オリジナル小説「呪名終刻」序章

あらすじ 「学園都市」を設計した兄と、その弟ケンジ。 ケンジはガールフレンドのマリと、久々の兄との再会を祝しにラボへと向かう。 ケンジはマリの事が好きだがなかなか言い出せない。 兄の知恵でも借りて今日こそは、と意気込むが……?
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白面真人・命式 @mailbox_is_full

As you know, name was over. As you know, game is forever. Can you see? tell me, my brother ... 2

2015-09-20 23:48:16
白面真人・命式 @mailbox_is_full

「兄さん。答えてくれ、兄さん。あなたは…あなたはなぜ死んだ。僕を、僕達を残して。この世ですべき事をたくさん、たくさん残して……。」3

2015-09-20 23:50:07
白面真人・命式 @mailbox_is_full

それは、あまりにも早過ぎる死であった。彼は努力の天才とも評するべき人物であり、不可能を可能にする事に生きる意味を見出していた。 彼を知るものは、皆口々にその死を悼んだ。早過ぎる死。惜しまれる死を。 終わりはいつも唐突に訪れる。人が望む、望まざるにかかわりなく。 4

2015-09-20 23:54:03
白面真人・命式 @mailbox_is_full

彼は完璧な人間であった。いや、人間離れしていると評される事も多い。 人間関係、評論、工学、工作、理論、栽培、何をやらせても二日目にはその道の職人と同程度にまで仕上げてくるのだ。 口癖は「虹を見た事はあるか」。 当然あると答えるが、なぜか彼は悲しそうな顔をするのだった。 5

2015-09-20 23:58:00
白面真人・命式 @mailbox_is_full

通夜の朝、ケンジは奇妙な違和感に捉われていた。 兄は、笑っていた。笑っていたのだ。最期のその時まで。凶刃が彼の人生を絶つ、その瞬間まで。 ーーーーまるで、その事を望み喜んでいるかのようにーーーー? 6

2015-09-21 00:00:56
白面真人・命式 @mailbox_is_full

泣き崩れる母、黙して蒼い顔をこわばらせる父。当然だ。長男が死んだのだ。彼が「あの」兄でなくても、親というのはそういうものだ。彼等は心底、自分達の愛した息子が永久にこの世界から奪われた事に憤り、そして嘆いている。 そんな他人行儀なモノローグを、ケンジは違和感と共に繰り返す。 7

2015-09-21 00:04:32
白面真人・命式 @mailbox_is_full

違和感。消せない、違和感。 兄が亡くなったこと、両親が何よりも悲しんでいること、それを受け入れる事ができない。 なぜ? なぜ兄は死んだのか? 話は、36時間前に遡る。 8

2015-09-21 00:06:24
白面真人・命式 @mailbox_is_full

ケンジは、久しぶりに兄に会うために、研究学園都市へ電車で向かっていた。春の空に雨雲の切れ端がたなびき、濡れた街を彩っていた。 雨上がりの街は陽光を受けてまばゆく、まさに生命の息吹というべき活気を見せていた。 学園都市。それは、兄の理想。ケンジは嬉しかった。 9

2015-09-21 00:10:43
白面真人・命式 @mailbox_is_full

学園都市はエリート養成機関である。両親の半生のおこないと人類全体への貢献度に基づき、学園都市での教育プログラムを受けるに値する血筋か、また生い立ちであるかを判定し、合格者だけが学園都市への入場を許される。 ストリートパンクス、呑んだくれ、そういった異分子は排除される。 10

2015-09-21 00:13:45
白面真人・命式 @mailbox_is_full

そう、学園都市は天才である兄が人類の未来のために構築した遺伝子培養ケージなのだ。 ケンジは、そんな兄の弟である事を誇りに思った。 比較される事は当然多いが、彼が特殊である事は誰の目にも明白であったし、ケンジも決して出来の悪い人間ではなかった。 11

