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燭へし同棲botログ:中秋の名月

2015/9/27:「月が綺麗ですね」をなんと言うでしょう。
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燭へし同棲bot @dousei_skhs

【中秋の名月】 「ごめん。お待たせ」 「もういいのか?」 「うん。煙草とこれがね、欲しくって」 光忠が持ち上げた小さなビニール袋の中には、甘いものらしきプラスチックのカップが透けて見えた。煙草が見当たらないのは、早速ポケットにねじ込んでしまったからだろう。

2015-09-27 23:00:32
燭へし同棲bot @dousei_skhs

夕食のあと、「ちょっと外に出ない?」という光忠の言葉に乗ってやってきたのは、家から少し歩いたところにあるコンビニだった。こいつがわざわざこの時間に出掛けたいなんて珍しいと思ったが、断る理由もないのでついて行くことにしたのだ。

2015-09-27 23:05:29
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「それはなんだ」 「白玉あんみつ」 「白玉」 「長谷部くん好きでしょう。白玉」 「好きだ」 「ね。それにさ、今日はあれだから」 「?」 「中秋の名月」 「……ああ」

2015-09-27 23:10:23
燭へし同棲bot @dousei_skhs

だからこれはお団子の代わり。光忠はそう言って悪戯っぽく笑ってみせた。君はこういうことに疎いよね、悪かったな、僕が覚えてるからいいよ。……帰路、街灯に照らされながらぽつぽつと交わす言葉たち。随分冷えるようになってきた夜と、漂う金木犀の香り。もうすっかり秋だなあとぼんやり思う。

2015-09-27 23:15:46
燭へし同棲bot @dousei_skhs

会話が途切れるが、落ちる沈黙も心地いい。確かに、月が綺麗だ。雲も出ているが支障はない。光忠に言われなければ気がつかなかっただろう。空を見上げてほうっと息をつくと、光忠がぽつぽつ切り出した。 「……コンビニはさ、ただの口実なんだ」 「? なんの」 「長谷部くんとお月見をするための」

2015-09-27 23:20:14
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「……普通に誘えばいいだろう」 「君、月見なんてベランダで十分とか言うだろ」 「…………」 一瞬いくら俺でもと反論しかけたが、さっき言われたことを思い出して口を噤む。確かに俺は普段からそういうことに頓着がない。なんでわざわざ外に、とか、きっと言う。ぐうの音も出なかった。

2015-09-27 23:25:15
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「……月、と、言えば」 「言えば?」 「ベタな話かもしれないんだが」 「うん」 「お前ならどう訳す?」 「なにを?」 「……漱石の」 「……ああ。“I love you”かい?」 「うん」

2015-09-27 23:30:29
燭へし同棲bot @dousei_skhs

光忠は、なるほど、でもいきなりだねと楽しそうに笑った。自分でも藪から棒にと思ったが、上手い話の逸らし方がわからなかったのだ。気づいているのかいないのか、光忠は真剣な表情になって「僕は、そうだなあ……」と考え込み始める。

2015-09-27 23:35:43
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「……うーん」 「…………」 「僕だったら、……」 そうしてうんうん言っているうちに、とうとうマンションが見えてきた。なにか動きがあるかと思ったが、光忠はそのまま玄関ホールに入り、エレベーターに乗り、廊下を歩いて部屋に着いてしまった。……俺はその後ろを黙ってついて来ただけだ。

2015-09-27 23:40:38
燭へし同棲bot @dousei_skhs

煙草を入れた反対のポケットから鍵を出して差し込み、回す。こいつはさりげない仕草もいちいちスマートで腹が立つなあと思っていると、光忠は開けたドアを半身になって押さえ、「どうぞ」と言った。ふわっと柔らかい笑顔つきだ。……ほら、こういうところもだ、腹が立つのは。

2015-09-27 23:45:20
燭へし同棲bot @dousei_skhs

それにしても、結局俺の質問はお流れになったんだろうか。少し寂しく思わないでもないが、所詮は雑談だしそこまで重要な質問でもない。そう自分を慰めながら「どうも」と言って光忠の横を通り、部屋へ入る。後ろでドアが静かに閉まる音、鍵のかかる音がした。続いてもちろん、光忠の気配も。

2015-09-27 23:50:44
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「おかえりなさい、長谷部くん」 「ただいま」 「うん。おかえり」 「……ただいま」 「ふふ、おかえり」 「……なんなんだ」 「これかな。僕の答えは」 「は?」

2015-09-27 23:55:23
燭へし同棲bot @dousei_skhs

にこにこと。やたら楽しそうに笑っているものだからうっかり怪訝な目で見てしまった。しかし光忠は別段気にした様子もなく、さっさと靴を脱いでリビングへ向かい、……廊下の途中で振り返ると、こう言った。 「僕の“I love you”は、“おかえりなさい”かな」

2015-09-28 00:01:09
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「……ば、か」 「長谷部くんが聞いてきたんだろ」 「……」 「いやー案外照れるね、こういうの」 「……」 「ところで長谷部くんは?」 「……あ?」 「長谷部くんの愛してるはどんな言葉なの」 「……し、知らない」 「ええ? 僕だけ恥ずかしいだろ」 「うるさい!」

2015-09-28 00:06:44
燭へし同棲bot @dousei_skhs

居た堪れなくなった俺は、とっとと靴を脱いで光忠の横を再び通り過ぎた。そしてそのまま洗面所へ駆け込んでドアを閉める。直前に「白玉食べるから手洗ってきなよ!」という声が聞こえてきた。呑気なものだ。 ……擦れ違いざまに口の中で呟いた言葉は、光忠の耳には届いていないだろう。 【了】

2015-09-28 00:14:38
燭へし同棲bot @dousei_skhs

【管理人より】夜分に失礼いたします。今回も日付をまたいでしまいましたが、同棲燭へし、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。長谷部のアイラブユーがどんな言葉なのかは皆様のご想像にお任せいたします。それでは、明日もよい燭へし日和となりますように。

2015-09-28 00:26:50