【悪い夢】

りえこ @eighter_rieko83

176 会場入りしたら、いつものような、いつもとちゃうような、そんな空気で俺の背中もシャキッとする。 それぞれが顔合わせたら挨拶したり、冗談言うたり。 それからリハして、また楽屋に戻る。 「しぶやん、本番までどぉしとく？」 ソファーにブランケットを敷いてくれる。

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177 「えぇよ、ここにおる。」 「喉かわいてへん？はい。」 「おー、ありがとぉ。」 いつもとは違う姿で、でもいつもみたいにソファーに寛いで…少し眠る…。 ―――――― 「しぶやん！しぶやん！」 ヤスの俺を呼ぶ声…。 あっ！！ まさか、俺…！！

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178 なんかそんな気がしてパッと起きる。 そして、自分の手のひら………、 立派な肉球………。 ちゃうわ……………俺、やっぱり犬、や…。 なんか、人間に戻った気がしてんけど…。 見るからにプニプニのこの肉球が恨めしい…。 「しぶやん？どぉしたん？」 「…や…なんもない。」

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179 「ほんま？」 「大丈夫や。」 「ならえぇねんけど…そろそろ衣装に着替えんと…しぶやん、本番直前に挨拶するんやろ？」 「おん…せやったな…。」 「トイレは？」 「おぉ…いっとこかな…。」 ヤスはいつもの…当たり前のように、俺を外に連れ出してくれた。

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180 ここは死角になっとるけど、すぐ裏ではエイターのキャッキャする声が聞こえる。 あぁ…ほんまにライブすんねんな…俺、犬になってもぉたのに…。 なんて、いつもとは違う緊張感と実感。 部屋に戻ると、ヤスが衣装を着せてくれる。 「おー！似合うやんけ、ポチぃ！」

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181 ヒナが茶化してくる。 「うっさいわ、ボケ！」 「あはははは！！」 それだけ言うて、ガサツに笑うと、どっか行ってもぉた。 …リラックスさせてくれようとしたんかな…。 この姿でも、緊張って伝わんねんな…。 「よし！ヘッドセットもおっけー！」 どおなるんやろ…。

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182 「しぶやん、痛いとことかない？」 エイターはちゃんと受け入れてくれるやろか…。 「おん…大丈夫や…。」 もし受け入れられんかったら…俺はほんまに歌われへんよになるんかな…。 「セット裏…行こか？」 もしそぉなったら…メンバーにも迷惑かけてまうな…。

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183 でも…ここまできたら、行くしかない…。 「…頼むわ…。」 ステージの真ん中にメンバーの出る大きな扉。 俺はヤスに抱かれてその扉の前に。 ステージ衣装にヘッドセットなんかつけた、ちっさい犬…。 １部のスタッフは何人か不思議そうな顔してコチラを見とる。

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184 「ヤス…降ろして…。」 ヤスは黙って降ろしてくれた。 それからヤスは扉の横に行って、心配そうな顔して俺を見つめた。 スタッフの１人が「セット開けます！」と叫んだ。 …いよいよや…。 緊張とともにゆっくりと扉が開く。 その途端に割れんばかりの歓声…。

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185 ライトが一斉に俺を照らす。 ……まぶし……。 耳も…頭も… 割れそうなくらい痛い……………。 「しぶやん！なぁ、しぶやん！」 え……………？ ゆっくりと目を開ける。 「だいじょおぶぅ？なんか苦しそうやったけど。」 は……………？

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186 目の前にヤスの顔。 「△△ちゃんが、〇〇と一緒に差し入れ持ってきてくれたでぇ♡」 はぁっ？！ 勢いよく起き上がる。 「えっ？！」 自分の手のひらを見る。 …俺…人間に戻っとる………。 「なぁにぃ？どないしたん？やっぱり変やで？しぶやん…。」

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187 手のひらをマジマジと見て、身体を確認する俺に、不思議そうな、心配そうな顔するヤス。 「すばる？どうしたの？」 聞きなれた…でも久しぶりに耳にする愛しい声。 「…ヤス…俺…戻ってる……犬………。」 「えぇ？？なにぃ？？犬がどぉかしたん？」 「ちょっと、大丈夫？」

