【ミリマスSS】灰かぶりの姫

Twitter連載第二弾。この話は、ある物語の後日譚的な位置づけにあります。自分の中で物語のイメージを固めるためにこの後日譚を書きました。
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創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

その感情の渦を感じながら、まつりは静かに黙祷を続けた。その渦が少しでも安らぐように、と念じながら。目を開け、もと来た道を帰ろうと、後ろを振り返る。そこに天空橋朋花が立っていた。首からロザリオをさげている。「……こんなところに石碑があったんですね」 24

2015-04-16 20:42:44
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

朋花は驚きに固まっているまつりの横を抜け、石碑に触れた。黒々とした石碑の表面はまっさらで、たった一つの文字も書かれていない。誰が何のために建てた石碑なのか、誰にも分からないようにするための工夫だ。まつりの案である。 25

2015-04-16 20:44:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「尾けてきたのです?」「穏やかじゃないですね……私はただ、神妙な顔で歩いていくまつりさんが気になって後を追っただけですよ~♪」「それを尾行っていうのです」まつりは朋花を観察する。右手に聖書らしきものを持っている。おそらく、ミサ帰りだ。確か、墓地の近くには聖堂があったはずだ。 26

2015-04-16 20:45:07
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「まつりさんこそ、ここはなんですか?」「…………秘密なのです」「贖罪ですか」「秘密なのです」「……そうですか~、私も少し分かります」「……なんの話なのです?」「とぼけても無駄ですよ~♪私、ある程度のことは、見たら分かっちゃいますから」朋花は微笑んだ。 27

2015-04-16 20:45:57
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

朋花は薄目でまつりを見据える。朋花の髪が風に揺れてまつりの心を揺さぶる。頭上をカラスが飛んだ。ばさささという羽の音、カアカアという啼き声が耳に入る。いつの間にか日は落ちている。「……他の誰にも……」「言うわけないじゃないですか、私とまつりさんの仲ですよ~?ふふふ」 28

2015-04-16 20:46:56
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

朋花は珍しく、いたずらっぽい笑いを浮かべた。そしてすぐ真顔に戻る。「神に誓って、言いませんよ」それ以上、朋花もまつりも、何も言わなかった。二人はもと来た道を帰っていく。湿った空気が石碑を濡らし、一筋の雫をその表面に流していた。 29

2015-04-16 20:48:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

朋花と別れたまつりは、市街地を遠く離れた廃港へと向かう。錆びれた大型船が打ち捨てられ、人間どころか猫の一匹もいない。いる生物といえば、所々に転がっているなにかの骨にたかるカラスやハエくらいのものだ。ゴォオオン……と空気が空洞を抜ける音が、時折聞こえる。 31

2015-04-16 20:49:25
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

ここの空はいつだって曇りだ。晴れの太陽は、ついぞお目にかかったことがない。静止した薄暗い灰色の世界をまつりは歩く。足にぶつかって甲高い音を立てた空き缶が地面を転がり、ぽちゃ、と海に落ちる。ぶくぶく……と泡を吐き、やがてまた静寂が訪れる。 32

2015-04-16 20:50:28
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

渡り橋から木製の浮き桟橋へ渡る。浮き桟橋に係留されているまぐろの漁猟船へ踏み込む。ちかちかと音を立てて明滅している、金網がはられた電灯の下をくぐり、まつりは厨房を覗いた。厨房には徳川ルエカ、まつりの妹が立っていた。 33

2015-04-16 20:51:39
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

ルエカはまつりの視線に気づくと、手に持っていたおたまを慌てて窓へ放り投げた。ぽちゃん、と愉快に音が響く。ルエカの背後でぶくぶくと泡を立てながら圧力鍋が揺れている。「何勝手に帰ってきてんだよお姉!」 34

2015-04-16 20:52:37
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「……ここはルエカだけじゃなくて、まつりの家でもあるのです」「知るか!帰れ!」「ただいまなのです」「ケッ」ルエカは唾を吐くと手近にあった皿をバリンと割って何かを呟いた。まつりは、その様子を見て安堵する。ルエカはまったくもっていつも通りだ。 35

