黄昏町(柊)三十一日目

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@hiiragi_r_t_d

そう言うと占い師は帽子を脱ぎ、懐から取り出した麻紐で蛇髪を後ろに括る。絹のような滑らかなうなじが露になる。 カスカは占い師に興味津々だ。 「お姉さんはずっとここで占いをやってんのか?」 「そうね…もうずっと、長い間。私が貴女くらいの子供だった頃からね」 25 #hollytk

2015-08-27 21:00:16
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「アタシ子供じゃねえぜ?こう見えて17だ。驚いただろ?」 「うふふ…お兄ちゃんに連れられてここに来てるうちは、まだまだ子供よ」 今も私の尾を握るカスカは言葉に詰まる。 「ふふ…さあ、占いを始めましょう」 占い師は神妙な顔をすると、机の中から賽子を取り出す。 26 #hollytk

2015-08-27 21:02:13
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「賽子を、どうぞ」 占い師の手から賽子を受け取ったカスカも、真剣な顔をしてそれを振る。 カランッ、コロコロ…… くろぐろと光る六つの目が、ぎょろりとカスカを見る。 「あら、これは…」 異形の賽子を前に言葉を失うカスカを他所に、占い師は賽子を拾い上げる。 27 #hollytk

2015-08-27 21:04:11
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「ふうん……そう。貴女にも色々あるのね」 占い師は瞳を妖しく輝かせ、賽子と眼を合わせながら呟く。 しばらく占い師とにらめっこを続けた後、賽子は全ての眼を閉じて眠りについた。 賽子を机に収めながら取り出した木札を、占い師はカスカに手渡す。 「ここに、名前を」 28 #hollytk

2015-08-27 21:06:20
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「いや、名前は……」 「名前を。」 渋るカスカに、占い師は細筆を手渡す。 「ったく、アタシ筆なんて久しぶりに触ったぜ…」 押し切られたカスカはぼやきながら木札に「天王寺 幽」と記す。 29 #hollytk

2015-08-27 21:08:17
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「ほら、これでいいか?」 「ええ。それでは」 占い師はその木札を脇に置くと、もう一枚の木札を渡して言った。 「ここに、貴女の真の名を。」 30 #hollytk

2015-08-27 21:10:20
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カスカは今までに見せた事の無い鋭い目付きになる。いや、初めてではない。 私に変態糞野郎と呟いた、あの時の目付きだ。 「お姉さん、なんで分かった」 「………ここに、貴女の真の名を。」 占い師は静かに続ける。 「………チッ」 31 #hollytk

2015-08-27 21:12:13
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カスカは諦め気味に、木札に書き殴る。 「天王寺 由佑子」と。 「アタシの本名なんて暴いて、どうするつもりだ、お姉さん?」 「決まっているでしょう……占いですよ」 「んだと?そのためだけにアタシの偽名をバラしたのかよ?」 「ええ。私は、占い師ですから。」 32 #hollytk

2015-08-27 21:14:23
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占い師の瞳から、妖しい輝きは消えていた。彼女は縦長の瞳で、カスカの顔をまっすぐ見据える。 「私は占い師です。占いしかできません。そういう風に生きてきた。この縁日の部品に過ぎない」 カスカは目を逸らそうとする。占い師はそれを許さない。 33 #hollytk

2015-08-27 21:16:18
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「自分に正直に生きなさい。嘘を吐き続けると、偽りに憑かれますよ」 占い師はその一言だけを告げ、占いを続けた。 「苦難の相が出ています。これから思い悩む事が多いでしょう。しかしその先には成功が見えていますよ」 「誰にでも当てはまりそうな事言いやがって」 34 #hollytk

2015-08-27 21:18:08
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「うふふ……ただのハッタリと思っているのね。なら過去について占ってあげましょう」 「いや、いい…それはアタシの口から話さなくちゃならねえ約束だ」 「あらあら。なら恋愛ね。」 「えっ、ちょっと待てって!なんでそうなるんだよ!」 カスカがにわかに慌て始める。 35 #hollytk

2015-08-27 21:20:29
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「うふふ、うふふふふ、うふふふ」 慌てるカスカを見て、占い師は袖で口を隠して優雅に笑う。仕返しのつもりなのかも知れない。 「うふふ、既に気になる人がいるのね?相手の気持ちも占ってあげるわ」 「ちょっ、待てって!謝るから!」 「一体何を謝るのかしら?うふふ」 36 #hollytk

2015-08-27 21:22:18
@hiiragi_r_t_d

「あらあら……これは」 「ど……どうだったんだよ……?」 カスカが恐る恐る、といった具合で結果を尋ねる。 「そうね、これは貴女にだけ聞かせてあげるわ」 そう言うと占い師はカスカの耳元に口を寄せ、何かを囁いた。 カスカが、私の尾をきつく握り締める。 37 #hollytk

