#万愚病棟 まとめ

過去なのか幻想なのか。季節折々に現れるかつての鎮守府の残り香をまとめてみました。これ単体ではまったく面白くないシロモノです。
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ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

「ごめんなさいにゃ」「ごめんなさいクマ」廊下に正座させられた二匹…いや、二人は時折痺れた足を加賀に突付かれて苦悶の雄叫びを上げている。その辺にしてやりなさい。「しかし、提督」書類ならまたやり直せばいい、二人も反省したろう。「提督!」「提督大好きにゃ、一生ついてくにゃ」 #万愚病棟

2015-04-01 17:30:11
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

蒼龍が書類の整理の手伝いを申し出た。有難く任命しよう。 #万愚病棟

2015-04-01 17:39:48
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

ところで皆川女史は?「研究所に呼ばれて戻るのは夜だと聞きました」忙しいね、彼女は。「提督がいない間はぐうたらしてましたよ」そういう人なんだよ。 #万愚病棟

2015-04-01 17:42:30
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

「提督さん、お夕飯ですって」由良が僕を呼びに来た。すぐに行くよ、と告げて作業を一段落させる。ふと目に留めた書類の一枚に落書きがしてあった。誰の仕業だろう。『思い出して』、と走り書きされたその文字には見覚えがない。 #万愚病棟

2015-04-01 19:23:56
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

食事を終えて執務室に戻る。書類への落書きはどうやらあれ一枚ではなかったようだ。『忘れないで』『一人にしないで』『覚えてる?』『逃げたら駄目』『離さない』…とりとめのない、四散した思考のようにまばらな文字が書類の至る所に散っている。 #万愚病棟

2015-04-01 21:51:40
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

本当に重要な書類には何も落書きがない辺り、きっとエイプリルフールにかこつけた誰かの悪戯だろう。この程度なら笑って済ませられます。 #万愚病棟

2015-04-01 21:53:03
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

「御主人様、コーヒーをお持ちしましたよー」漣です。僕がいない間、随分と苦労を掛けたようだね?「そうでもなかったわ、漣を見くびってもらったら困りますよ」沢山の苦楽を共にした初期艦、僕の誰よりも信頼する強き友人は胸を張ります。 #万愚病棟

2015-04-01 21:56:46
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

「御主人様、あなたが思うより、きっと私達は強いですよ」それはどういう意味だい?「うーん、内緒です」悪戯っぽい笑みを浮かべ、少女はコーヒーカップに角砂糖をぽいぽいと放り込んだ。「さぁ、あともう一息、甘い物飲んで頑張って下さいね!」 #万愚病棟

2015-04-01 22:17:32
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

「提督さん、お電話」はいはい。なんだい皆川女史。『なんで分かるんだよ』受話器の向こうで不貞腐れた声が聴こえる。ここに電話してくる人間は限られているからね、と答えるとあからさまな舌打ちが帰ってきた。『桜の下で待ってるから』怪我人にも容赦ない仕打ちである。 #万愚病棟

2015-04-01 23:15:49
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

そっと執務室を抜け出し、裏庭へと向かう階段を右脚を庇いつつ降りていきます。はて、我が鎮守府の階段はこんなにも長かっただろうか。 #万愚病棟

2015-04-01 23:19:32
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

「……遅い」目的の木の下では既に不機嫌そうな皆川女史が張り出した根を椅子代わりに座っておりました。昼間の暖かさで満開の花の下、半月の光をぼんやりと浴びながら彼女は手酌で酒を煽っています。「遅い」すまないね、と詫びたところで彼女の機嫌が治りはしない事は百も承知です。 #万愚病棟

2015-04-01 23:23:24
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

思えばまともに顔を突き合わせたのはいつ振りでしょうか。僕は優柔不断で不甲斐ない気質、彼女はいつも物事をはぐらかす性質の人間で、何事も全て口約束のまま年月ばかりが過ぎて行きました。かつてはうら若き乙女であった皆川女史の、その幾分痩せた姿をまじまじと見つめます。 #万愚病棟

