるけど、これは正しくないわけで。

2015-07-29 06:39:25
ESHITA Masayuki @massa27

Marie Claireに対抗する形で創刊された愛国的(?)雑誌が Marie France です。これは1947年5月27日号で、votre AMIE誌吸収後なので名前が併記されています。 pic.twitter.com/C2pWNH5mh6

2015-07-29 06:41:25
拡大
ESHITA Masayuki @massa27

votre AMIE 自体は Marie France や ELLE に似た雑誌です。これは1946年9月24日号です。 pic.twitter.com/VXRBHgvkRi

2015-07-29 06:42:12
拡大
残りを読む(18)

コメント

笹団子@Coーvidー19からの再起動 @sasadango_tyo 2015年7月30日
主さんの過去のまとめに1920年代のファッション誌の表紙もありますが、主さんのコレクションでしょうか?ちょっと前のものはカッコ悪く見えてしまいますが、不思議と時代が経過すると綺麗に感じます。
0
nekosencho @Neko_Sencho 2015年7月30日
この手のを研究しておられる方ですよ。講義とか聞いたことないので詳細は知らないけど
0
Spica @Kelangdbn 2015年7月30日
『天井桟敷の人々』を作ってるぐらいですから(ただ主演女優が19世紀生まれのおばさんだったのはナチス占領下の制約があった故か?)
0
ESHITA Masayuki @massa27 2015年7月30日
sasadango_tyo すべて手元にある実物からのブツ撮りです。
0
ESHITA Masayuki @massa27 2015年7月30日
まとめを更新しました。Le Petit Echo de la Mode を追加しました。
0
清水代歩 @kaho_biz- 2015年8月2日
大戦中はどこで発行されてたんですか? ヴィシー政府の統治する自由地区よりもドイツ軍の軍政下にあった占領地区の方が検閲が緩くてかなり盛んな文化事業がなされてたと聞きますが。
0
ESHITA Masayuki @massa27 2015年8月2日
kaho_biz- Femmes d'Aujourd'hui はベルギーの雑誌なので発行もベルギーです。他の雑誌は、奥付相当の欄をみるかぎり Marie Claire 以外はパリに編集部が置かれいました。他方、Marie Claire は発行責任者の Jean Prouvost がヴィシー政権に協力的な姿勢を取り、編集部はリヨンに移動しました。
1
ESHITA Masayuki @massa27 2015年8月2日
kaho_biz- (続き)その後はレジスタンス・グループに接近するなど日和見的な姿勢を取り、それが終戦後に Marie Claire 復刊を遅らせたという指摘があります。Marie Claire が月刊誌として復刊したのは1954年です。
2
清水代歩 @kaho_biz- 2015年8月2日
ありがとうございます。占領下の文学には少し興味がありましたが、女性誌界にもそんな経緯があったんですね。
0
Dickson Chong @Blax280 2021年4月23日
こんにちは江下正幸、私はこの記事が本当に好きです。そして、あなたが投稿した投稿!!!!!!!!!そして、私のお気に入りの号は、1948年2月7日号のFemmes D'aujourd'huiです!!!!そして、それらの写真はいつ撮られますか?
0
Dickson Chong @Blax280 2021年4月23日
massa27ああ、この素晴らしい情報をありがとう!!!!!
0