松下学による『現代美術史日本篇1945-2014』解題(3刷記念)<中ザワヒデキ文献研究2015年度第08回2015年9月30日> #文献研究
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松下「現代美術史日本篇、この本のタイトルだが、メインなのは「美術史」 現代は(現代)でもいい。英語版ではアートヒストリー。 特定の箇所としての日本の話をしている。 古代→忠誠→近代→戦後、その後すれば情報化時代かな、
2015-09-30 19:26:19松下:今日の話はここに集約されると思う。本のタイトルは現代美術史日本篇1945-2014。英語版だとART HISTORY。図式的に書くと、古代、中世、近代、そして戦後(現代という言い方はできないので)、次の時代は何でしょう、情報化時代ですかね、国もアメリカ、中国、ドイツ、日本と
2015-09-30 19:26:33また国として、ドイツ、アメリカ、イギリス、、など その時代と国でマトリクスができる。 筆者) ドイツ アメリカ 古代 中世
2015-09-30 19:27:08松下:縦に時間軸、横に国の軸を置くと。国というか場所、国家。近代の区切りでいうと国家ですね、そしてこの本は戦後の日本の話しかしないと。古代にアメリカはないので、ドイツもそう。なので、マトリックス的にいうと戦後日本のみでなく、他の本も読むべきなんですね。
2015-09-30 19:28:12松下「そのマトリクスを見ると、日本の戦後以降という区分しか話してない。しかし現代美術史日本篇は翻訳者として議論を昇華した人間としては、他のマトリクスの区分も含むものだ、と思う
2015-09-30 19:28:16中ザワ:戦後と、IT時代も入るかな。 松下:当事者も多いので当然入った入らないの話をしてもいいが、構造的に読み取ることができるところも知るべきだっていうのが僕の意見です。いまみんなは本の話をしている。本当は古代中国篇の本が出た可能性もある。
2015-09-30 19:29:46松下「現代美術史日本篇1945なので個別の特定の時代と国の話をしている、というのも事実。そして当事者も多いからそこに注目も集まるだろう。 すでに発行し一年経つ。そのマトリクス全体を含むということにフォーカスをあてて話したい
2015-09-30 19:30:00松下「(現代)美術史|日本篇。スラッシュが入ってることに注意をしてほしい。現代美術史日本篇なのである意味一回的なものとして注意が払われている。しかし、循環史観に対するリアクションはあったか?
2015-09-30 19:31:17中ザワ:全体にフォーカスしたいということですね。 松下:今回の本は特定の場所の話だという事です。基本的には日本の歴史です。個別の話をされることが多いと思います。例えば中ザワさんの循環史観に対するリアクションは?
2015-09-30 19:31:18中ザワ:一回良いものがありました。中ザワのツイログでみることができます。去年の12月6日のゲンロンカフェのトークですね。循環史観に対するそもそも的な批判があるかと思ったがそれはなく、そもそも論的なものはトーク後の東浩紀さんから指摘されたと。
2015-09-30 19:34:01中ザワ「ゲンロンカフェでの黒瀬さんとのトーク、循環史観に対する批判はそれほどなかったが、対談後に東浩紀さんから、テーゼ、ジンテーゼ、などの提言を得た
2015-09-30 19:34:27松下:前衛、反芸術、多様性を、ヘーゲル的なテーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼという読み方をする事自体違うのではないかと思います。
2015-09-30 19:35:06松下「ヘーゲル的な弁証法として見た場合、これは誤読だ。 テーゼ、アンチテーゼ、これは対立。これを超える良い物としてジンテーゼ。 中ザワ「正反合
2015-09-30 19:35:22松下「ジンテーゼはテーゼとアンチテーゼより優れたものという考え。ヘーゲルが有名。そのジンテーゼはその後テーゼになる。 世の中にある様々な対立がより良いものへと向かう。それが絶対精神という歴史に内在されるものへ向かう、と
2015-09-30 19:36:30松下:テーゼ(正)、アンチテーゼ(反)、ジンテーゼ(合)ですね、こういうことを言い出したのはヘーゲルですね。このジンテーゼのあとにアンチジンテーゼとつながっているんですね。こういうのを中ザワの循環史観にあてはめると、多様性が良い時代になってしまう。
2015-09-30 19:37:09中ザワ「モダニズム原動力、となる。 松下「となると、多様性が良い物となってしまう、と。それに多様性が知識人の間では絶対正義になっている。とはいえ中ザワの話をちゃんと読み取っている話なので、批判するものではない
2015-09-30 19:37:48松下:翻訳者というのは著者に基本的には反論しません。アカデミックなジャーゴンでクールにみえるけど、正反合とみるのは違うと思う。
2015-09-30 19:38:12中ザワ:大澤真幸さんからも面白い指摘を受けました。大澤さんの戦後史と僕の見方がちょっと違う。僕の時代から一つずらすよ大澤さんの戦後史と重なるというものです。
2015-09-30 19:39:34松下「翻訳者は批判はしない。しかし、 中ザワ「大澤真幸は、更に反応をした。彼なりの戦後史を考えてて、僕の多様性というのをテーゼとして1つずらす 松下「スピリッツが回転して上昇する、結局、多様性が解決するより良い多様性が出てくる、と期待するが、しかし中ザワはそこにない
2015-09-30 19:39:55松下「反論、あるいは自分の意見をそこに投影するにしろ、まずは消化しよう、と。この場合は読まなくても議論できる。アカデミックな世界は会話を聞かなくても会話が成立する。しかも判断力がないと反応がでてくるので楽しいが、結局話を聞いてない。 もともとの議論の形を残した話でまず話すべき。
2015-09-30 19:41:49