ミート・イン・ジェイル

檻の中に居るのは、獣か。宝か。
0
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

4月も半ばを過ぎた鹿児島。その日は珍しく雨が降っていた。しとどに降りしきる雨は葉桜を濡らし、大地に染みわたって行く。そんな雨露で霞む道を、都心から郊外へ向け進む車が一台あった。漆めいて黒塗りの車体が雨を弾き、霞を切り裂きながら突き進む。 1

2015-08-10 17:11:01
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

黒塗りの車は雨の中突き進む。車内、運転手はちらりと後部座席に座る男を見た。車とは対照的に、白一色の軍服に身を包んだ男。知る者が見れば、その軍服の正体を二種軍装であると看過しただろう。そしてその左胸に鈍く輝く勲章。それは、この男が元帥の地位にあると示していた。 2

2015-08-10 17:18:31
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

元帥。そして二種軍装。これらが指し示すこの男の正体はただ一つ。鎮守府に所属する提督である。それも、かなり地位の高い。「…何か」元帥は運転手の視線に気づいた。「…いえ」運転手は視線を逸らし、前を注視した。車内に重苦しい沈黙が満ちる。対向車線からライトをつけた車が一台横切る。 3

2015-08-10 17:23:56
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

対向車のライトが車内を照らした。運転手の顔に光が。装着した「憲」「兵」のメンポが鈍く光った。やがて車は目的の施設に到着し、停車した。「着きました」「ああ、ありがとう」運転手が先に退出し、車を回り込んで、後部座席の扉を開けた。「どうぞ」傘を差し、退出を促す。 4

2015-08-10 17:28:43
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「すまんね」元帥は礼を言い、車から出た。傘を差す運転手と共に、元帥は前方の建物の中へと入って行く。ふと、元帥は建物の看板らしきものを見た。雨露に霞みながらも、木製の物々しい看板には「憲兵隊 鹿児島支部」とショドーされているのが、分かった。 5

2015-08-10 17:33:12
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「ミート・イン・ジェイル」

2015-08-10 17:33:57
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「ドーモ」建物に、憲兵隊駐屯所に入った元帥を出迎える一人の少女。黒い服。白粉を塗した白い肌。左手には筒状の灯籠めいた物を持ったその少女、名をあきつ丸と言う。「ドーモ。あきつ丸嬢」元帥はアイサツを返す。「では、自分は車を戻してきます」傘を畳み、運転手は再び外へと消えた。 6

2015-08-10 17:40:37
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「用件は既に窺っているであります」「話が速くて助かるよ」あきつ丸と元帥は言葉を交わし、奥へと進んでいく。「しかし」先行するあきつ丸が元帥を見た。「何か」「いえ…鹿屋基地長官ともあろう方が、この場に…いえ、あの男に一体何の用があると言うのか」「知りたいかね?」元帥が不敵に笑う。 7

2015-08-10 17:44:44
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「無い方がおかしいであります。あの男は」そう言いかけ、あきつ丸は正面施設とその奥を隔てる鉄格子が近いことに気付いた。門番めいて立つ見張りの憲兵があきつ丸の姿を認め、敬礼する。あきつ丸も敬礼を返す。「その方は」見張りが問うた。「今朝連絡のあった方であります」「了解」 8

2015-08-10 17:49:53
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

見張りは鉄格子の錠前に鍵を差し込み、奥への道を開放した。「では、お気をつけて」「お勤めご苦労様」元帥も敬礼し、奥へ進む。やがて見張りの姿も遠くなる。「ここから直ぐが留置所。その奥が、独房であります」「そこに彼が?」「はい」あきつ丸は頷く。 9

2015-08-10 17:52:43
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

やがて、少し広まった場所に出た。留置所である。左右の壁には幾つもの扉が付いている。その内の数か所から、呻き声やすすり泣く声が漏れだしてくる。「出してくれ!頼む!」一つの扉から、懇願の声が響く。「大人しくしなさい」見張りの憲兵が咎める。元帥達は黙って通過した。 10

2015-08-10 17:59:16
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「長官!長官ですよね!出して!ここから出してくれ!」「静かにしなさい!」喧騒を背に、二人は歩み続ける。「お知り合いで?」喧騒が小さくなった辺りで、あきつ丸が問う。「一応は、な」元帥は苦々しげに言った。「毎回新規の提督には私から訓辞を送るからね」 11

2015-08-10 18:03:00
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「これから会う男はそれより危険であります」あきつ丸は咎めるように言った。「我々が確保しようとした指名手配グループ30名の内28名を殺害。生き残った二人のうち一人も意識が戻らず、もう一人は恐慌状態で何も喋ろうとしないであります」あきつ丸は元帥を見た。「一体何故会おうと?」 12

