- love_kamome
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《犬になりたい》side-A 468 まさかあの時はこうなるなんて夢にも思ってなかったなぁ...。 あの子をこんなに...。 眠ることを忘れるほど。 あらゆるものに、あの子の面影を探してしまうほど。 すれ違う人が、みんなあの子に見えてしまうほど...。
2015-08-20 21:47:28《犬になりたい》side-A 469 こんなに、好きになるなんて。 積み上がった段ボールの上に、一度袖を通しただけの、あの子の部屋着。 顔をうずめてみたけど、あの子の香りがするわけなくって、なんの変哲もないいつもの柔軟剤の匂いがするだけだった。
2015-08-20 21:47:37《犬になりたい》side-A 470 あの子は今...何してんねやろ。 俺のこと...少しは思い出してくれてたりすんのかな...。 泣いてないとええな。 いっぱいいっぱい辛い思いさせてしまったから...。 せめて記憶の中くらい、笑顔で溢れてて欲しい。 なんて。
2015-08-20 21:47:54《犬になりたい》side-A 471 勝手やな...。 ふーってため息が、フローリングに落ちた気がして、座り込んだ。 弟くんは、お互い好きなのになんで別れんの?って言った。 めっちゃ情けないけど、その言葉が首の皮一枚、繋げてる。
2015-08-20 21:48:11《犬になりたい》side-A 472 連絡取れんようになったのだって、俺のために...きっとめっちゃがんばって、全部忘れなきゃってしてるような...。 うぬぼれかなぁ...。 でも、だとしたら...。 俺のこと、まだ好きでいてくれんのなら...。
2015-08-20 21:49:44《犬になりたい》side-A 473 あの日もらったまんま、ギターのケースの中にしまってた封筒に、そっとハサミを入れた。 ............。 ほんとに大好きでした。 ありがとう。 さよなら。 ............。 白い便箋の真ん中にたった三行。 それだけ。
2015-08-20 21:49:57《犬になりたい》side-A 474 ............。 窓を開けて、空気を入れ換えて...。 春の匂いがする。 俺は...。 涙ってあっついんやなぁ...。 そんなどうでもいいことを思った。
2015-08-20 21:50:10《犬になりたい》side-A 475 引越しの日の朝、フラを連れて外に出た。 最後に散歩、しときたくて。 あの子と一緒に歩いた道を、見た景色を、ちゃんと覚えておくために。
2015-08-21 22:13:47《犬になりたい》side-A 476 「おーやーっす」 土手を降りて、川沿いの道を歩いてると、あくびまじりの声が聞こえて、弟くんとひーちゃんがちんたら歩いてくる。 「...お姉ちゃん、どうしてる?」 そう聞くと、弟くんは少し拗ねた顔をした。
2015-08-21 22:14:02《犬になりたい》side-A 477 「俺、しょーじきマジでちょっとムカついてんすよ。なんで別れんのかちょーイミフ」 そりゃそやな。 俺もちゃんと受け止めきれてないのに。 「あんなウソで引き下がってる安田さんもマジでイミフですけど」
2015-08-21 22:14:15《犬になりたい》side-A 478 あーもう! 弟くんはイラつきながら寝ぐせのついた髪をぐしゃぐしゃにする。 「ねーちゃん、もう家にいないです」 「え...?」
2015-08-21 22:14:32《犬になりたい》side-A 479 「やっぱまだ危ないし、引越した方がいいだろってことで...。あと、接客もアレなんで...事務仕事になったみたいで仕事場変わったんで」 ............。 好きな仕事をする喜びも、生まれ育った街での穏やかな暮らしも...。
2015-08-21 22:14:53《犬になりたい》side-A 480 全部全部、俺がぶち壊したんや。 「今...どこにおんの?」 「............俺は、安田さん好きですけど、でも、なんかあったらやっぱねーちゃんのこと考えちゃうんですよ。身内だから...ねーちゃんだから」 ふーって息を吐いた。
2015-08-21 22:15:04《犬になりたい》side-A 481 「すいません...矛盾してますけど。言えないです」 そう言われると思ってたけど。 あの子と連絡取れんようになって...毎週、手紙を書くことにした。 住所しかわからんねんもん...。
2015-08-21 22:15:16《犬になりたい》side-A 482 会いたいとか、そういうことは書かんようにして...毎日電話で話してたみたいなフツーの話。 お父さんに捨てられてるかも知らんけど、そんなんでも、繋がってたかった。 けど...全然...見てないってことやんなぁ...。
2015-08-21 22:15:24《犬になりたい》side-A 483 「俺な、今日引越しやねん」 「そっすか...」 弟くんは川面を眺めてそう言って...。 初めて会った頃より背が伸びて、俺は完全に見上げる格好になる。 「さびしくなります」 オトナになったんやなぁ。 こいつも。
2015-08-21 22:15:40《犬になりたい》side-A 484 「てか、俺も引っ越すんですけどね」 へらって笑って言った。 「え...大学...都内やろ?」 「学生のうちに実家出とけってとーちゃんが」 金持ちはやることちゃうなぁ...。 「みんなバラバラやなぁ...」
2015-08-21 22:15:49《犬になりたい》side-A 485 春の穏やかな日差しが川面に反射してキラキラ眩しくて、目を閉じた。 一瞬、あの子のこと、全部夢やったんかなって思う。 眩しくて目を閉じた、一瞬に見た夢。 鮮やかで、キラキラしてて、一点の曇りもない、あったかくて穏やかな夢。
2015-08-21 22:16:02《犬になりたい》side-A 486 「あの」 弟くんが怒ったみたいな顔で言う。 「たまに電話してもいいっすか?」 「ん?別にええけど...なんで?」 「元カノの弟になっちゃいましたけど。俺、けっこーフツーに、ファンなんで」 ニヤって笑うから、なんかつられてしまって。
2015-08-21 22:16:14《犬になりたい》side-A 487 こいつのこーゆーとこ、ほんま才能やなぁ...。 「俺は、けっこーフツーに、友達やと思ってんで」 マジっすか、ブラザーっすね、とかわけわからんこと言いながらハイタッチしてきた。 「じゃあ今度は焼肉で!」 そう言って弟くんは帰ってった。
2015-08-21 22:16:26《犬になりたい》side-A 488 河川敷の桜は8分咲きで、風が心地よく頬をなでる。 またいつか。 もう一度。 俺はこれからずっと、そう思いながら生きてくんやろな。 運命やったらまた会えるって...。 誰かの歌にあったみたいなこと、本気で信じてる。
2015-08-21 22:16:38《犬になりたい》side-A 489 名残惜しいのを振り払って、歩き出した。 帰ったらまた、手紙を書こう。 弟くんと、焼肉行くこと。 川の桜が、もうすぐ満開なこと。 いつかまた...。 もう一度会えたら、そのときは...って。
2015-08-21 22:16:57