2015-04-16 20:52:59
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

再び調理場に向かいなおったルエカの頬はほんのりと赤い。極度の恥ずかしがりやのルエカは、親しい間柄の人とさえ面と向かってまともに話せない。なぜルエカが、まつりの「ただいま」の後に皿を割るのか、実の姉であるまつりにはよく分かっていた。 36

2015-04-16 20:53:16
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

自身の「おかえり」の声を皿の破壊音で掻き消し、まつりに聞こえないようにするためなのだ。彼女は「おかえり」の一言ですら頬を赤く染めてしまう。手のかかる妹なのです、と、服を着替える片手間におたまと皿を創りながら、まつりは微笑んだ。 37

2015-04-16 20:53:33
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「ごちそうさまなのです、おいしかったのです」海鮮カレーを食べ終えたまつりは、木のスプーンをゆっくりと皿に重ねる。まだ食事中のルエカはカレーを頬に突っ込みながらまつりを睨み上げた。「ケッ、よく言うよ、ずーっと無言で食ってたくせに」「ほ?おいしかったからこそ無言だったのです」 38

2015-04-16 20:53:55
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「ケッケッ!ウソばーっか!やっぱりお姉は信用ならない!」「こんなにおいしいごはんが作れるなら、ルエカはコックになれるかもしれないのです」「ハァ!?コック!?なーに馬鹿言ってんだよ!」「お皿を割るクセさえどうにかすれば、可能性は十分あるのです」「よけーなお世話だってーの!」 39

2015-04-16 20:54:23
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

ルエカは照れ隠しなのか、ばくばくとカレーを口に詰め込みはじめた。こうなるとルエカは決まって喉を詰まらせるので、まつりは流し込み用の水を汲みに席を立った。案の定背後でルエカが咳き込む。まつりは水の溢れるコップを片手に食卓へと駆け戻る。 40

2015-04-16 20:54:53
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

それを一気に飲み干したルエカはまつりを睨み「お姉の人殺し」と言った。誉め殺しとはこのことか、とまつりは一人で感心する。ルエカにしか効かない殺し方だ。「……で?」「……どうしたのです?」「なんか話したいことあるんだろ」ルエカはまつりを睨んでいる。 41

2015-04-16 20:55:24
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

やはり妹に隠し事はしにくい。まつりの様子がいつもと違うことを敏感に嗅ぎとっている。「……今日は石碑に行ったのです」「…………石碑?………………ああ、あれね……」ルエカはちろちろと舌を出し入れする。ルエカが考え込んでいるときに出るクセだ。 42

2015-04-16 20:56:05
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「いい加減教えてよ、お姉。あの石碑がなんなのか」「ダメなのです」「アタシでもダメなのかよ」「ダメなのです」「絶対の絶対に?」「ダメだよ」「……ハ、まあいいけどさ、あんま変なことに足突っ込むなよ」「うん」「……」ルエカは海鮮カレーを一気に食い終え、空になった皿を叩き割った。 43

2015-04-16 20:56:37
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

ルエカの口元が動いた。しかし破壊音でルエカの声は聞こえない。ルエカの頬はまたも紅潮している。「おやすみなさい……なのです」無愛想に梯子を降りていくルエカに、まつりは優しく声をかけた。ルエカが「ケッ」と言うのが聞こえた。まつりにはルエカの無愛想な優しさが心地よかった。 44

2015-04-16 20:57:04
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

いつも目立たないように過ごしているまつりの心安らぐ場所はここにあるのだ。ラジオのスイッチを入れてコーヒーを淹れたまつりは、マシュマロをつまみ明日の学校の用意をしつつ、台本を読み込み始めた。静かな廃港の片隅で淡く光るまぐろの漁猟船は、夜更け近くまでその光を発し続けていた。 45

2015-04-16 20:58:03