2015-08-10 18:07:19
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「何、別に本当に会いたいのは私じゃないさ」元帥は言った。あきつ丸はその言葉の意味を計りかねた。やがて、二人は独房のある区画に到着する。「この先です」「ああ」二人は暗いアトモスフィアの中、目的の独房へと着いた。独房は留置所と違い壁の一方が鉄格子となっており、中が良く見渡せた。 13

2015-08-10 18:17:18
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「7号!起きているか!」あきつ丸は語気を強めて、檻の中へと呼びかける。元帥は檻の中を観察した。部屋の隅に流し場と洋式便座。壁に立てかけられた机。床には布団が敷かれていた。「…何だ?」布団の中から、くぐもった男の声が聞こえる。「貴様に面会だ」「面会…?」訝しむような声。 14

2015-08-10 18:22:44
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「誰だってんだ一体…」男は布団から体を起こした。布団の中から現れたのは、褐色肌。古希めいた灰色の髪。左顎に沿う様な古傷。そして青い瞳を持った体格の立派な男であった。男は不快げにあきつ丸を、そして元帥を見た。「誰だ、アンタ」「口に効き方に気を付けろ7号!」「テメェがな」 15

2015-08-10 18:26:25
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「何を…」あきつ丸は言い返そうとした。直後、青い瞳が殺意を湛えあきつ丸を見た。「俺の名前はそんな数字じゃねぇ」リカルドは一言一言に憎悪を込め、言った。「だ、だが。囚人は番号で呼ぶのが規則…」「だから、俺は何時裁判を受けたっつーんだよ」男は獣めいて頭を振った。 16

2015-08-10 18:29:34
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

(これが…そうか)長官は檻の向こう男を見やり、冷汗をかいた。非合法施設の研究員28人を素手だけで殺めた残虐な殺戮者。沈黙しているだけでも、刺すような殺意が檻越しに心を苛む。(だが、臆して居る場合ではない!)やがて男は顔を上げ、元帥にアイサツをした。「ドーモ、リカルドです」 17

2015-08-10 18:30:22
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

元帥は一瞬怯んだ。だが、持ち直した。そしてアイサツを返す。「ドーモ。私は鹿屋基地長官・美濃部芙蓉です」「基地…長官?」リカルドは美濃部の言葉を吟味する。「如何にもな偉い人が来たって感じだが、俺に何か用か?」「まぁ、そんな感じだね」美濃部はリカルドの瞳をしっかりと見返した。 18

2015-08-10 18:41:06
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「単刀直入に言おう」美濃部が決断的な意志を持ってリカルドを見る。「君の力を買いたい」「ほぉ…」リカルドが獣めいて笑った。「げ、長官殿!?」あきつ丸は狼狽する。「そんな話は聞いていないであります!」「そりゃそうだ。今言ったんだしね」「はぁ!?」あきつ丸はあんぐりと口を開けた。 19

2015-08-10 18:45:22
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「ハハハ!面白いじゃねぇか!」リカルドは笑った。「で、理由くらい聞かせてくれるよな?」「無論だ」美濃部もまた笑った。「君の事情聴取の書き取り書類を見させてもらった。君は、“ハンター”だそうだね」「そうだ」リカルドが頷く。「実演してもらっても?」「実演…いいぜ。下がってな」 20

2015-08-10 18:50:02
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

リカルドは美濃部を下がらせる。リカルドは鉄格子を掴んだ。「お、おい!一体何を!」「イィイイイヤァーッ!!」カラテシャウトの咆哮と共に、囚人服が爆ぜる!その両腕と背に縄めいた筋肉が浮かび上がっている!やがて、おお…!ゴウランガ!鉄格子が飴細工めいて曲り、開いていく! 21

2015-08-10 18:52:30
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「アイエエエエ!」あきつ丸は悲鳴を上げる!「おお…!」美濃部は感嘆の声!「イヤーッ!」やがて、鉄格子が根元から曲り、人一人が通過できる隙間が出来上がった。「まぁ、こんなもんだな」リカルドはその隙間から這い出、美濃部の前に立った。「成程…噂に違わぬ力だ…」美濃部は賞賛の声! 22

2015-08-10 18:55:46
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「デモンストレーションは十分なようだな」リカルドはニヒルを気取り笑う。「ああ」美濃部が頷く。「で、理由を聞いていなかったな」「君のような強い人間を探していたんだ」美濃部は語る。「詳細な説明はまた後日にするが、我々の率いる部隊は、言うなれば超人だ。だが、一つ問題があった」 23

2015-08-10 18:59:08