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燭へし同棲botログ:初恋の日

2015/10/30:それぞれの初恋について。
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燭へし同棲bot @dousei_skhs

【初恋の日】 食後、器に盛った林檎をテーブルに置くと、添えていたフォークにすぐ手が伸びた。そのまま突き刺すべく動いたそれが、うさぎ型に切ってあげた林檎に対してほんの少し躊躇って震える。自分もフォークを手にしてその可愛い動作を眺めていると、彼――長谷部くんがそっと口を開いた。

2015-10-30 22:00:07
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「なあ光忠」 「なに?」 「初恋を覚えているか」 「はつこい」 「そうだ」 「……えっ、誰の?」 「お前のに決まってるだろう」

2015-10-30 22:05:37
燭へし同棲bot @dousei_skhs

長谷部くんの言動が読めないのは今に始まったことではないけれど、今日のはまた変わり種だった。初恋。彼のどこからそんな言葉が出てきたんだろう。テレビから拾ったのか、本や新聞にその手の話が載っていたのか。……まあいいや。とりあえず質問に答えようと、僕はおぼろげな記憶をとろとろ辿った。

2015-10-30 22:11:48
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「初恋、初恋ね」 「うん」 「そうだなあ、……」 何かひとつくらい引っかかるものがあるだろう。そう思っていたけれど、少し遡ってみてすぐに気がついた。――まるで、覚えてない。

2015-10-30 22:24:57
燭へし同棲bot @dousei_skhs

いや、いくつかそれらしい記憶は浮かぶ。浮かぶけれど、消えていく。消える時点でそれはそもそも恋じゃなかったんだろう。一度自覚したらもうダメだった。初恋って何だっけという根っこの部分にまで思考が及ぶ。僕がぐるぐるしている間も、長谷部くんは林檎を食べながらこっちを見つめていた。

2015-10-30 22:31:51
燭へし同棲bot @dousei_skhs

無言で急かされている。……仕方ない。ほんものの恋か否か判然としないけれど、ただの雑談のタネだ。そう思って、僕は深く考えず、ぼんやり覚えている(ような)ある年のこと、そのときに好きだった(ような)人のことを口にした。すると長谷部くんは静かに笑って、林檎のうさぎをさくっと突き刺した。

2015-10-30 22:45:58
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「へえ。光忠にもそんな時代があったのか」 「まあ、あったよ」 「ふーん」 「?」 「俺の初恋は」 「うん」 「……お前なのになあ」

2015-10-30 22:50:55
燭へし同棲bot @dousei_skhs

これっぽっちも予想していなかった言葉に、同じく林檎に刺そうとしていた僕のフォークが手から滑り落ちた。器に当たって鋭い音が響く。長谷部くんはそんなことお構いなしに林檎を咀嚼しながら(うさぎ型にも躊躇を見せなくなった)、どうしたんだとでも言いたげな視線を寄越してきた。

2015-10-30 22:55:43
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「……狡いよ、そういうの」 「言ったもの勝ちだ」 「それだって……」 「初恋は実らないというのが定説らしいが、俺には当てはまらなかったようだ」 「……何よりじゃないか」 「でも、……嫌だな」 「え?」

2015-10-30 23:00:43
燭へし同棲bot @dousei_skhs

口の林檎を嚥下して、長谷部くんはゆっくりフォークを置いた。さっきまで痛いほどだった視線は、いつのまにか僕じゃなくて空の器を見つめている。……僕、林檎ひとつも食べてない気がするんだけど、まあいいや。続く言葉を黙って待っていると、長谷部くんはぽつぽつと胸中を吐露し始めた。

2015-10-30 23:10:19
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「初恋の話なんて藪蛇だったな。人好きのするお前のことだ。さっきみたいな答えが返ってくることも予想していた。……でも、俺はな」 「……うん」 「俺の初めては全部、光忠なんだ」 「…………」 「なのに、お前の初めては全部俺のものじゃない。それが……なんだか、嫌だなあ」

2015-10-30 23:16:08
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「……長谷部くん」 「当たり前だが、俺もお前も違う人間だ。出会うまで交わらなかった人生がある。それを過去まで独占するなんてのは無理だということも、くだらないことも、全部わかっているのに」 「…………」 「……嫌、なんだよなあ。お前の初恋に、勝手に嫉妬してしまうのは」

2015-10-30 23:25:36
燭へし同棲bot @dousei_skhs

アルコールは一滴も入っていないはずなのに、長谷部くんの舌はよく回った。変わらず俯いたまま、嫌だった、嫌なんだという言葉が何度も何度も耳に届く。……長谷部くんが、負の感情をストレートに僕に伝えてくれるのは珍しい。珍しくて、とても嬉しいことだった。

2015-10-30 23:35:20
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「――長谷部くん」 「……なんだ」 「おいでおいで」 「……ん」 僕のために不安になった彼がどうにも愛しくて、たまらず腕を広げる。すると、温かい身体が小さな衝撃とともに収まってくれた。少しだけ何か言われるかなと思ったけれど、さすがに今日は素直だった。

2015-10-30 23:45:08
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「自分で訊いたことなのに」 「……うん」 「不安になっちゃったか」 「……すまない」 「いいよ。僕も愛されてるねえ」 「……そうだよ」 「いつもそれくらい素直だと嬉しい」 「うるさい」

2015-10-30 23:50:29
燭へし同棲bot @dousei_skhs

くぐもって聞こえる長谷部くんの声は笑いを含んでいた。……けれど少しだけ震えてもいたし、服に熱い雫も染みた。さらさらの髪にキスを落として、それについては知らないふり。腕の中の身じろぎすらも愛おしい。

2015-10-30 23:58:30
燭へし同棲bot @dousei_skhs

初恋なんて覚えていないと言った僕だけど。さっきの言葉の中にあった、相手の過去もなにもかもを独占したい、そんな苦しさが恋だというのなら。 僕のほんとうの初恋の相手は、君なんだろうね、長谷部くん。 【了】

2015-10-31 00:03:53
燭へし同棲bot @dousei_skhs

【管理人より】初恋の日、お付き合いいただきありがとうございました!いつもいつもギリギリどころか日付を跨ぐ始末でたいへん申し訳ありません。少しでも楽しんでいただければ幸いです。それでは、明日もよい燭へし日和となりますように。

2015-10-31 00:08:50