即興小説・探偵と事件再びの話

即興で書いた話です。
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佐々木匙@やったー @sasasa3396

ある街に、たいそう高名な探偵がおりました。警察が匙を投げた難事件をいくつもたちどころに解決し、喝采を浴びるなんてことは日常茶飯事。それだけではなく、事件が大きなものになる前に未然に発見し、被害を最小に食い止めたり、なんてこともありました。

2016-01-20 01:23:00
佐々木匙@やったー @sasasa3396

中でも一番のお手柄は、何と言っても夜の闇に暗躍する大怪盗の企みを見破り、逮捕にこぎつけたことでしょう。その日の一面記事は、街の記念館に誇らしく飾ってあるほどです。二人の好敵手は、何度も何度もぶつかり、最後には探偵の勝利に終わったのです。怪盗は今は暗い牢屋の中。

2016-01-20 01:25:09
佐々木匙@やったー @sasasa3396

街は、探偵のおかげでずいぶんと平和になりました。そんじょそこらの犯罪者は、探偵の眼力を恐れてなかなか活動できなくなりました。事件が起こらないということは、探偵の仕事もなくなるということです。まあ正確には、街に睨みを効かせることが仕事、というところでしょうか。

2016-01-20 01:27:21
佐々木匙@やったー @sasasa3396

探偵は、自室の立派な安楽椅子に腰掛け、考え事をしながらじっと過ごすことが増えました。たまに助手が部屋を出入りすると、過去の事件のことをぽつりと語ったり。まだ年若い助手は、彼のそんな様子が少し心配でした。何か、心が燃え尽きてしまったかのようで。

2016-01-20 01:29:44
佐々木匙@やったー @sasasa3396

そんなある日、助手は探偵の部屋の扉をノックし、中へと入っていきました。探偵は、いつものように目を閉じ、じっと座っております。まだそれほど年老いたわけでもない痩せたその顔が、どこか老人のようにも見えて、助手は少しぞっとしました。「先生」助手は言います。「どこかにお出かけになっては」

2016-01-20 01:32:27
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「遠慮しよう。どうせ外出しても、事件などそうそう起きやしないのだ」探偵は静かに答えます。助手は少し落胆しながら、届いた郵便物を彼に渡しました。探偵は無造作にそれを手にしたまま、やはりじっとしています。「先生。気分転換などされてはどうですか?」「あいにく、思考を楽しんでいるのでね」

2016-01-20 01:35:37
佐々木匙@やったー @sasasa3396

とはいえ、その顔はそれほど楽しそうには見えません。助手はますます悲しくなりました。こんなに冴えた頭脳の持ち主が、みすみすそれを腐らせていく、そんなところをまざまざと見せつけられているような気分になったのです。「先生……」助手はぎゅっと自分の手を握り締めました。

2016-01-20 01:37:36
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「先生、外に出ましょう。このままではいけない、鋼の脳と呼ばれたあなたのその頭脳が、このままではどんどん鈍くなってしまいます。私は先生を心から尊敬しています。そんなところを見るのはごめんです。どうか、何かしてください、先生!」探偵は目を開け、じろりと助手を見ました。

2016-01-20 01:39:48
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「私の脳をどう扱うかは、私が決めることだ」助手は押し黙りました。「だが」探偵はにやりと笑います。「行動するのは大事だな。安心したまえ。私は今、この部屋の中で何よりも大きな事件に取り掛かっているのだよ」助手の顔がぱっと明るくなりました。「先生! そうだったんですね!」

2016-01-20 01:41:55
佐々木匙@やったー @sasasa3396

助手は矢継ぎ早に話しかけます。「どんな事件でしょう、連続殺人事件? 大規模窃盗?」「どちらでもないな」「では、誘拐でしょうか。それとも暗殺を未然に防ごうと」「違うね」助手は首を傾げます。「一体なんですか?」「脱獄さ」探偵はこともなげにそう言ったのです。

2016-01-20 01:44:10
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「脱獄。まさか」助手は息を呑みました。「先生がかつて捕まえた犯人が」「その通り」探偵が頷きます。「もしや……もしや、あの大怪盗!」「さすがは察しがいい。そうだ、例の怪盗の脱獄の件で私はこうして思考を巡らせているのさ」「なんということでしょう!」助手は震えます。

2016-01-20 01:46:17
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「しかし、奴のいる刑務所は、ことに監視の厳しいところです。しかもその最深部の独房だ。出られるはずが……」いや、と思います。かつてこの探偵と大勝負を繰り広げた、まさに好敵手と言える存在。その大怪盗が本気を出せば。「そう、奴はやり遂げる。何せ、この私が手引きをしているのだからね」

2016-01-20 01:48:51
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「は?」助手は思わず聞き返しました。「先生、今なんと」「私が彼の脱獄を計画した。実行するかどうかは彼次第だが、どうやら乗り気らしい」彼は一通の封筒を取り出します。助手にはなんだかわかりませんが、暗号か何かが記されているのでしょう。「先生が? 計画を?」

2016-01-20 01:51:07
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「君も先ほど心配してくれた通り、今の私の生活には刺激がなさすぎる。事件という事件はなりを潜め、街は平和そのもの。私の頭が腐っていくことに、一番我慢がならないのは私なのだよ」「だから、脱獄を」「ああ、今までで最高のパズルに挑戦だ」探偵は今までが嘘のように楽しそうに笑うのです。

2016-01-20 01:53:23
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「おまけに、成功すれば怪盗の奴が社会復帰。これからまた楽しい勝負の日々が帰ってくる!」彼は両手を広げ、笑います。「素晴らしいだろう! 探偵には事件と好敵手が不可欠! 君もまた存分に働くことができる」助手はぽかんとした顔のままで少し考え込んでおりました。

2016-01-20 01:55:49
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「……それは」彼は絞り出すように低い声を出しました。「それは……」今までの事件が、尊敬する探偵の姿が目に浮かびます。助手は、ようやくのことでこう言いました。「それは、素晴らしいですね!」助手は感激で目をきらきらとさせておりました。

2016-01-20 01:58:02
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「そうだろう、そうだろう! 君ならそう言うと思った」探偵は彼の肩をぽん、と叩きます。「さっそくだが、君にも頼みたいことがいくつかあるんだ。何せ大変な計画だ」「どこまでもお供しますよ」二人は、以前のように生き生きとした顔で微笑み合いました。

2016-01-20 01:59:35
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「まずは連絡に関して……それから見取り図を……」二人は小声で熱心に話し込み、大胆不敵な犯罪計画は着々と進んでいきました。また、怪盗と探偵が終わりなき追いかけっこをする、そんな日々を夢見ながら。……この脱獄計画がどうなったかは、また別のお話としましょう。

2016-01-20 02:01:42
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「名探偵と事件再びの話」おわり

2016-01-20 02:02:25