サンセット・アンド・ヘヴィレイン

日本語版公式ファンサイト「ネオサイタマ電脳IRC空間」 http://d.hatena.ne.jp/NinjaHeads/ 書籍版公式サイト http://ninjaslayer.jp/ ニンジャスレイヤー「はじめての皆さんへ」 http://togetter.com/li/73867
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ウッ…ゲホッ!ゲホーッ!」イノウは目覚め、咽せ、気管支に入った水を吐き出す。脇腹が痛む。肋骨が何本か折れたに違いない。ここは留置所か、それともアサイラムか。俺はバケツいっぱいの水を浴びせられ、悪夢から叩き起こされたのか。そう考えたが、違った。土砂降りの重金属酸性雨だった。 46

2015-10-21 20:46:19
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

イノウは痛みを堪え、上半身を起こした。声を上げる。返答は無い。皆死んだ。死体が転がっている。いくつもだ。太陽は既に地平線に沈み、重金属酸性雨が視界を覆い隠している。あの謎のタクシーは?……無い。ニンジャの気配は?……無い。それ以外は全て、彼が気を失ったときのままだった。 47

2015-10-21 20:55:01
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

どれほど気絶していた。ほんの一瞬か、それとも数時間か。彼はダイバーズウォッチの盤面を睨んだ。逞しい左腕に鋭い痛みが走った。プロテクターの胸に突き刺さったままのスリケンだった。彼はそれを一枚一枚引き抜いて捨てた。道路にスタックし、金属音が鳴ったが、雨音がそれをほとんど吸った。 48

2015-10-21 21:00:34
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

それは質量を持つ厳然たる事実だったが、イノウのニューロンは頑に、ニンジャ存在を否定していた。「…長居はできねえ」じきに、事態を察知したオウテ社の兵がこの道をやってくるだろう。そうなれば死ぬだけだ。その前に、この化物じみた大型トラックを動かし、ネオサイタマまで逃げねばならぬ。 49

2015-10-21 21:07:24
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

イノウは這い進み、遠くに転がったアサルトライフルAAV-229をマイルストーンめいて目指した。後頭部を念入りに砕かれたオウテ社企業戦士の死体が、すぐ横に転がっていた。「ふざけやがって……」彼はAAV-229を杖代わりにして立ち上がり、砕かれた膝を庇いながら運転席に向かった。 50

2015-10-21 21:11:35
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

直結運転手の死体を捨て、ドアを締めた。操縦方式をマニュアルに切り替え、重いハンドルを握る。アクセルを吹かす。頭の向きを切り返さねばならない。だが何度も失敗した。「ブッダファック…!」片側の前輪がアスファルトから外れ、非舗装地面の上にあるからだ。それは豪雨で泥濘と化していた。 51

2015-10-21 21:19:52
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

薬物も切れかけている。じきに、今よりも凄まじい痛みが襲うだろう。外ではミホの振るっていたショックメイスが豪雨に打たれ、LED誘導灯めいてチカチカと明滅し、火花を散らして消えた。直後、イノウは別の光を見た。それはネオサイタマ側から近づく2台のマッポビークルのパトライトだった。 52

2015-10-21 21:26:04
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

イノウは舌打ちし、ハンドルの上で頭を抱えた。重金属酸性雨に覆われた灰色の世界を、パトライトは緩慢に接近してきた。彼は覚悟を決めた。銃を運転席に残し、ドアを開け、転げ落ちるようにブザマに外に出た。激痛が走った。それから輸送トラックのヘッドライト光の中に正座し、バンザイした。 53

2015-10-21 21:33:36
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

マッポビークルが停車した。「助けてくれ」イノウは腹の痛みに顔をしかめながら、叫んだ。装甲マッポビークル2台。銃を構えて下りてきたのはマッポ3人、デッカー1人。デッカーは重サイバネだ。だがそもそも、彼らとやり合う気など無い。勝ち目が無いのだ。「助けてくれ」もう一度叫んだ。 54

2015-10-21 21:37:28
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「これほど物わかりのいいスラッシャーも珍しいな」「抵抗する気はねえよ」「何だか解らんが、手錠をかけさせてもらうぞ」デッカーが言い、側近らしきマッポを連れて歩み寄る。部下2人に周囲のバイタルサインを確認させながら。「いいか聞いてくれ、ブッダにかけて真実を言うぞ」イノウが言った。55

2015-10-21 21:45:16
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「取引したい。俺たちゃただの物取りじゃねえ」イノウはサイバネ手錠で拘束されながら続けた。「このコンテナにゃ、オウテ社の偽装工作を暴く、とんでもねえスキャンダルのネタが積まれてる。大量のショーギ板とコケシ、そして偽造IDと桐製の梱包ボックスだ」「……それで?」デッカーが問う。 56

