「アイドル・イズ・アンブレイカブル」

アイドルは砕けない!
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Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「アイドル・イズ・アンブレイカブル」

2015-11-05 21:02:37
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

ズガガーン!ズガガガガガーン!雷鳴が曇天を引き裂き、昏いドージョー内を一瞬照らす。「ハァーッ…ハァーッ…」血塗れの男が壁を背にへたり込んでいる。無精髭を生やした、如何にも屈強そうな男だ。その傍に立ち、男を見下ろすは、少女。10代前半と言った風貌だが、その両手は血に塗れている。 1

2015-11-05 21:07:16
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

ズガガーン!ズガガガガガーン!再びの雷鳴。雷光が陰に隠れた少女の顔を照らし暴く。無表情だ。まるで能面である。「ハァーッ……」苦しげに息を吐き、男は少女を見上げた。口の両端から鮮血が零れる。焦点の合わぬ目で、男は笑った。「やれよ」ズガガーン!ズガガガガガーン!「それで完成だ」 2

2015-11-05 21:11:39
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「……」少女は黙し語らず。ただ、右手が掌底打ちの構えを取る。ミシミシと、骨と筋肉が膂力で軋む音が静かに響いた。(嫌だ)少女の瞳から一筋涙が零れた。(嫌だ…)右腕が動く。カイシャクせんと、掌打が風切り音と共に男の頭部へと…「嫌だ!」……叫びと共に、女は跳ね起きた。 3

2015-11-05 21:17:49
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「ハァーッ…ハァーッ…」汗まみれの女は荒く息を吐き、時計を見た。午前4時55分。総員起こしの5分前だ。「いけない」女は地味なランニングとパンツを脱ぎ散らし、急いで備え付けシャワー室に駆けこむ。「急がなきゃ」シャワーを浴び、身だしなみを整える。肌良し。髪良し。 4

2015-11-05 21:24:08
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「アーアー」そして鏡の前で発声の確認。彼女にとっては何よりも重要な確認だ。体を拭き、髪を乾かしながら急いで衣装を身に纏う。オレンジと白の、まるでアイドルのステージ衣装めいた派手な衣装を。そして乾かした髪を、2つの白いシュシュでお団子状に纏める。女は鏡の前に立った。 5

2015-11-05 21:26:55
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

鏡の前でふわりと一回転。フリル過剰なスカートが翻る。回転が終わると同時に、彼女は満面の笑みを作った。そして言った。「よぉし!那珂ちゃん今日もカワイイ!」 6

2015-11-05 21:29:18
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

佐世保鎮守府港湾部。艦娘運用型長距離輸送船「あもり」甲板上。リカルドはぼんやりと佐世保鎮守府内の人だかりを眺めていた。群衆の視線は、遠くからでも一つ所に向いているのが見て取れる。燦爛とライトアップされたステージ上、その上で舞い踊る一人の偶像にだ。 8

2015-11-05 21:39:21
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

『まだまだ行くよー!』「「「ワオオオオオオオオ!!!!」」」壇上の偶像の輝かしき声に、聴衆の熱の籠った声援が重なる。次の曲が始まるのだろう。「スゲェなぁ」リカルドは素直な感情からそう言った。彼自身、歌の持つ力は知識として知っていた。 9

2015-11-05 21:47:12
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

それを十二分に発揮している眼前の光景は初めて見た。音響機器と照明機器により、壇上の偶像のパフォーマンス効果は何倍にも引き上げられ、聴衆の興奮が、更に周囲の興奮を加速度的に引き上げる。凄まじいエネルギーが濁流めいて放出されていた。アレが偶像…アイドルの。即ち那珂の力。 10

2015-11-05 21:50:09
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「スゲェな、ホント」リカルドは敬意を持ってその光景を見た。己の行動で以て人々の心を動かす。それもまたカラテである。「リカルド司令」ライブステージを見るリカルドの背に、呼びかける声あり。「お?」リカルドは振り向いた。そこに居たのは、銀髪銀眼、陽炎型の黒い制服を着た少女。 11

2015-11-05 21:55:21
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「野分か」リカルドは少女の名を呼ぶ。「出撃準備、完了しました」「そうか、早いな」リカルドは表情を引き締めた。佐世保に到着予定の輸送船団護衛作戦。それが今回、リカルドが鹿屋から佐世保に赴いた理由だ。「しかし、護衛なら自分達でやりゃぁいいものを」リカルドは忌々しげに呟いた。 12

