日本統治時代の朝鮮人作家 金史良「光の中に」「天馬」

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イヌノオー@ @inunohibi

日本統治時代、日本語で小説を発表した朝鮮人作家に、金史良(キム・サリヤン)という人がいる。代表作「光の中に」は、芥川賞の候補作になった。主人公は大学協会の市民教育部で、短い時間教師をやっている。帝国東京大学に進んだ自分自身がモデルだろう。

2015-10-26 16:22:57
イヌノオー@ @inunohibi

山田春雄という少年が、「先生も帝大なの?」「朝鮮人も入れてくれるのかい?」と聞くと、「そりゃ誰だって入れてくれるさ、試験さえ受かれば・・・」「嘘いってらい。僕の学校の先生は、ちゃんといったんだぞ、この朝鮮人しょうがねえ、小学校へ入れてくれたのも有り難いと思えって」

2015-10-26 16:23:12
イヌノオー@ @inunohibi

というやり取りがある。実は少年は、日本人の男が朝鮮人の妾と産んだ子供で、朝鮮人であることにコンプレックスを持って、主人子に対して隠していた。しかし最後には、打ち解けて主人公と心を通わす。

2015-10-26 16:23:30
イヌノオー@ @inunohibi

解説では、彼らが日本語で発表した理由は、日本人の読者に朝鮮人の悲惨な境遇を訴えることにあった、という。そういわれてみればなるほど、「光の中に」に出てくる、粗暴な日本人男性と、その暴力に苦しむ朝鮮人女性といった題材は、日本人に対する「啓蒙精神」に満ち溢れている。

2015-10-26 16:24:11
イヌノオー@ @inunohibi

それがため、少々優等生的なストーリーでもある。しかし翌年発表された「天馬」になると、皮肉っぽい乾いた笑いに独自性が出ている。主人公の朝鮮人小説家・玄竜は、「文学の才能にはいささかは恵まれていた」が、貧乏や朝鮮人として見下されるコンプレックスから、

2015-10-26 16:24:34
イヌノオー@ @inunohibi

自分を天才だと気取ってごまかし、呼ばれもしない会に出ては、うろ覚えのフランス語やドイツ語を喋り散らしていた。そのうち相手にされなくなると、日本国粋主義の高まる時局に迎合して、「朝鮮語の作品はおろか、朝鮮語の存在そのものが政治的反逆」と朝鮮人文学者を脅しまわって、

2015-10-26 16:25:07
イヌノオー@ @inunohibi

自分が偉くなったつもりでいる。「内地語かしからずんば筆を折るべしという一派の言説のごときはあまりにも言語道断である」という朝鮮人評論家も出てくるが、玄竜はそれを笑い飛ばす。

2015-10-26 16:25:22
イヌノオー@ @inunohibi

また、「ことごとにつけ朝鮮人の悪口を学問的な言葉で並べ立てる」日本人と、朝鮮人の「民族性」について悪口を言い合って、「僕はこういう度し難い民族性を考えると悲しくてならないんだ」「分かるとも、分かるとも」と感動したりする。

2015-10-26 16:25:37
イヌノオー@ @inunohibi

この作品が現在的な普遍性を持っているのは、玄竜のような貧しく、才能も中途半端な人間こそが、権力の流行におもねったり安易に民族性論をぶったりする、ということを風刺しているからだ。

2015-10-26 16:26:10
イヌノオー@ @inunohibi

金史良は戦後、北朝鮮に渡り、朝鮮戦争では人民軍の従軍作家として南下する。朝鮮戦争の初期、北朝鮮の人民軍は南東の釜山まで韓国政府と軍を追い詰めたが、アメリカ主体の国連軍による仁川上陸作戦で形勢が逆転した。南に展開していた人民軍は大急ぎで撤収したが、

2015-10-26 16:26:37
イヌノオー@ @inunohibi

その途中で金史良は持病の心臓病が悪化し、行軍から脱落して消息不明になった。彼のナイーブな作品群と、北朝鮮の従軍作家という行動は一見離れているように見える。ただ北朝鮮も、多様な派閥を金日成が粛清した上に、あの異様な個人独裁が成立した。

2015-10-26 16:26:54
イヌノオー@ @inunohibi

金史良のようなものたちが退場することで、北朝鮮は多様性を失ったといえよう。

2015-10-26 16:27:14

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