#万愚病棟 まとめ

ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

「あの人に逢いたいのなら、ここに連れて来てしまえばいいんです、ここに、私の中に、私と一緒に沈んで欲しいんです、まだ足りないんです…」女はさめざめと泣いている。様々な感情を抱えて、ただ焦燥だけを迸らせて、女は泣いている。 #万愚病棟

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「夢を見ていたいんでしょう？幸せになりたかったんでしょう？私もそうでした、皆そうでした、ずっと信じていたんです、色々なものを信じていたんです、…でも、何も残らないんです、こんなのって悲しいだけだわ、提督、あなたの夢も、一日限りです」 #万愚病棟

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ゆらゆらと色褪せていく世界。全てが暗く、深く、冷たい海の底に向かっていく。ああ、ああ、僕の…僕の沈めた船だ。僕の罪だ。ああ。「おやすみなさい、提督。もう眠る時間です」女の場違いに柔らかな声を最後に、僕の意識は無数の絶望の中に消えていった。 #万愚病棟

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手紙を書く。そうすると書き出しからいつも詰まってしまう。気が付くと皮肉な言葉ばかりが並んでいて、それは息が詰まるような状態だ。くしゃくしゃに丸めた便箋を床に放り投げる度に、由良が苦笑いを浮かべてそれを拾い上げる。それはルーチンワークのかたちをしている。 #万愚病棟

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「可哀想だわ」何がだい？「いろいろと、よ。提督さん」そう意味深な言葉を浮かべながら、由良はまたひとつくしゃくしゃの便箋を拾い上げ、それを丁寧に掌で伸ばした。その白くて華奢な指はいっとう大切なものを扱うように僕の癖字をなぞる。 #万愚病棟

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僕はその手が何者をも屠る力を有している事を知っている。二律背反の手だ。いとけない少女は溜息を吐いて、便箋の文字を目で追った。彼女がこういう顔をしている時は大抵何か思う事がある時で、かと言って彼女はそれを暴かれる事をよしとしない。なので僕は常に黙っている。 #万愚病棟

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「可哀想だわ」もう一度少女はそう呟いた。僕はもうその言葉を聞かない事にした。誰の為の言葉なのか、それは当てつけに近い意味がある事にうっすらと気付いてしまったからだ。皮肉な事に、彼女は兵器なのだ。それなのにうら若き少女のかたちをしている。 #万愚病棟

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僕は遺書を認めている。宛先はどこでもない。想定する先はあっても、届く場所はどこにもない。由良はもう一度ひっそりと笑った。泣いているような顔をしていた。その頬には、哀願が息づいていた。僕はそれを見ない振りをして、また便箋をくしゃくしゃと丸めて放った。 #万愚病棟

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うららかな秋の陽射しが少女の足元に伸びている。またころころと転がった紙を、由良は丁寧に跪いて拾った。「……可哀想」消え入るような自己憐憫が、居心地の悪い空気に混じっている。僕は煙草に火を付けた。そうして今度こそ、と万年筆を握り直す。今度こそ。 #万愚病棟

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「私、宝物を持っているのよ。誰にも秘密だわ、とってもたくさんあるの。でも本当は由良の物じゃないの。……夕立にだけ教えてあげる。誰にも秘密だわ、お願いね。由良が悪い子だって、誰にも言ったらいけないの。夕立なら、きっとわかってくれるよね……」 #万愚病棟