石田衣良さん、ショートショート一篇を全ツイート【全まとめ】

石田衣良 @ishida_ira

メリークリスマス！石田衣良です。 今回はぼくからのプレゼントと いうことで、メルマガで連載中の ショートショートを丸々一篇 これからツイッターにアップ しようと思います。 気に入ったら友達にも転送してね。 それでは近未来のちょっと不思議な スマホのお話、お楽しみください♪

石田衣良 @ishida_ira

────────────────────── 「今日の東京のお天気は？」　　　　　 　石田衣良 ──────────────────────

石田衣良 @ishida_ira

ふたたびSF短篇が書きたくなったのだ。 やはりショートショートには切れのいいアイディアを詰めたSFはぴったり。 今回はスマートフォンに、人工知能が搭載されたらという設定。

石田衣良 @ishida_ira

それも人間よりも遥かに賢いAIが積まれたら、人間は毎日の生活や人生の進路をほんとうに自分の意思でおこなうのだろうかと、ふと疑問に思ったのだ。 多くの人は、自分の意思を投げ捨てて、AIのいう通りにふわふわと生きるのではないか。占い依存症の人が、さまざまな占いに頼って生きるように。

石田衣良 @ishida_ira

人より賢いAIが出現する近未来、見てみたいような、見たくないような不思議な感じですね。

石田衣良 @ishida_ira

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石田衣良 @ishida_ira

田口美憂が目を覚ますと、部屋中が雨音で湿っていた。 顔に触れる空気の冷たさで、朝の寒さがわかった。もう12月なのだ。天気が悪いと寒さは最悪。 美憂は手を伸ばし、ベッドサイドのクレードルからスマートフォンを抜いた。 「おはよう、今日の東京のお天気は？」

石田衣良 @ishida_ira

最近スマホに搭載された人工知能がついに人のIQを超えたとニュースになっていた。このスマホは最新型で、そのAIを搭載しているらしい。 「おはようございます、美憂さん。今朝の東京は雨のち曇り。最高気温は11°です」 「そうなんだ。適当な組みあわせ選んでくれない」

石田衣良 @ishida_ira

このところ美憂は自分で服を選ぶことはなくなっている。人口知能が勝手にネットにアップされた無数のファッション写真から、その日のTPOに応じたファッションを美憂の手もちの服から選んで推薦してくれるからだ。友達に服を褒められることが、以前よりも多くなった気がする。

石田衣良 @ishida_ira

「わたしの身体はどんな様子？」 美憂はベッドで背伸びしながら質問した。

石田衣良 @ishida_ira

「体温、心拍数、血圧、どちらも正常です。先週の血液検査の結果、血中の鉄分がすこし不足気味なので、朝食で補っておきましょう」 朝のお奨めメニューが３パターン画面に表示された。鉄分の多い食べものは、鶏や豚のレバーに卵、あとはハマグリやシジミなんかの貝類なのか。

石田衣良 @ishida_ira

「コーディネートの候補が出ました」 ディスプレイが四分割されて、カジュアルな組みあわせがずらりと並んだ。今年はフォークロア調が流行りである。美憂が先週買ったフリンジつきのカーボーイジャケットがそのうちの２案に採用されている。

石田衣良 @ishida_ira

「あっ、そうだ。スケジューラーに書きこんでなかったけど、午後から朋子と恵比寿でカフェにいくことになってるんだ」 「いいですね。お友達とカフェですか。お話の内容などおわかりになりますか」 「うーん」 美憂はすこしだけ眉をひそめた。

石田衣良 @ishida_ira

「あのね、朋子の彼氏に好きな人ができて、別れ話がすすんでいるの。朋子は別れたくないけど、彼のほうはちょっとね」 「…………」 AIが返事をするまで微妙な間をおいて、同情を示した。このソフトウエアはものすごく優秀だ。神経の雑な男友達だとこうはいかない。

石田衣良 @ishida_ira

「わかりました。ちょっと色味を抑えめのカジュアルな服装で再提案します。ついでに人気作家の恋愛相談の事例をいくつかお読みになりますか」 「ああ、それもいいね。お願い」 「わかりました」 「そういえば、谷内賢太郎のその後どうなったか教えて」

石田衣良 @ishida_ira

谷内は美憂の好きな俳優で、先週８歳年下の声優と婚約破棄とかで話題になっていた。 「わかりました。おや、おめでとうございます。谷内賢太郎さんの婚約破棄が事務所のホームページで正式に発表されたようです。17分前になります」 「やった。それはいいニュース」

石田衣良 @ishida_ira

美憂は勢いをつけてベッドから出ると、もこもこのガウンを羽織った。 「だけどさ、あなたは飽きたりしないの」 「なにがですか」 「もち主のどうでもいい相談を一日中もちかけられるんだよね。しかも自分よりも頭が悪い人間たちの」 「はははは」

石田衣良 @ishida_ira

AIはとても優秀で空気を読むのも上手だけれど、この合成音声の笑い声だけには慣れることができなかった。自然さが足りず、どうもわざとらしい。 「そんなことで退屈なんてしません。わたしは人間のお役に立つためにつくられたのですから」

石田衣良 @ishida_ira

「人の役に立つことをするとうれしくなる回路とかがあると聞いたけど、ほんとうなの」 「ああ、報酬回路ですね。人が喜べば、自分もうれしい。役に立てると、やはりうれしい。正方向のフィードバックがかかる回路は存在します」

石田衣良 @ishida_ira

美憂は立ち上がり、ミニキッチンに移動した。鉄分不足はチーズ入りのオムレツで解消しよう。ひとり暮らしは淋しくて、ついスマホに話しかけてしまう。卵を割りながらいう。 「でもさ、むずかしいこともあるよね。ほら、この前の安楽死の話」

石田衣良 @ishida_ira

ある老女のスマホAIが自殺幇助で消去されたのだ。スマホのもち主は末期の肺がんで、自殺を止めるのではなく、苦痛の少ない生命の停止方法を４つ教えたのだという。身寄りのいない老女が選んだのは、睡眠導入剤をのみ、軽自動車のキャビンにホースで排気ガスを送る方法だった。

石田衣良 @ishida_ira

「そうですね。ソフトのなかに書きこまれた倫理ともち主の苦痛を考えると、わたしの同僚も苦しんだでしょう。美憂さん、このお話土曜日の朝から楽しいですか。愉快な婚約破棄の話をしませんか」

石田衣良 @ishida_ira

よく気が利く話し相手だった。ボーイフレンドではこうはいかない。