時雨さんの何か

探偵時雨さんの死んだ何か
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ろくせいらせん @dddrill

「ここから先は、本当に酷い話しかないよ」 「うん。家には、十数人ばかりの大人が集まっていた。この時に嫌な予感がしたんだよ。……だって、幾ら畑仕事が無い時期だからって、村じゅうの若い男が集まってるようなものだ。ろくな用事な筈無いじゃないか」 「一応歓迎はしてくれたよ。お茶も出たし」

2015-07-28 22:20:34
ろくせいらせん @dddrill

「……幸い、僕はそれに手を付けるほど軽率じゃなかったよ」 「男衆に囲まれるようにお婆さんがいて、その人が『依頼人』だった。ひと通り経緯を話してね。例の男を引き渡して、依頼料を貰った。支払いは砂金だったよ」 「……口止め料込み位の額はあったからね。何処から出たのかは聞かなかった」

2015-07-28 22:26:23
ろくせいらせん @dddrill

「お婆さんは、僕の前で男をぶった。何度もね。『役立たず』って罵りながら」 「そういうことだと、僕も思ったよ。それなら、よかったんだ。それならこの話はここで終わりだよ」 「……もう遅いから泊まっていけ、って言われたんだ。実際、もう日は暮れてたし。かなり山奥だったからね」

2015-07-28 22:31:39
ろくせいらせん @dddrill

「世話をしてくれるって言われたけど、断った。埃だらけの空き家を貸してもらって……日が昇ったら、すぐに発つつもりだったから。着の身着のままで眠ったよ。それでも僕は、嫌な予感がしていたから拳銃をこっそり整備してた」 「もう持ってないって(微笑)。艤装じゃない。海軍の拳銃だ」

2015-07-28 22:36:07
ろくせいらせん @dddrill

「……提督の持ち物だよ。あの小さなピストルを持ってるだけで、僕はどこでも落ち着いて眠れた」 「真夜中に、戸を叩く音がした。風の強い晩だった。僕は拳銃を腰にさして、『どちらさまだい?』って聞いたのさ。戸を叩く音は止まった。……僕は、勝手口を探した」 「面倒は嫌だったからね」

2015-07-28 22:43:40
ろくせいらせん @dddrill

「すぐに荷物を纏めて、勝手口から転がり出た。今思えば迂闊だったね。他の村人に見つかった時の言い訳すら考えてなかったんだから」 「……うん、そうはならなかった。僕が見たのは、仮面を付けた村人の行列だった」 「最初に思ったこと?『弾が足りなさそうだな』って」

2015-07-29 00:13:14
ろくせいらせん @dddrill

「行列の中心には、駕籠があった。大名行列みたいなのじゃないよ。四手駕籠が近いかな。暗くてよく見えなかったけど。女の子が乗っていた。その時、月明かりが雲の合間から覗いた。だから、見えたんだ。その子は、五月の空みたいな青い髪をしていた」

2015-07-29 00:21:11
ろくせいらせん @dddrill

「彼女の姉妹か、従姉妹か。もしかすると姪っ子や叔母かもしれない。今となってはもう、わからないことだから」 「……肉親が生きているのに、五月雨は……五月雨ちゃんは、一言もそれを口に出したことが無かったんだよ。情報は開示されてた筈なのに。会いたくないなんてことは、無かった筈なんだ」

2015-07-29 00:27:18
ろくせいらせん @dddrill

「……想像だよ。うん。僕の、勝手な想像なんだ」 「……その子は、白装束を着ていた。ちらりと見えた顔は無表情だった。僕はそこに、五月雨ちゃんの面影を確かに見た。見たんだよ」 「僕は、正常だよ。そのはずだ。そうでなきゃ、こんなところには居られない」 「僕はこっそり行列の後をつけた」

2015-07-29 00:33:23
ろくせいらせん @dddrill

「行列は山道を登っていった。近くには川が流れていてね。水の音が聞こえた」 「……多分、そこが砂金の取れた川なんだと思う」 「ごめん、道順はよく覚えてないんだ。行列の後をつけるので精一杯だったから」 「行列が行き着いたのは、洞穴の前だったよ。奥から生暖かい風が吹く、不気味な洞窟」

2015-07-29 00:38:48
ろくせいらせん @dddrill

「そう、それが多分『神隠し』の部分の正体だよ」 「……調べても、近くに川なんてない?地図のミスじゃないかな。或いは、雪解け時期だけできる流れなのか……そんなことを僕に言われても困るよ」 「女の子を載せた籠は、洞窟の中に入っていった。僕は隠れて、行列が出てくるのを待っていた」

2015-07-29 00:43:46
ろくせいらせん @dddrill

「……あの子と話してみたかったからね。『五月雨ちゃん』について。多分、何らかの儀式の筈だから、上手く一人きりになるところを狙えばいけるかもしれないと思ったんだ」 「案の定、行列は駕籠を残して出てきた。……その時に気付いたんだけど。行列の中には、僕が連れて来た男が混じってた」