2015-11-05 22:01:49
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

本来ならばこの任務は佐世保の提督が請け負う筈のものだ。如何に地理的に近いとはいえ、鹿屋の提督が代行する理由も薄い。「そろそろ大規模作戦が近いし、戦力を温存したいのかねぇ」リカルドは推測を口にする。実際、中らずと雖も遠からずであろう。ああもライブで盛り上がっている様を見れば。 13

2015-11-05 22:05:11
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「まぁ、どうでもいいが」リカルドは意識を切り替える。彼は雇われの身だ。雇い主からの依頼を遂行するのみ。「とっとと終わらせるか…野分」「…」思案の海から意識を引き上げてみれば、野分はじっと盛り上がるステージを、そこで歌い踊る那珂を見ていた。苦々しい表情で。「…野分?」 14

2015-11-05 22:10:06
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「那珂さんは」不意に、野分が呟く。「あれでいいんでしょうか」「あれで?」リカルドは再びステージを見る。ライブも佳境か。聴衆の熱も最高潮に達しているのが見て取れる。「あれでってのは」「艦娘の本分は戦闘です」野分は力強く言った。「断じて、あんな晒し者みたいなことじゃありません」 15

2015-11-05 22:15:49
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「……」リカルドは閉口した。鹿屋で見た言動から野分は那珂を尊敬しているようであったが、そうではなかったのだろうか?「…リカルド司令、ご存じですか」「何を」「『那珂』の異名を、です」『那珂』、艦娘としてではなく、在りし日の軍艦としての。「いや、知らん」「鬼軍艦、です」 16

2015-11-05 22:19:49
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

鬼軍艦。「今のアイツには似つかわしくないな」「いいえ、那珂さんはそう称えられるに相応しい武の持ち主です」野分はライブステージから目を離し、リカルドの瞳を見据えた。「川内型として最後まで生き残り、あのトラック空襲の最中、船体が真っ二つになっても奮闘した…それが『那珂』です」 17

2015-11-05 22:26:53
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

リカルドは黙する。「ですから」野分はもう一度、忌々しげにステージを見た。「あんなことはする必要が無いんです。那珂さんは、戦ってこそなんです」「…そういやお前さん、“オリジナル”だったな」オリジナル。生まれながらに艦娘であるもの。後天的憑依者“イレギュラー”と対をなす者。 18

2015-11-05 22:36:57
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「あのなぁ、あの那珂は“イレギュラー”だ。お前が『那珂』にどんなイメージを抱いてようが勝手だが、それをアイツに押し付けるのは」リカルドが野分にそう諭そうとした、その時!『アイエエエエ!?』ステージから悲鳴!「何だ!?」ステージに視線を向ける。聴衆の一部が暴徒化している! 19

2015-11-05 22:42:36
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

ライブで興奮が最高潮に達した提督達が、柵を乗り越え那珂に肉薄せんとする!「ザッケンナコラーお客様!」「グワーッ!」「スッゾオラーお客様!」「グワーッ!」屈強なライブスタッフ達が警棒で提督達を叩き出す!だが如何せん数が多い!「イヤーッ!」遂に一人がステージ上へエントリーだ! 20

2015-11-05 22:46:59
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「アイエエエエ…」那珂は尋常ではない様子の提督に怯える。「拙い」リカルドは甲板から降り、向かおうとした。だが、余りにも遠すぎる。「いいえ、大丈夫です」野分がリカルドを止める。「大丈夫って」「あの人なら」「イヒヒーッ!」狂乱提督が飛び掛かる!アブナイ! 21

2015-11-05 22:53:32
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

だが、那珂が薄汚い毒手に掛かることは無かった。那珂に触れる直前、提督は羽虫めいて地に伏した。「こっちです」「アイエエエエ…」ライブスタッフに先導され、那珂がステージ袖に消える。一体何が。リカルドのハンター視力と、野分の艦娘視力はありのままを目撃していた。 22

2015-11-05 22:57:47
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

提督が飛び掛かったその瞬間、那珂の瞬間的な掌打が提督の顎を打ち据えたのだ。脳を揺らされた提督は直ぐ様昏倒したのだ。何たる早業!「ほら」野分は勝ち誇ったように笑った。「あの人は戦いが本分なんですよ」「……」リカルドは、何とも言い難い表情で、暴徒が鎮圧されるステージを見た。 23

2015-11-05 23:01:18
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