即興小説深夜特急「家族の結晶」

立夏🕊獣の仕業/D.C.Inhighs @ritsu1125

26：友人の特徴的な歯。同じでないはずがない。思い込みからの補完だ。 私の想像の中で笑っている。消えた友人の姉が。友人と同じ歯で笑っている。でもそれは違っている。卒業アルバムの本当の姉とも友人と夕方に遊ぶ消えた姉ともどちらとも違っている私の頭の中だけの姉。 #深夜特急24

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27：笑うだろうか。実在の消えた姉も私の頭の中のように。同じ歯をするのだろうか。でもその幻影に当てはめられているのは消えた姉の歯ではなく友人の歯だ。私は友人の歯しか知らないからそこに当てはめたのは友人の歯だ。その歯もまた実際の友人の歯とは少し違っているだろう。 #深夜特急24

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28： 私は頭の中で実験をする。放課後の実験室でアルコールランプに火をつける。 日が沈むとともに空想の理科室の机がゆったりと浮かび上がる。机は太陽とともに重力をなくしてしまった。 または理科室全体が見えない月の湖に沈んだのだ。 #深夜特急24

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29：熱せられた液体は蒸発する。飽和したものが白い結晶として残る。 消えたものはなにか。残ったものはなにか。その結晶を液体に再び溶かした時、その結晶は消えたと言えるだろうか。また同じ液体であると言えるだろうか。 私の隣には消えた姉が笑っている。姉が私の手に触れる。 #深夜特急24

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30： 理科室の机が浮かんだ原因： ・太陽の消失 あるいは ・月の湖の浸水 　　 その翌年、友人の父と母が長い旅に出かけた。二人はそれぞれに旅立ちのタイミングも目的地も異なっていた。また、どちらの目的地も姉の行く先とは異なっていた。 #深夜特急24

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31：最初の半年だけごく短い手紙が友人と姉宛に届けられた。 姉もまた帰っては来ない。そのため姉宛の手紙は開かれることなく累積されていた。手紙が届かなくなった頃、消えた姉も現れなくなった。友人と私は一ヶ月、彼女を待った。 #深夜特急24

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32：「キミは何故待たないんだ」私は友人に尋ねる。「帰ってこないことを知っているのか」 「待っているじゃないか」友人は微笑んだ。「こうして」 私の期待する回答とは異なっていた。 友人の部屋で漫画や本を広げて他愛もない話をした。夕暮れが近づくと二人共押し黙った。 #深夜特急24

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33：「誰もいなくなっても僕たちはまだ家族だ」待機の習慣を始めて二十日目に友人が言った。「そうだといい。それに、」 日が暮れている。部屋の電気はまだ付けられていない。 「まだ姉さんがいるしね」 「それはキミ、どちらの姉さんのこと」 分からないと友人は言う。 #深夜特急24

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34：しばらくして、ただ、と彼は付け加えた。「帰ってこないもの。目に見えないもの。それでもまだどれもこの家族に溶けているような気がする」 だからと言って火を付けるわけにもいかないもんね。友人は笑った。ユーモアのつもりのようだった。 #深夜特急24

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35： そういえば、この部屋の夕日は、 まるで燃えているようだった。彼の部屋に現れた中間消滅の少女は、蒸発する家庭の中に融解した一欠の結晶だ。 夢は真夜中に差し掛かる。夢の中において私は実験をする。理科室では私の生徒が私の挙動を見守っている。 #深夜特急24

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36：着席位置が異っていることに私は気が付く。夢の中と現実世界では生徒の名前に変更が生じているためだ。 教壇の上にはアルコールランプがある。いつものランプだった。アルコールランプの内部は、液体が虹色に明滅している。 生徒の視線が私に突き刺さる。 #深夜特急24

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37：未だかつてこんなに注目されたことはなかったのではないだろうか。私は気恥ずかしい気持ちになる。もっと上等な服を着てくるべきだったと後悔する。しかしやがて生徒たちの興味の対象が私ではなく私の前に置いてあるアルコールランプであることに気が付いた。 #深夜特急24

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38：明滅する暖かなランプの中に友人の家族が幸せそうに揺らめいている。 私は生徒たちの期待する行動を探り、やがてマッチに火をつける。生徒の集中が一層高まっていくのを感じる。彼らが望んでいるということは私が何より望んでいるからだ。この結晶。この旅。郷愁の終わりを。 #深夜特急24

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39：旅には目的がなければならない。蓄積する疲労や費やされる時間は、旅人の野望やテーマによってのみ昇華される。 ランプに近付けようとする前にふと手を止めて私は考える。 歯は、燃え残るのだろうか、と。 私は念じた。 （終） #深夜特急24

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深夜特急今回はこれで終わりです。ご乗車いただいた皆様ありがとうございました。 おそらくは、また近いうちに。 #深夜特急24