『スシ・イズント・イートゥン・アット・エニィ・タイム』

◆テキストカラテ◆
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ジュセー @shiroboshi2

『スシ・イズント・イートゥン・アット・エニィ・タイム』 #S57Ninja

2015-08-26 23:01:54
ジュセー @shiroboshi2

重金属酸性雨が降り注ぐ中、通路の端、小さな屋根の下でギターを鳴らす少女。「成果はーなくー」彼女の荒削りな歌声に耳を貸す人は、誰一人としていない。少なくはない通行人たちは、みな、少女の前を無関心に通り過ぎていく。「そのー先にー先に……アー……」1 #S57Ninja

2015-08-26 23:13:37
ジュセー @shiroboshi2

少女はギターをかき鳴らしながら、口をモゴモゴとさせた。歌詞を忘れたのだろう。「アー……でー……出てたのがー」うろ覚えな歌詞を紡ぐ。通行人は誰も彼女の歌声を聞いていないため、このミスは彼女自身にしかわからぬことだ。「……未来が!ない!」彼女はシャウトした。2 #S57Ninja

2015-08-26 23:19:28
ジュセー @shiroboshi2

通行人の何人かが彼女の歌声に気づき、鬱陶しそうな顔を向けたまま通り過ぎていった。少女はなんともいえない表情を浮かべながら歌い続けた。3 #S57Ninja

2015-08-26 23:23:34
ジュセー @shiroboshi2

……少女はアンプの電源を落とすと、ギターのシールドを引き抜き、それらを乱雑にまとめ出した。3、4曲はやっただろう。彼女は足元に置かれた空き缶を揺らした。何も入っていない。誰からも、何も貰えなかったが……チャメシ・インシデントである。4 #S57Ninja

2015-08-26 23:28:59
ジュセー @shiroboshi2

少女は空き缶の側に置かれた『シュナイダー・ミルマ』の小看板を手に取ると、空き缶と共に乱雑にまとめた。足元のビニールシートから身をどかし、それを緩慢な動作で丸めた。5 #S57Ninja

2015-08-26 23:35:10
ジュセー @shiroboshi2

少女はため息を吐いた。シュナイダー・ミルマことミルマ・ウルは、ネオサイタマを生きる少女だ。パンクロッカーを目指し、自身が作詞作曲した曲を引っさげ毎日ストリート・ライブに励んでいるが……成果は芳しくない。偶に空き缶の中に気休め程度の素子が入るぐらいだ。6 #S57Ninja

2015-08-26 23:42:01
ジュセー @shiroboshi2

「今週も……口座から引き落とすかあ」ミルマは哀しげに言う。彼女の家系は実際カチグミだ。故に、生活に行き詰まった場合……カネは出る。だがミルマはそうした現実をよく思っていなかった。パンクロッカーを目指す者が、親のカネを使って貧窮から逃れようとするという現実に。7 #S57Ninja

2015-08-26 23:51:45
ジュセー @shiroboshi2

ミルマは荷物をまとめ終えると、そうした様々な想いを胸に、歩き出した。PVCレインコートを羽織って。周りに無関心な人々の合間を縫うようにして。そんな彼女の背を遠くから見る者があった。サラリマンめいた風貌の痩身の男は顎をさすると、何処かへと立ち去っていった。8 #S57Ninja

2015-08-26 23:58:13
ジュセー @shiroboshi2

「成果はーなくー!」今日もミルマは歌っていた。ギターはチューニングが合っていないのか、ややキーがずれている。だが彼女は何ら気にすることなく歌い続けていた。「そのー先にー!出てたのがー!……未来が!ない!」彼女はシャウトを挙げた。通行人の何人かが彼女を見る。10 #S57Ninja

2015-08-27 00:06:28
ジュセー @shiroboshi2

その視線はいずれも鬱陶しそうなものだった。ミルマは若干気圧されながらも歌い続けた。ふと、違う視線を感じ、彼女はそちらを見た。痩身のサラリマンめいた風貌の男が、こちらを見ながらなにやら必死にメモを取っている。(もしかして、プロデューサー=サン……だったり?)11 #S57Ninja

2015-08-27 00:15:36
ジュセー @shiroboshi2

ミルマは僅かな希望を感じた。もしかしたら、この毎日のストリート・ライブを見てくれていたのかもしれない。彼女はより大きな声で歌った。サラリマンめいた男は、より一層メモを取った。「ヤバイなアトモスフィアー!けれど何もできないー!アー!」彼女はシャウトした。12 #S57Ninja

2015-08-27 00:18:29
ジュセー @shiroboshi2

「今夜もー!……?」ミルマは通行人の刺すような視線と、サラリマンめいた男の好奇の視線以外に。もう一つ。視線を感じ取った。そちらを見やる。そこには、染め残しの目立つ金髪オールバックに、紫色のスーツの男が。鼻から下は金属質な何かに覆われ見えない。13 #S57Ninja

2015-08-27 00:23:05
ジュセー @shiroboshi2

男はミルマと、サラリマンめいた男を交互に見ているようだった。特に後者を。ミルマは怪訝に思いながらも、歌い続けた。14 #S57Ninja

2015-08-27 00:27:18
ジュセー @shiroboshi2

……「フゥーッ」歌い終えたミルマは、ソワソワしながら荷物をまとめ始めた。そんな彼女の元に歩みを進めるサラリマンめいた男。彼はミルマの側に立った。ミルマはソワソワしながらも、彼を睨みあげた。「何?」「ドーモ、ドーモ……私、ドノゴ・プロダクションの者でして」15 #S57Ninja

2015-08-27 00:32:05
ジュセー @shiroboshi2

彼は名刺を差し出した。ミルマはおずおずとそれを受け取る。ナラエマ・ジュウゾウという名が刻まれている。「あなたの歌、とても良いと思いました。プロデビューしてみませんか?」ナラエマは柔和な笑みを浮かべながらミルマに問う。「エッ!プ……プロ?」彼女は戸惑った。16 #S57Ninja

2015-08-27 00:36:51
ジュセー @shiroboshi2

「ハイ。あなた充分通じますよ!私にはわかります」彼は言った。ミルマは戸惑いつつも、高揚を隠しきれずにいた。「わ、私……パンクロッカー……だから、プロとかそういうのは」「パンクロッカーでも契約している人は実際いますよ!」ナラエマは柔和な笑みを浮かべている。17 #S57Ninja

2015-08-27 00:41:05
ジュセー @shiroboshi2

「エ……ット……」ミルマは俯き、迷った。足元の空き缶が視界に入る。何も入っていない、空き缶を。その横にある『シュナイダー・ミルマ』の小看板を。「……私……」「どうしますか?私実際ビズがまだまだあるので、このチャンスなくなったら、多分ここにはもう来ませんよ」18 #S57Ninja

2015-08-27 00:44:44
ジュセー @shiroboshi2

「やり……ます」ミルマは小さな声でそう言った。ナラエマはニッコリと笑い、「そうですか!では手続きの方などありますので!まずは……これぐらいこちらの口座に振り込んでもらえればと」書類を提示した。要求金額を見、ミルマは息を呑んだ。「払えないならこの話無しです」19 #S57Ninja

2015-08-27 00:50:33