2015-04-01 23:27:41
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

立ったままというのも変な話です。僕は彼女の右隣に腰掛けました。肘が触れるか触れないかというぎりぎりの距離でただ彼女は黙々と花を肴に酒を呑み続けます。 #万愚病棟

2015-04-01 23:30:01
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

「速水」深く、沈んでいくような声。僕の名を呼んでそのまま彼女は再び沈黙しました。それはまるで、何かを躊躇うように。「速水」もう一度、今度は確かめるように。小さな掌が不安げに僕の服の袖を掴みます。ああ、君は何年経っても変わらないね、皆川女史。 #万愚病棟

2015-04-01 23:35:48
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

「長い夢を見ていた気がするんだよ」ぽつぽつと語られる言葉、それは滅多にない彼女自身の心情の吐露に他ならない。「あんたが死んで、わたしはあんたのハナクソみたいな生き物の世話をしながら鎮守府を動かしてさ、…地獄みたいな夢だった」そうだろうとも。君には僕が必要だからね。 #万愚病棟

2015-04-01 23:39:40
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

君の幸の為には僕がいなくてはならない、何度もそう口を酸っぱくして言っているのに、君はそれを頑なに受け入れようとはしなかった。その夢は不信心な君への罰だよ。「馬鹿言うな、あんたなんかに向ける情なんて欠片もありゃしねぇ」そう言いながらも彼女は僕の袖を離しません。 #万愚病棟

2015-04-01 23:42:46
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

「だいたいなんだ、迎えに行くと言いながら何年も何年も人を放置して。不信心はどっちの話だ、あんたなんかね、くたばる間際に指差して嗤ってやるよ」二の腕に押し当てられた額の仄かな暖かさ、掛かる溜息は熱を持って確かにそこに存在している。俯くその顔を見る勇気は僕にはありません。 #万愚病棟

2015-04-01 23:46:15
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

僕達は最早齢を重ねすぎてしまいました。それでも互いにどこか夢を見ているのです。彼女の幸を、彼女の手を取るのは僕自身だと、誰よりも僕が自尊心も顕に。皆川女史、と言葉を掛けます。左に座る小さな肩が、視界の端で小さく揺れました。 #万愚病棟

2015-04-01 23:48:58
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

君の幸などと謳いながら結局のところ君を欲しているのは僕自身だ。どうか今一度、今度こそ僕のものになって欲しい。誰の為でもない、僕の為に。 #万愚病棟

2015-04-01 23:50:55
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

ああ、と、小さな溜息が漏れた音がした。さあさあと揺れる桜の木がまるで雪のように花弁を降らせます。乞うような、しっとりと色付いた緑の眼が、縋るように僕をその中に映しています。 #万愚病棟

2015-04-01 23:53:38
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

「だったら、早く『わたし』をここに連れてきて?」 #万愚病棟

2015-04-01 23:54:26
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

急に風が強くなった。ざわざわと揺れる木の枝、吹雪のように舞い散る無数の桜の花弁。長い黒髪が揺蕩い、僕の腕に触れる。「いけませんね、提督、嘘は誰も幸せになりませんよ?」隣の女が真っ赤なくちびるを火照らせて嗤う。嗤う。長い髪が身体中に絡まり、雁字搦めになる。抜け出せない。 #万愚病棟

2015-04-01 23:55:09
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

「提督はもう私のものなのに、私だけ見ていて欲しいのに、どうして●●のお願いを聞いてくれないんですか?私はもう大丈夫なんて言ってあげられないのに」立ち枯れていく桜の木の枝葉は人の腕、幹には無数の人の顔。どれも呻き、涙を流し、何かをこまねいている。 #万愚病棟

2015-04-01 23:56:01
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

助けてくれ、許して、ごめんなさい、苦しい、大嫌い、愛している、愛している、愛している……。嘆き、苦しみ、怒り、数多の感情の奔流の中で、僕は自分が既に何者であったかを思い出そうとしていた。夢だったのか。夢であれば、幸福な嘘であれば、どうして許してはくれなかったのか。 #万愚病棟

2015-04-02 00:00:15
ʚ恋慕亭売却ɞ @kakuri_SS

帰してくれ、あの場所に帰してくれ、僕はまだ彼女を迎えに行けていないんだ、君の腕はまだ取れないんだ。彼女の幸を掬い上げるのは、僕にしか出来ないんだ。お願いだ、僕はまだ、「駄目です、あなたはもう、私のものです」女は嗤っている。嗤いながら、悲しげにこちらを見ている。 #万愚病棟

2015-04-02 00:00:42