うさぎ小天狗さんの「復讐の果てに明日は来る」論

個人的にとても興味深い&感銘を受けた話。フジキドにも、こういう救いの道はあるんだ……!
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うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

よりよい復讐、意味のある復讐とは、復讐の成就をゴールとするのではなく、その先の生を送るためのスタートとすることである……みたいなのを、斉藤英一郎『ハイスピード・ジェシー』で読んだのに忘れてたな。

2015-10-13 22:04:48
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

フジキドの復讐は先のない復讐だったから、三部は必然だったんだ。

2015-10-13 22:05:11
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

『轟轟戦隊ボウケンジャー』の高丘英士=ボウケンシルバーの復讐も、最初は「一生をかけて成し遂げるもの」だったのが、最終的には「人生の中で越えるべきとりあえずの目標」になったんだった。それは復讐だけでない、世の中の姿を知ったからだったな。

2015-10-13 22:08:57
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

復讐は行動であり、停滞ではない。それは生きようとする力が復讐者の中にあるからだ。停滞でない以上変化は必然である。その変化の過程で、人は復讐以外のものを知るんだ。

2015-10-13 22:13:29
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

復讐の過程で得たものがその人を変え、復讐以外への道を開く。人は過去の蓄積によって変化していくこと、それによってこそ復讐は成り、人は先へと進む。そのことを「ローマ・ノン・フイト・ウナ・ディエ」は示している。数え切れぬ日々の果てにできあがるのはローマだけではない。 #njslyr

2015-10-13 22:16:42
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

そう考えると、このエピソードの流れによって、『ニンジャスレイヤー』のラストにフジキド生存もありえると考えられるな。

2015-10-13 22:18:04
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

「ローマ〜」には、「個人が背負う歴史」と「個人が背負う個人」がぶつかった時どうなるかてテーマもあるかもだ。それは「社会」と「個人」の対決でもある。サイバー「パンク」だ。 #njslyr

2015-10-13 22:21:02
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

「パンク」はいつだって個人の闘争だ。個人対社会。 #njslyr

2015-10-13 22:21:47
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

『モンテ・クリスト伯』では、復讐の過程で得たものが、逆説的に復讐者を活かす、というエンドだった。復讐のための道具としか思っていなかったものが、未来への希望となる。しかし、希望とは復讐を引き寄せる担保でなかったか。……そうか、そういうことか。「待て、しかして希望せよ」とは!

2015-10-13 22:23:40
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

そうか……ナラクだって過去の集積だもんな。ナラクが逆説的にフジキドを活かしてきたんだ。『ニンジャスレイヤー』のラストで、ナラクがフジキドを復讐から解放することだってありうるんだ。

2015-10-13 22:25:31
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

ナラクを宿したまま生きることが、ナラクを沈めることになるかもしれないな。

2015-10-13 22:26:57
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

復讐の思いを自覚したまま、一生を全うしたら、ナラク的なるものである「怨み」は消えるかもしれない。

2015-10-13 22:27:51
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

ニンジャスレイヤーが大団円を迎えられない最大の要因はナラクに表される「復讐心」の処理の問題だが、それを社会の問題でなく個人の問題としてフジキドが納得し、一生を全うできれば、ナラクは二度と生まれないかもしれない。

2015-10-13 22:29:16
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

だってナラクの力の源は社会に対する怨みだろ?そしてそのような社会に対する怨みは、個人の問題として解決するしか、我々個人には術がない。だが、それを成し遂げれば、その事実は希望となって、怨みを消すかもしれない。

2015-10-13 22:30:29
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

キリストの死と一緒だ。キリストは個人として生き、個人として死んだ。そこにこそ希望がある。我々は社会の一要素としての、ビガーケージスロンガーチェインに生きるものとしての側面だけを持つのではない、個人として死ぬことができるというのは「希望」だ。

2015-10-13 22:31:52
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

「みんなと一緒でなければならない」とという「社会の論理」からこぼれたものが「復讐心」を抱くのだとしたら、その呪いは「社会などクソ食らえ」という叛逆の過程を経て、「社会などと関係なく生きていく側面も持てる」というかたちで解放される。叛逆の経験が人を広くし、強くするんだ。

2015-10-13 22:35:35
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

つまり「ヘイキンテキ」だ。社会の中でしか生きられない、繋がれた獣でなくてもよい。かといって、社会の枠を飛び出し、社会を壊す怪物でなくてもよい。そのどちらでもいられる、という自己認識。

2015-10-13 22:37:13
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

ああ、「人は孤独でなければならないが、孤立してはならない」という、小池一夫せンせいの言葉と同じだ。

2015-10-13 22:38:10
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

これをあの有名な探偵(フジキドは「探偵」だ)の言葉に置き換えるなら、 「タフ(=孤独)でなければ生きていけない、優しくなれけば(=孤立しない状態でなければ)生きていく資格がない」 ということだ。

2015-10-13 22:40:04
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

復讐を完遂すること、それが明日を拓く。

2015-10-13 22:41:25
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

ああ、ぼくはやっとエドモン・ダンテスの気持ちがわかった。

2015-10-13 22:42:30
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

ダンテスは社会によって虐げられ、復讐心を抱いた。彼は社会への怨みを胸に復讐鬼モンテ・クリスト伯と化したが、社会への復讐の過程で社会の裏も表も知り、社会に依らない生き方を知った。それが社会の論理によってしか生きられない被復讐者たちと違う見識を彼に与えた。その見識は「希望」だ。

2015-10-13 22:46:09
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

その過程の成就をこそ、彼は「待」ったんだ。だから熊谷カズヒロ『モンテ・クリスト』では、「待て、しかして希望せよ」を「待て、そして希望せよ」に読み替えたんだ。

2015-10-13 22:47:51
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

「待つこと」と「希望すること」は同じでありつつ、異なる動きなんだ。だから「そして」でつなぐことが可能な、並行して行えることなんだ。

2015-10-13 22:48:52