カラ松の孤独と疎外感について

「おそ松さん」におけるカラ松の内面と他の五人との関係性についての自分用メモ。
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墨汁ババロア @mokutanso

「おそ松さん」のカラ松事変やトド松と五人の悪魔なんかの各キャラ主役回は、主役の人物の一人称視点だと思うのですよ

2015-12-21 02:48:12
墨汁ババロア @mokutanso

5話A以外でのカラ松は多少厳しく当たられることはあっても、六人のうちのひとりとして扱われるのに変わりない。(例外は5話Bくらい)5話Aだけ「周りから見たカラ松と五人」でなく、「カラ松から見たカラ松と五人」が描かれていたと捉えたい。(これは5話B、7話A、9話Bの一トド十四も同じ)

2015-12-21 05:39:34
墨汁ババロア @mokutanso

@mokutanso 修正)5話Aで示唆されるカラ松から見たカラ松と五人の関係は「他の五人にとってカラ松は重要ではなく、たとえカラ松がいなくても五人は五人で楽しくやれる。言語のコミュニケーションは希薄で、五人とカラ松の間には大きな断絶があり、カラ松は深い孤独を感じざるを得ない」

2015-12-21 05:47:33
墨汁ババロア @mokutanso

@mokutanso カラ松が誘拐されてからは5人はずっと家の中におり、最後まで家から出ることはない。反対に、家にいる・他の五人と一緒に・梨を食べたいと望んだカラ松は最後まで家に帰ることはできない。窓は閉められ、一人きりで屋外に放置される→

2015-12-18 22:10:26
墨汁ババロア @mokutanso

@mokutanso →カラ松から見た五人は実に仲良しで、カラ松がいなくても成立する関係である。カラ松が輪に入りたい(あるいは帰りたい)と渇望しても叶わず、ようやく再会できたと思ったら、今度は物を投擲されて拒絶されてしまう→

2015-12-18 22:19:20
墨汁ババロア @mokutanso

@mokutanso →この回では、カラ松が他の五人と一切言語のコミュニケーションをとらないのが注目すべき点である。特に重要なのは5人が物を投擲すべく顔を出すシーンで、「夜中にうるさくされて目障りだから攻撃する」目的だと気が付かないで「助けてくれる」とカラ松は思い込む→

2015-12-18 22:29:39
墨汁ババロア @mokutanso

@mokutanso →「うるさい」の一言があればカラ松でも分かるけど、五人にとっては説明不要の範囲だから言語は発生しない。そこですれ違いが発生する。物事を察するのが苦手で「イタイ」を恥ずかしい・みっともないなどのスラングでなく、単純な体の「痛み」とずれて捉えていたのと同じだ→

2015-12-18 22:34:06
墨汁ババロア @mokutanso

@mokutanso →カラ松にとってあの投擲は、おそらく意味不明のものだ。そして、一松によって物理的に沈黙させられ「なんで」と疑問を口にすることすらできない。カラ松が兄弟の中で感じている断絶・孤独・疎外感がこれでもかってくらい描写されたのが「カラ松事変」なのだ

2015-12-18 22:42:11
墨汁ババロア @mokutanso

5話Aのカラ松は他の五人と一切言葉を交わしてなくて(五人だけなら家で会話している)、唯一カラ松の声が五人に届くのはチビ太への罵倒っていう、夜中にはうるさいだけの音。決してカラ松が五人に伝えたかったろう悲しみや苦痛の内容ではない

2015-12-21 02:32:01
墨汁ババロア @mokutanso

いつものカラ松も、5話ラストみたいに本音を語ったり助けを求めたりするタイミングを逃してるんだろうなって……だから10話アバンでおそ松に助けを求めたのは間違いなく前進だったはずだけど、言葉選びが不相応すぎてまともに答えてもらえないっていう。頑張れカラ松負けるなカラ松

2015-12-21 02:35:12
墨汁ババロア @mokutanso

10話アバンでカラ松の「俺はどうしたって~」の部分が「助けて、どうしたらいいのか分らない」という叫びに聞こえるし、おそ松の適当な助言を聞いて汗を流したカラ松は助言が助言になっていないことにうっすら気付いてるけど何も言えなかったように見えるんだよ(個人の感想です)

