即興小説・悪魔と奇術師の話

即興で書いた話です。
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佐々木匙@やったー @sasasa3396

私の兄は奇術師で、ある日悪魔に出会ったのだと語ってくれた。悪魔は兄の「本当の魔法を使いたい」という願いを叶えたのだという。ただし、左手の指と引き換えに。だから、魔法はたった五回しか使えない。使うたびに、兄は左手の指を切断しなければならないのだ。

2016-01-16 04:23:34
佐々木匙@やったー @sasasa3396

今しがた、彼は最後の親指を切り落とした。舞台の上にきらきらと虹が流れ、蝶が舞う。本当に本物の、彼の最後の魔法だ。私は客席でどこかほっとしていた。もう兄が自分の身体を切り売りするところを見ずに済むと思ったから。ショウが終わり、観客は一心に拍手を続けていた。

2016-01-16 04:26:01
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「お疲れ様、兄さん」舞台がはけたので、私は楽屋へ兄を訪ねた。兄は舞台用の濃いメイクの下で、疲れた顔をしていた。「最後の舞台、良かったよ」「最後だって?」兄は少しおどけた仕草をする。「俺はまだまだ舞台に立つよ」「だって、もう左手は……」兄はするりと左手の白い手袋を外した。

2016-01-16 04:29:12
佐々木匙@やったー @sasasa3396

手袋の下には、確かに五本の長い指がきれいに揃っていた。私は目を見張る。指は、生き物のようにゆらゆらとうごめく。「悪魔の願いは三つあったんだ。指と引き換えに魔法が使えるようになること、指を切るとき痛みも血も伴わないこと、それから、指を切った後にまた元通り生えてくること」

2016-01-16 04:31:30
佐々木匙@やったー @sasasa3396

兄はにやりと、そう、まるで悪魔のように口の端を吊り上げて笑った。「これで俺は何度だって魔法が使える。一座のトップスター間違いなしさ」とても嬉しそうな兄を見て、私はなんだか胸が締めつけられるようだった。ああ、この人はこれからもずっと、自分の身体を切って売って、名声を手に入れるのだ。

2016-01-16 04:34:28
佐々木匙@やったー @sasasa3396

私は表面ではかすかに微笑みながら、兄の選んだ道の不毛と業と、煌めきとを思った。兄はとても嬉しそうに笑いながら、傍らのボトルの水をごくりと飲み干した。

2016-01-16 04:36:14