2015-08-27 21:24:06
@hiiragi_r_t_d

「…という訳よ。ま、頑張りなさい」 占い師の言葉を聞き終わったカスカは、なんとも微妙な表情を浮かべて私の方を見る。………何故私を? 占い師まで笑顔で私を見るので、私は居心地が悪くなって言った。 「カスカの占いは、これで終わりですか?」 38 #hollytk

2015-08-27 21:26:02
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占い師は頷くと、私を見ながら言った。 「貴方も占ってあげましょう」 「いえ、私は…」 「おまけしてあげるわ」 「………それでは、お言葉に甘えて」 私は、カスカの隣に座る。占い師が木札を差し出す。 39 #hollytk

2015-08-27 21:28:28
@hiiragi_r_t_d

「賽子は?」 「あの子はもう、今日はお休みよ」 「はあ……?」まあいいか。私は木札に名前を記す。 「………変わった名前ね。読みを聞いてもいいかしら」 「アイズミイチジクです。変わった名前ですよね」 40 #hollytk

2015-08-27 21:30:02
@hiiragi_r_t_d

「初めて聞く読み方だわ。まだまだ私も勉強が足りないわね」 辞書にも載っていないので、彼女に罪はない。 「さあ、占いを始めましょう。手を」 占い師は私の両手を見る。白魚のような指が、私の異形をなぞる。 「貴方、稀有な人生を送ってきたのね」 41 #hollytk

2015-08-27 21:32:14
@hiiragi_r_t_d

「この町に来た時点で、普通ではないでしょう」 「まあ、そうなのだけれども。その中でも貴方は稀有よ。この町に来る前から、ね」 私はこの町に来る前の事を思い出す。 「……別に、珍しい事ではないでしょう」 42 #hollytk

2015-08-27 21:34:02
@hiiragi_r_t_d

「自ら下す評価と、他人から下されるそれは往々にして食い違うものよ」 「まあ、そうですね」 「貴方の道はこれからも、沢山の人の道と交わるわ。それが貴方にとって良いものになるかどうか、そしてその道の果てに待つものは、貴方の行動次第」 「覚えておきます」 43 #hollytk

2015-08-27 21:36:12
@hiiragi_r_t_d

「最後に一つだけ、これは私からの助言よ」 占い師は私の耳に口を寄せ、囁いた。 「そろそろ彼女の事は、忘れた方が良いわ。貴方がそうやっていつまでも縛られる事は、彼女も望んでいないんじゃないかしら」 私は震える声で返す。 「…どこまで、知っているのですか」 44 #hollytk

2015-08-27 21:38:22
@hiiragi_r_t_d

「さあね、私は占い師だから。安心しなさい、秘密は守るわ。」 占い師はそれだけ耳元で告げると、椅子の上にきっちりと座り直した。私の占いはこれで終わり、という事だろう。 席を立とうとした私とカスカを引き止めて、占い師は一足の下駄を差し出す。 45 #hollytk

2015-08-27 21:40:09
@hiiragi_r_t_d

「裸足じゃ縁日を楽しめないわ。これを履いていきなさい」 カスカが受け取り、早速履く。長かった鼻緒がするすると縮み、大きな下駄は持ち主の足に合わせて変型する。 「ありがとよ、占い師のお姉さん!…名前、なんて言うんだ?」 カスカが礼を言いながら尋ねる。 46 #hollytk

2015-08-27 21:42:27
@hiiragi_r_t_d

占い師は少しだけ寂しそうな顔をして答える。 「ごめんなさいね、名前は無いの。私はただの占い師だから」 「そっか………悪かったな、偽名なんか使って」 「構わないわ。偽の名前も貴女の一部だもの」 そう言うと占い師は、にっこりと笑った。 47 #hollytk

2015-08-27 21:44:06
@hiiragi_r_t_d

その笑顔に、私は何故かユキを思い出す。 「………ミホ」 口から零れた名前に、占い師が反応する。 「それは?」 「名前が無いのなら、と思いまして」 私は木札と細筆を借りると、大きく「巳穂」と記した。 「なるほど、巳穂、ですか……うふふ」 48 #hollytk

2015-08-27 21:46:02
@hiiragi_r_t_d

占い師は、新しい名前をそれなりに気に入ってくれたようだ。 「下駄のお礼です」 「いい名前を頂きました……お礼と言ってはなんですが」 巳穂は括った蛇髪を解くと私にすい…と近付き、ぴたりと体を寄せる。 彼女の体は冷たく、柔らかくてまるで蛇のようだった。 49 #hollytk

2015-08-27 21:48:01