2015-12-20 15:45:51
墨汁ババロア @mokutanso

9話Aは、5話で家に帰れなかったカラ松がチビ太の弟子という松野家とは別のコミュニティに属するか?と問われて拒絶する話なのかな

2015-12-19 17:30:51
墨汁ババロア @mokutanso

何度も呟いてるけど5話Aはカラ松にとっての普段の心象風景で、ラストで彼が家に帰れないのは、おそ松くん時代のように六つ子の輪にいる気がしないという疎外感の現れなんだと思う。カラ松は自分を受け入れてくれる居場所を求めていて、その手段のひとつが女を得ようとしていることなんじゃないか→

2015-12-20 17:28:04
墨汁ババロア @mokutanso

@mokutanso 修正)カラ松は対話が苦手で臆病だから、まずは相手から受け入れたという意思表示がないと動けず逆ナンを待つ。9話Aは、お互いを理解するために対話を重ねること・受け入れることが恐ろしくてしんどくて逃走したって話なんだ→

2015-12-21 13:26:34
墨汁ババロア @mokutanso

@mokutanso 乗り気じゃない意思表示ができないから、客と店主という繋がりの居場所さえも失った。兄弟以外の人間がする理解不能な行動を許容できるほどにカラ松の器は大きくないし、かと言って質問したり相手を否定できたりもしない。よって距離を縮められないし、居場所は得られない

2015-12-20 17:33:02
墨汁ババロア @mokutanso

5話Aは求めた居場所に帰れない話で、9話Aは誘われた輪から逃げ出す話。どちらもラストのカラ松は暗闇の中ひとりになる。拒絶されたゆえの孤独と拒絶したゆえの孤独の対比

2015-12-20 17:48:42
墨汁ババロア @mokutanso

舞台がスタバァと居酒屋で、家の場面がまったくなかったトッティ回は「どこまで行っても追いかけてくる兄たちと逃げられない自分」という閉塞感と絶望の話なのだろうか

2015-12-18 23:04:36
墨汁ババロア @mokutanso

@mokutanso 兄弟の輪に帰りたいカラ松と兄弟の輪から抜け出したいトド松の対照性はもっと考えていきたい

2015-12-18 23:27:57
墨汁ババロア @mokutanso

@mokutanso カラ・一・十四・トッティ回は自分と他の一対五の構図だけど、おそ松だけ(おそ松の憂鬱)五人全員と一対一で話す場面があって、彼は弟をひとくくりにせず個人として見ているんだなと

2015-12-18 22:47:48
墨汁ババロア @mokutanso

@mokutanso よく考えたら一松も特殊だ。冒頭では十四松と二人きりだし、カラ松をハミ子にしてる

2015-12-18 22:50:44
墨汁ババロア @mokutanso

@mokutanso 5話AB以外で見られる一松とカラ松の関係は「会話はなく、一松からちょっかいをかけているがカラ松は反応しない」だけど、Aではカラ松は一松に石臼投げられて大ケガして沈黙するし、Bでのカラ松は不在はAでの一松が原因だと思われる。互いの主演回で特別な扱われ方をしてる

2015-12-19 10:23:55
墨汁ババロア @mokutanso

5話Bでは、他人の本音を知ること明るみに出すことが「恐ろしいもの・災いを呼ぶもの」として描かれ、代弁していたエスパーニャンコは攻撃される。しかし、六つ子の間では本音を知り知られても破滅は起きないし、唯一拒絶した一松も最後には受け入れる→

2015-12-19 12:57:13
墨汁ババロア @mokutanso

@mokutanso 本音の象徴たるエスパーニャンコは松野家の内では受け入れられ、外では拒絶される。友達が出来ないことを悩みつつも他人を恐れ、兄弟たちに依存する一松の感じる世界がそのまま描かれているんじゃないかな、これは……

2015-12-19 13:00:57
墨汁ババロア @mokutanso

@mokutanso 一松は六つ子の中で、カラ松だけがいないところで自分の本音を受け入れたのだ。

2015-12-21 03:06:25
墨汁ババロア @mokutanso

@mokutanso カラ松の本音を聞く、あるいはカラ松に本音を聞かれることはイッチーにとっては災いを呼ぶようなことなのだろうか

2015-12-19 13:12:17