2015-10-21 21:51:49
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「俺たちゃ、とある暗黒メガコーポの依頼で、この輸送トラックを襲撃した。で、案の定殺し合いになって、仲間が全員死んじまった」「司法取引をしたいなら、たわごとは留置所で聞いてやる」「それじゃ遅いんだ、この輸送トラックがオウテ社に渡る前に、"個人的に"取引したいって言ってんだよ」 57

2015-10-21 21:56:39
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

それは法外な賭けだった。だがイノウは何としても生き残り、カネを手にしなければならなかった。運転席で考えた限り、これ以外に術は思いつかなかった。このまま逮捕されてトラックもオウテ社の手に渡れば、死刑を免れたとしても、いずれ依頼者またはオウテ社の刺客に始末されるのは間違いない。 58

2015-10-21 22:01:39
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「つまり?」不明瞭な入力に対するシステム文言めいて、デッカーが問うた。「山分けしようぜ、俺と、あんたらで。おまけに、あんたらは社会正義も果たせる」「大胆にも本官を買収しようと言うか。余罪が増えたな」「一人一千万は固い」「そんな無法が通ると思うか」「それがネオサイタマだろ?」 59

2015-10-21 22:05:25
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

金額を聞き、横にいるマッポの表情が微かに変わったのにイノウは気づいた。「大したタマだ」デッカーは無表情に笑った。「ちなみに、この後はどうする手筈だった」「このトラックを積荷ごと、ネオサイタマ埠頭のとある倉庫に運ぶ。あとは他の奴がやる」「物理アドレスは?」「今はまだ言わねえ」 60

2015-10-21 22:11:49
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

デッカーは唸った。そして耳元に手を当て、トレーラー内の捜索を終えたマッポからの報告を聞いた。そこには謎めいたタタミ部屋と血の跡しか無かった。「まったく大したタマだ」「そうだろ」イノウは安堵の息をついた。「手錠はすぐに外してやる」「ありがてえ、俺を運転席に……」BLAM 61

2015-10-21 22:19:56
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

背中から撃たれ、イノウは水溜りの中に倒れた。マッポの一人が、運転席にあった彼の銃を構えていた。「狂った世界に、狂った野郎共だ」デッカーが言った。「念入りに、もう少し撃っとけ」BLAMBLAMBLAM!銃弾が上から雨のように叩き付け、イノウの体は小さくリズミカルに弾んだ。 62

2015-10-21 22:25:56
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「クソ忌々しい死体やら武器やらを全部トラックの積荷に放り込め。俺が運転する。オウテ社に引き渡す」デッカーが言った。マッポたちが敬礼し従った。何をすべきかは解っている。このトラックをいくらか先まで運ぶ必要がある。そこはオウテ社の私有地境界だ。そこで襲撃事件が起こった事にする。 63

2015-10-21 22:33:28
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「プロ傭兵でしょうかね」と側近マッポ。「ハック&スラッシュだろ。あいつは湾岸警備隊上がりか」とデッカー。「湾岸警備隊ってのは、サイコパス養成所なんですかね?」「マトモな呑み友達もいるぜ。話の分かる奴さ。武器も処分してくれる」「なんでこいつらは後先考えず行動するんでしょうね」 64

2015-10-21 22:38:46
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「狂ってんだろ」デッカーはトラック後部を一瞥した。他のマッポたちが、マグロめいた死体を荒っぽく投げ込んでいた。シュギ・ジキ部屋、彼岸花の絵には穴が開き、血に染まっていた。ニンジャは影も形も無い。イノウの横にミホが仲良く転がされた。この部屋の意味を、彼らは考える気もなかった。 65

2015-10-21 22:48:58
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

デッカーと側近マッポが運転席に座った。デッカーは荒っぽいハンドルさばきで前輪を軟泥から脱出させ、堅牢な一直線の舗装道路にトラックを復帰させた。積荷の死体がシュギ・ジキ部屋で揺れた。二台のマッポビークルを従えてトラックは前進。巨大な車輪が、ミホのショックメイスを踏みしだいた。 66

2015-10-21 22:57:03
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「コケシがどうこうってのは何だったんですかね」「だから狂ってんだよ、妄想だろ」とデッカー。車内はしばしの沈黙。「……今回はどのくらい儲かりますかね。また家族でオキナワ旅行行けますかね」以前、逃げ出したショーギ職人を捕獲しオウテ社に引き渡した時には、かなりのカネが手に入った。 67

2015-10-21 23:02:22
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「どうせハシタ金だろ」デッカーは渋い顔を作り、地平線の彼方を見た。「今回はうちの管轄の面倒を半分押し付けるんだからよ」日は沈み、どこまでも遠く、叩き付けるような重金属酸性雨が振っていた。それからデッカーは車内に残る焼け焦げたニューロンの臭いを飛ばすために、薬物煙草を吸った。 68

2015-10-21 23:06:27