2015-09-21 00:17:09
白面真人・命式 @mailbox_is_full

「おはよう、ケンジ」 振り返ると軽く薄茶色のメッシュを入れた黒髪の乙女がケンジに微笑んでいた。マリだ。 ケンジは彼女の事を愛していた。 その気持ちは、まだ秘密にしていたが、どうやら周囲にはバレているようだ。 12

2015-09-21 00:19:38
白面真人・命式 @mailbox_is_full

兄は、独身者であった。 決して好かれない性格ではなく、何にでも興味を示し、ありとあらゆる事に一瞬で解決策を提示する。 そんな仕事のスタイルには、信仰じみた崇拝者も存在した。当人は煙たがっていたようだが。 13

2015-09-21 00:22:24
白面真人・命式 @mailbox_is_full

交友関係に男女の垣根はなく、また人当たりも良いので彼の部屋には男女問わずたくさんの人間が訪れた。 ーーーーそして、決まって問われるのだ。 虹を見た事はあるか。 虹を、見た事は、ある、か……? 14

2015-09-21 00:24:31
白面真人・命式 @mailbox_is_full

その問いに正しく答える事が出来たものが居たのか。明白だ。居やしない。 彼は明らかに、「虹を見た事がある者」を探していた。 そして、結局それが何なのかは、墓まで……いや、まだ棺桶だな。棺桶まで持って行ってしまった。 15

2015-09-21 00:27:29
白面真人・命式 @mailbox_is_full

ーーーー 休憩時間 実況用ハッシュタグ: #呪名終刻

2015-09-21 00:29:08
白面真人・命式 @mailbox_is_full

ケンジはマリを伴い、学園都市の中枢へと向かった。 技術と人間性の粋を結集した交通機関。最低限の運動量を要求する都市設計。まるで兄の脳の中に住んでいるかのようだ。 駆動機構が、電子的に再現されたノイズを鳴動させると、列車はラボに停車した。彼はいつもここに居る。 16

2015-09-21 00:36:18
白面真人・命式 @mailbox_is_full

「やあ、ケンジ。それにマリか。よく来たね。さあ、座って」 促す兄は視線だけをこちらへ向けると、メイドロボット…ガイノイドが飲料をくれた。 ラボといっても、兄のそれだ。当然、常識の範疇ではない。 冗談のような高さの吹き抜けの中心に巨木が立ち、しめ縄で装飾されている。 17

2015-09-21 00:41:00
白面真人・命式 @mailbox_is_full

しめ縄。巨木。旧世紀の失われた信仰。 兄はいつもその話をするので、もう誰も巨木としめ縄に言及する来訪者は居なかった。 「ふふ。頼もしいお兄さんね」「ああ、自慢の兄さんだよ」 本当に。 本当に自慢の………… 18

2015-09-21 00:43:34
白面真人・命式 @mailbox_is_full

閃光。 爆音。 ……少し遅れて、悲鳴。 19

2015-09-21 00:44:27
白面真人・命式 @mailbox_is_full

スタングレネード。それに……催涙ガスだ。わかる。戦える。 ケンジの肉体を合成アドレナリンと、学園都市の施した戦闘教練の情報が駆け巡った。 学園都市で教えるのは、当然、机上の空論だけではない。 論説が通用しない護るべきものを持たない相手に対処する唯一の方法。 20

2015-09-21 00:47:59
白面真人・命式 @mailbox_is_full

人間という種がその文明を発達させる最も効率的な方法、教官はそのように評した。 徒手格闘術、一刻拳。 個人対個人の究極的な闘争を、ただ鉄拳粉砕に依って解決する手段である。 21

2015-09-21 00:51:19
白面真人・命式 @mailbox_is_full

視覚と嗅覚を奪われはしたが、彼にはまだ聴覚が残されている。 炸裂の瞬間、無意識下の教練が警告を発し、インプラント耳栓が半自動的に作動していた。 尤も、耳栓がなくともインプラントが聴力を補助してはくれるのだが。 22

2015-09-21 00:53:41