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188 俺の言うてることは…どうやら伝わってへんらしい…。 ………夢………やったんか……………？ 「章ちゃん？どうしたの…わ、すばるくん、すごい顔色悪い…大丈夫？」 〇〇………ヤスの隣に寄り添うようにしゃがみ、俺を見る。 ヤスが浮気したんも………夢…？

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189 「………大丈夫や…ちょっと…シャワー浴びてくるわ…。」 それぞれが心配してくれる中、俺は楽屋を出た。 「あっ、すばるくん、起きたーん？すばるくんにもバナナジュース作ったろか？」 「…や…俺はえぇわ…。」 待って…。 夢にしては…おかしない…？

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190 俺の記憶では…犬になって捨てられたんは、ライブ１ヶ月くらい前で…詰めのリハはまだやった…。 詰めのリハしたんは犬の姿で…。 この姿でリハした覚え…まったくないんやけど…。 俺…記憶喪失とか…？ 「すばる！どこ行くねん？」 「…シャワー…、」 「あほか！コッチやろ？」

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191 ほらな…シャワー室がどこかも覚えてへん…。 自分のこのカッコからするに…おそらくここでいっぺん浴びとるはずやのに…。 「…あぁ…ありがと…。」 「もぉぉ大丈夫ぅ？寝ぼけてんのー？」 「それはおまえもやろ！」 「俺のどこが寝ぼけてんのぉ！シャキィッッッンてしとるやろ？」

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192 「あぁーもぉーやめろや、おまえー！うるさいわ！」 …とにかくシャワーや…。 熱めのシャワー浴びて、また楽屋へ戻ろうとする。 「ポチ！」 え………？！ 声がした方に、振り返ろうとすると同時に足元に何かがぶつかった。 ………犬………！ それも…豆柴の子犬…。

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193 思わずそれを抱き上げて、顔を見る。 「おまえ…犬…やんなぁ…？」 「ぷっ、それ、どーゆー意味ですか？」 真横で声がして、ハッと見た。 えっ…………チチ………？！ 「すみません、その子体調悪くてイケナイのは分かってるんですけど、仕事場に連れてきちゃいました。」

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194 「仕事場…？」 「え？はい…仕事場…ここに…。」 チチは…スタッフ…？ 「…そ…そぉなんや…。」 アレが全部夢やったんなら…チチは…女…？ ヤスが好きなわけやない…？ 「そろそろ着替えますよね？この子すぐゲージに戻してきますから、少し待っててください！」

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195 「衣装なら、自分で…、」 人間に戻った今、別に人の手は借りんでも…。 「いえ、今回の衣装、私の失敗で少し着にくいですから…。」 てことは、スタイリストってことか…。 「…おん…じゃ、待っとるわ…。」 チチに犬を渡すと、愛しそうにそれを抱いて俺から離れてった。

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196 衣装のかかっとるとこまでゆっくり歩いてくと、さほど待たずにチチもやって来た。 そして、早速衣装…まずはパンツを渡される。 「しぶやぁん！遅いから、もぉ２人とも客席行ってもぉたでぇ？」 「あ、おつかれさまです！」 「あ～おつかれさまですぅ。なぁ、しぶやん、聞いとる？」

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197 チチの“おつかれ”にも素知らぬ顔で答えるヤス…この２人に仕事以外の接点はないってことか…。 「ヤスー！！あの差し入れ、めーっちゃうまかったわぁ！」 「あれなぁ、〇〇セレクトやねんで～♪」 浮気しとったら、チチの目の前でそんなん言わんよな…。

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198 「じゃ、コレ手伝います。」 「あぁ…お願いします…。」 ジャケットを羽織らせてくれる。 「…ちょっと失礼します…。」 首元のなんかをなんやゴソゴソされる。 「…渋谷さん…わたし、諦めたわけじゃないですよ？」 「…は…？」

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199 「…“章ちゃん”のこと。」 「…え…？」 「あのこと…わたしの秘密…言わないで下さいね？」 な…に…？ 何…言うてんの………？ 「…ふふ…人間に戻れて良かったね！ポチ？」 Fin.