2015-07-29 00:46:45
ろくせいらせん @dddrill

「だからどうした、ってこともないんだけどね」 「……うん、それだけだよ。行列は行きと同じに山道を降りていった。僕は適当なところで見計らって、洞窟の中へ駆け込んだ」 「意外なほどに奥は浅かった。僕は気配を殺してゆっくりと進んだ。すると、ぶつぶつ呟く声が聞こえたんだよ」

2015-07-29 00:52:22
ろくせいらせん @dddrill

「……『こんなはずじゃなかった』とか、『あの子の役目だったのに』とか。聞いていて気分がよくなるようなものじゃなかったね」 「多分、まともな精神状態じゃなかったよ。戦場で、ああいうふうになる兵隊さんを何人も見たから。僕達は記憶処理があるから、滅多に無かったけど」

2015-07-29 00:57:24
ろくせいらせん @dddrill

「後ろからこっそり近づいて、絞め落としたよ。体格差もそんなに無かったし」 「1回大人しくしてもらった方が、話もしやすくなると思ったから。そもまま彼女を背負って……うん、びっくりするくらい軽かったから」 「それで、気付いたんだ。つぶやき以外に、洞窟の奥からまだ息の音がすることに」

2015-07-29 01:00:32
ろくせいらせん @dddrill

「穴の奥から出てきたのは、大きな蛇だった」 「……正常だよ。多少、長距離の移動と寝不足で疲れてたけど」 「やってないよ。うちの鎮守府は、その手のことに厳しかったし」 「一服盛られたんじゃないかって?出されたものには手を付けなかったし……僕達の身体はそんなにヤワじゃないよ」

2015-07-29 21:14:04
ろくせいらせん @dddrill

「僕は拳銃を構えて、引き金を引いた。一発目は外れて、岩で跳弾した。二発目は当たったけど、そんなに堪えてないみたいだった。幸い冬眠開けなのか、動きは鈍かった」 「あの時ほど、艤装が懐かしく感じたことはないよ。12.7cm連装砲があったら、頭ごと吹き飛ばせたのに」

2015-07-29 21:19:03
ろくせいらせん @dddrill

「僕は女の子を担いだまま逃げようとした。その時、鼻の先にかかった女の子の髪からは、太陽の匂いがした。……五月雨ちゃんと、同じ匂いだった」 「情報が足りなかったけど、僕が何かの邪魔をしたことは確かだった。その何かが碌でもないことだとしても……『それ』は、村では多分正しいことだった」

2015-07-29 21:23:37
ろくせいらせん @dddrill

「僕の後ろには、女の子と蛇が居た。地面を擦る音が近づいて来るんだ。村に戻れば、どうなるかわからない。でも、土地勘の無い場所で獣道を歩いて山を下る……しかも、女の子を一人まるまる背負って?そんなリスクは犯せなかった」 「……そんなことは考えもしなかった。それとも、僕に『また』……」

2015-07-29 21:27:15
ろくせいらせん @dddrill

「……僕は今、『また』って言ったかい?」 「何かが引っかかってるんだ。僕は、何か、大事なことを……」 「うん、そうだ。話の続きだね。ありがとう」 「結局、村に戻るしかなかった。蛇は、洞窟から出てくる所までは見たけど……その後、どうなったかまでは見ていない」

2015-07-29 21:29:41
ろくせいらせん @dddrill

「ただ、山の中で……風に運ばれて、悲鳴を幾つか聞いたような気がする」 「まだ寒かったからね。もしかすると、蛇は山のどこかでまだ眠っているのかもしれない」 「だから言ったじゃないか。酷い話だ、って」 「山狩りでもしたら見つかるんじゃないかな……といっても、場所がわからないんだっけ」

2015-07-29 21:34:09
ろくせいらせん @dddrill

「『蛇と少女』の妖怪の噂?……知らないよ」 「兎に角、僕は村まで帰らないといけなかった。夜の山を歩きまわるのは危ないから……村までの道は、所々目印を付けて来たのが役に立ったよ」 「木に紐を結わえて、帰る時に解いていくんだ」 「そう。村の明かりが見えた時は、ほっとしたよ」

2015-07-29 21:45:36
ろくせいらせん @dddrill

「村に戻った僕達を待っていたのは、銃口だった」 「なんのことはない。僕は、村の儀式の邪魔をしたんだから。油断してたんだよ。村に男はもう居ないとばかり」 「下は僕と同じくらいの子から、上はお婆さんまで。持ってるのは猟銃とか色々。多分、男たちが戻らないから警戒してたんだと思う」

2015-07-31 01:41:55
ろくせいらせん @dddrill

「すぐに白旗を上げたよ。いくら元艦娘だからって、できることとできないことがあるからね……こっちには、『人質』もいたから、悪いようにはされないと思ったし」 「その前に僕は切り札を切ったのさ。『何故●●を連れ戻したがってるんだ』って。●●っていうのは、五月雨ちゃんの本名だよ」

2015-07-31 01:45:34
ろくせいらせん @dddrill

「ああ、勿論伏せ字で……記事にしなくてもだよ。あの子の元の名前を知ってるのは、僕だけでいいからね」 「うん……流石に、感づいてたよ。どうして、こんなに回りくどい手を使ったのかまではわからなかったけど。僕が手放さないと思ったのかな」

2015-07-31 01:49:28