回想その9「神剣までの道」を解剖する

考察のような個人用まとめです。 解釈の例であり解答を他者に押し付ける意図のものではありません。
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宵野光 @Julius_Li

「なんてね」① 「なんちゃって」に類する「などと(言ったりして)ね」のくだけた言い方。 『なんちゃって:などと言ってしまって。俗に、何かを言った後に、それが失言や誇張、嘘などであったことを、ちゃかしたりごまかしたりする気持ちで用いる。(デジタル大辞泉)』

2015-11-07 13:23:59
宵野光 @Julius_Li

「なんてね」② この「なんてね」以降の台詞は、「霊とはいえ~」に比べると明らかに声のトーンが高い。 青江が「やっぱりそれかぁ」と納得する「僕(にっかり青江)が神剣になれない理由」をともすれば厳しくも聞こえる低いトーンで、婉曲表現や推測に収めることなく断定した直後の「なんてね」?

2015-11-07 13:27:12
宵野光 @Julius_Li

「なんてね」③ この発言の意図は何なのか? ・「やっぱりそれかぁ」で青江を傷付けたか、失言だったかと思い咄嗟に取り繕った(善意?保身?) ・事実は事実として伝えなければならないが、やはりきつく言いすぎたのではと思いフォローの前置きとして前言を軽い印象にするために入れた →

2015-11-07 13:31:10
宵野光 @Julius_Li

「なんてね」④ ・「幼子を斬った」事実は重いためその通りの厳しさで伝えたが、石切丸本人としては傷つけたくも落ち込ませたくもないのでフォローを入れた ・この言葉によって、「神剣になれない」理由が本当に「霊とはいえ、幼子を斬った」からなのか有耶無耶になる。敢えてそうした可能性も?

2015-11-07 13:35:31
宵野光 @Julius_Li

「なんてね」⑤ (④の続き)→もし神剣になれない理由をぼかす・ごまかす目的で言ったとしたら、それは何故か?(石切丸も知らない?知っているが教えたくない?酷な理由?嫉妬?)(実戦刀には実戦刀のままでいてほしい?←「いくさから離れた」刀として?) また神剣になれない本当の理由は?

2015-11-07 13:39:27
宵野光 @Julius_Li

「何百年かすれば」 「何百年」は何の根拠があって持ち出したのか? ・自分がいくさから離れて奉納され神剣になるまでそれだけの時間がかかったから ・それだけ経てば逸話も薄れるだろうと思ったから ・なんにせよ百年では足りないから ・ただの慰めで、近すぎると嘘だと分かってしまうから

2015-11-07 13:44:32
宵野光 @Julius_Li

「また」① 『また:[副]①前にあったことがもう一度繰り返されるさま。ふたたび。②ほかのものと同じ状態にあるさま。ひとしく。同じく。③そのものと別であるさま。(デジタル大辞泉)』 この時の「また」はどれなのか。

2015-11-07 13:48:08
宵野光 @Julius_Li

「また」② 「ふたたび」なら ・にっかり青江がただの刀から霊切りの刀へ変わったように? ・にっかり青江が(自称大)太刀から磨上を経て大脇差に変わったように? ・石切丸がいくさに使われた刀からいくさを離れ御神刀になったように? ・もっと普遍的な、俗世の刀→奉納された御神刀のように?

2015-11-07 13:51:51
宵野光 @Julius_Li

「また」③ 「ひとしく」ならほぼ前述と同じ意図か。ただし「ふたたび」は青江は青江、石切丸は石切丸の個々の変化をま繰り返す意であるのに対し、「ひとしく」は青江と石切丸が本質的には同じ境遇にある(同じ境遇に至る)可能性を示しているように思う。

2015-11-07 13:55:30
宵野光 @Julius_Li

「また」④ 「そのものとは別に」なら ・霊とはいえ幼子を斬ったという過去とは別に、つまり、過去は禊がれる?

2015-11-07 13:58:43
宵野光 @Julius_Li

「また」⑤ ふたたび:君が(あるいは私が)以前変わったように、今後も再び変わるかもしれないよ ひとしく:私も変わったのだから、同じように君も変わるかもしれないよ そのものとは別に:過去は過去としてあるけれど、それとは別に変わることはあるかもしれないよ どれでも通じる気はする?

2015-11-07 14:00:38
宵野光 @Julius_Li

「かわる」① 「何が」かわるのか。 「ニッカリ青江という刀」?「にっかり青江という刀剣男士」?「ニッカリ青江にまつわる逸話」?「斬った霊、あるいは霊切りへのイメージ(毒を持って毒を制すのか、破邪の刀なのか)」?「奉納される・信仰を受けるなどの環境」?

2015-11-07 14:04:11
宵野光 @Julius_Li

「かわる」② または「変わる」ではなく「代わる」「替わる」? 石切丸という刀剣男士はいくさの話をたまに洩らし、元主の存在も人口に膾炙されているが、断定はできてない。同じように、名だけが継がれいつか何か別の刀に替わる・替わられる可能性は、ニッカリ青江にもなくはない……のだろうか?

2015-11-07 14:09:20
宵野光 @Julius_Li

「かもしれないよ」 「かわるかもしれないよ」←かわるとは断定していない。 ・未来のことだから断定できなかった? →断定できないのにポジティブな予想を返したのは何故?(慰め?フォロー?青江に対する期待?) ・予知はできているが敢えてぼかした?(その場合かわるのか?かわらないのか?)

2015-11-07 14:13:17
宵野光 @Julius_Li

「かもしれないよ」② ・「かわる」のを知っていてぼかした →期待させすぎは厳禁?調子に乗らないように?(真摯でなければ「かわらない」可能性もある?)、サプライズしたい派? ・「かわらない」のを知っていてぼかした →気休めでも慰めたかった?落ち込ませたくなかった?

2015-11-07 14:17:30
宵野光 @Julius_Li

「なんてね。何百年かすれば、またかわるかもしれないよ」 「神剣になれない」理由を明かした直後のこの台詞。「何百年かすれば」ということは、青江が本当に「神剣になれない」かどうかは「何百年」を待った未来にしか結論はないということ。 分からない答えを数百年待つのは果たして希望か、絶望か

2015-11-07 14:20:32
宵野光 @Julius_Li

かもしれない、程度で数百年待たせるのは残酷だという解釈もできるし(石切丸本人が意図した発言でない場合、本人にまったく悪意はなく善意からの可能性もある)(善意からであればこそ残酷だという見方もできる) 未来に希望を持たせるための光ある言葉だという解釈もできる。

2015-11-07 14:23:01
宵野光 @Julius_Li

結局、今のところ提示されているのはわずかな会話情報だけで、このような会話をした石切丸とにっかり青江がどのような意図を持っていたのか、お互いの言葉にどう感じたのかは「推測」こそできても「確定」はできない。

2015-11-07 14:24:18
宵野光 @Julius_Li

だからこそ解釈は自由であり、何を取捨選択するかは個人に委ねられている。 自分と違う解釈は当たり前に存在するし、誰もそれを否定することはできない。

2015-11-07 14:26:44