アメリカ版ミュージカル『ノートルダムの鐘』におけるカジモドと毒親フロロー&ミュージカル版と映画版における「神」のあり方

劇団四季による日本上演決定おめでとうございます! アメリカ版ミュージカル『ノートルダムの鐘』のネタバレ考察です。ディズニー映画版との比較もあり。ただし私はアメリカ版ミュージカルは未見でソースはミュージカルサントラのライナーノートのみです。読み違えなどもあるかもしれませんがお気づきの点がありましたらご教示くださるとありがたいです。
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森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
『ノートルダム』アメリカ版ミュージカルについて、CDからわかる範囲でストーリーについてネタバレ考察します。 今回の物語で一番違うのはカジモドとフロローの関係。何だか毒親度がパワーアップしてます。 こちらのクロード・フロローは、弟のジャンと共に幼い頃ノートルダムに引き取られた孤児。
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クロードは戒律を守り聖職者として異例の出世を遂げるのですが、ジャンはジプシー女と恋愛沙汰を起こして追放されます。そしてジャンが死の直前にクロードを呼び出し、託した赤ん坊がカジモド。
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
つまりカジモドの母親殺し云々のエピソードは影も形もないわけですが、カジモドの醜さを恐れるのは同じ。そしてクロードはそれをジャンの堕落の罪に対する罰と捉えます。 さらにここで特徴的なのは、クロードがカジモドを「自分と同じ考え方をするように」育てようとしていること。
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
終盤で語られるのですが、ジャンに対しても同じように教育しようとして失敗し、カジモドの教育にはそのリベンジのつもりで挑んだ模様。 で、その「フロローの考え方」を象徴するのが、「The wicked shall not go unpunished(裁かれない邪悪はない)」という言葉。
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
このミュージカルは原作沿いなので、フロローはカジモドに大聖堂から投げ落とされて死ぬのですが、その時にカジモドが言うのもこのフレーズ。ダメ押し的にコーラスでも何度もリフレインされます。 (なおコーラスは安定の神がかり的美しさです。『鐘』ファンは是非安心して買いましょう!(^-^ゞ)
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
で、思ったのですが…カジモドはある意味、フロローの価値観を共有していた=フロローと同じ考え方をしていたからこそフロローを殺したと言えるのではないかな。 映画のフロローの死が神罰のように描かれていたのに対して、米版ミュージカルの方では因果応報の色彩が濃くなっている気がします。
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
竹書房版では「どんな相手でも人の命を断つことなどできないのがカジモドの魂のあり方」といったことが明記されていましたが、これが映画のカジモドにも共通しているのであれば米版ミュージカルのカジモドとはかなり違いますね。
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
このカジモドとフロローの価値観の共有、不健全な撞着ぶりが、ゴーテルとは違った意味で凄くキます。特に、追加曲の祭りでいじめられたカジモドをフロローが諭す歌とか、エスメ処刑直前にカジモドが石像に「耳触りのいいことばかり言うな、正しいのはご主人様だけ」と怒りをぶつける歌あたりに顕著。
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
なお、前に『ガイ・ライク・ユー』が消滅してるとツイートしましたが、どうやら大人向けにするためにこの曲のみならずガーゴイルトリオ自体がリストラされている様子。その代わりにアンサンブルがガーゴイルをやっているようです。
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
また、以下の聖人の石像がエスメラルダのお守りの意味のヒントを与える重要な役どころで登場します。映画でもカジがエスメを逃がすシーンにちらっと出てきた石像のようです。日本語の解説ページ見つけられませんでしたm(__)m en.m.wikipedia.org/wiki/Aphrodisi…
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
ってか、フロローにあの俳優さんをキャスティングした責任者は出てきなさい!って感じなんですけど(※褒めてます)。本当に聖職者らしい優しい声で歌うから、一瞬正しいことを言ってるように思えてしまう。やってることは映画のフロローと変わらない…というか、立場が違う分余計タチが悪いのに。
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
タチが悪い具体例 ①カジの鐘楼ツアーの後、ヤる気満々でエスメに聖域を提供しようとする(エスメは察して拒否) ②エスメを奪還したカジの籠城する大聖堂に侵攻する際の理屈が「聖域?司祭の私が無効だって言ってるんだから気にするな」 (※ライナーノートの情報が出典ですが訳はかなり雑です)
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
ただ、米版ミュージカルのフロローも哀れな人だとは思うのですよね。孤児として大聖堂で愛を知らないまま育ち、恐らくは戒律を守り認められることでしか自分を満たせない人。 原作のフロローも孤児ではないにせよ親の愛情をあまり受けられない環境だったので、ある意味似ているのかな。
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
米版ミュージカルでは『ノートルダムの鐘』の歌の謎かけが最初と最後の2回とも「何が人を作り、何が怪物を作るか」になっているのですが、このこととフロローの設定変更はどう関係しているのでしょう。全編観たらわかるのかしら。 …ってことで劇団四季さん、ひとつよろしくお願いします(^-^ゞ
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
それと、もう一つ思ったのは、この物語においては神というものはそれを各個人がどう捉えるかで変容するのではないかな、と。米版ミュージカルに限らず、映画版の方でも。 米版ミュージカルのフロローにとっての神は邪悪を断罪する存在だから、最後には邪悪に堕ちた自分が裁かれた。
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
映画のフロローにしてもそれは恐らく同じで、だからこそ冒頭のマリア様がガンつけてるように見えたり、最期の場面での石像も怒りの咆哮をあげているように見えた。 『罪の炎』で暖炉が絶好調(笑)で赤い人とか召喚してたのも、恐らく同じ理屈。何しろあの暖炉の間にはどでかい十字架がありますし。
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
で、「かつて虐げられた神なら虐げられたジプシーに憐れみを示してくださるはず」と信じるエスメラルダにはマリア様は限りなく慈悲深いし、ノートルダムの石像を友達と思っている映画のカジモドの前ではあんなにけったいなトリオになる。 神は人の心に住まうもの、ということかもしれません。
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
なおマリア様のガンつけについてはこちらを参照。 『ノートルダムの鐘』オーディオコメンタリーまとめ - Togetterまとめ togetter.com/li/930833 @togetter_jpさんから
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
映画の『罪の炎』の場面についての考察はこちら。ちまちま追記してます。 『ノートルダムの鐘』~フロロー判事と聖職者フロローと『罪の炎(Hellfire)』 - Togetterまとめ togetter.com/li/893720 @togetter_jpさんから
森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow
ディズニー映画版の楽曲を使ったミュージカル『ノートルダムの鐘』、劇団四季が2016年冬より公演開始! ぜひ今から予習しておきましょう。音楽は映画よりさらに重厚に感動的にパワーアップしています! amzn.to/1oOsNZm
「#演劇」

コメント

トゥギャッター編集部 @tg_editor 2016年1月28日
前回に引き続き、わかりやすい!
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