燭へし同棲botログ:いい夫婦の日

2015/11/22:夫婦というものの定義とは。
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燭へし同棲bot @dousei_skhs

【いい夫婦の日】 「結婚することになったんだ」 夕食を共にしているときだった。突然放たれた光忠の言葉に、俺は口の中のものをごくりと飲み込んだ。同時に、思考がものすごい速さでぐるぐると回り始める。……けっこん。結婚というのはあの結婚だろうか。誰が? 光忠が? だが何故。だって、俺、

2015-11-22 22:30:43
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「高校時代の友達がね、式を挙げるんだ」 「……友達?」 「ん」 「……そうか」 俺の胸も知らないで、光忠は肝心な部分をさらっと付け足した。招待状が来たんだよと嬉しそうに言いながら、安売りしていたという秋刀魚の身を解して口に運ぶ。紛らわしい言い方に対する憤りは霧散してしまった。

2015-11-22 22:35:18
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「よかったな」 「うん。招待状受け取ってから、すぐ電話したんだよ」 「友達に?」 「返事の前にお祝いが言いたくて」 「お前らしいな。喜ばれたんじゃないか?」 「どうかな。せっかちだって思われたかも」 「そうかな」 「ああ、……でも嬉しそうだったよ。やっと夫婦になるんだーって」

2015-11-22 22:40:53
燭へし同棲bot @dousei_skhs

そのひとことに箸が止まった。他人のことも、まるで自分の身に起きたことのように喜べる。それは光忠の最たる美徳だと思うし、俺自身もそこに惹かれた。だが今の俺は、にこにこと心から嬉しそうに笑う光忠から視線を外し「それは何より」と曖昧な返事をするのが精一杯だった。

2015-11-22 22:45:41
燭へし同棲bot @dousei_skhs

そこから俺たちの会話は、いつも通り他愛のないものに変わった。光忠も俺も、互いに我慢ならなかったとき以外、過去のことと仕事のことは進んで話さない。一度終わった話題を再び出すことも、あまりない。……でも、これだけは。喉の奥に引っかかるこれだけは聞いてしまえと、俺の中の誰かが言った。

2015-11-22 22:50:18
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「……み、光忠も」 「んー?」 「やっぱり、その……なりたいと思うのか」 「……何に?」 「ああ、いや……なりたいというか、……憧れというか、夢というか……そういうのはあるのか? ……誰かと“夫婦”になるということ、に」

2015-11-22 22:55:35
燭へし同棲bot @dousei_skhs

声が震えていないだろうか。くだらない、焦れる気持ちに気づかれていないだろうか。俺は平静を装えていることを願いながら、もうほとんど身を削がれた皿の上の秋刀魚を見つめ続けた。 「……まあ、憧れや夢が全くないと言ったら、嘘になるかな」

2015-11-22 23:00:36
燭へし同棲bot @dousei_skhs

光忠は最後に残っていた米粒を口に運び、静かに箸を置いた。形のいい喉仏が上下する。どこに視線を遣ればいいのかまるでわからない。……端的に言えば、ショックだったのだ。同時に、やっぱりそうなんだ、当然だと冷静に思う自分もいた。黙する俺を余所に、光忠は言葉を続ける。

2015-11-22 23:05:45
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「毎日二人で同じものを食べて、同じ空間で暮らして。他愛もない話と、たまには喧嘩もしてさ」 「……うん」 「人生を二人分生きるんだ。楽しいことばかりじゃないだろうけど、だからこそ他人同士で一緒にいる意味がある。夫婦ってそういうものだと思うから」 「……そう、か」

2015-11-22 23:10:36
燭へし同棲bot @dousei_skhs

いよいよどうしていいかわからなくなってきたときだった。光忠はにこっと笑って、俺をひたと見つめた。そして。 「だから僕、今幸せです」 「……? なぜ」 「だって、長谷部くんがいるから」

2015-11-22 23:15:24
燭へし同棲bot @dousei_skhs

――思わず、はあ? と間の抜けた声が出た。光忠は自分が何を言ったのかわかっていないらしく、俺のそんな態度にきょとんとしている。なんで、どうしてそんなことが言えるんだ。だって俺と一緒にいても、お前は、お前の友人のような“夫婦”には。

2015-11-22 23:20:26
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「……今言ったようなこと、したいんじゃないのか」 「今言ったようなこと、もう全部してるじゃないか」 「……誰と」 「君と」 「…………」 「“夫婦”って名前をつけなくてもね」 「……みつ、」 「だから幸せだし、僕の夢はもう叶ってるんだよ」

2015-11-22 23:25:23
燭へし同棲bot @dousei_skhs

言いたいことはすべて言ったのだろう。どこか満足した面持ちの光忠はごちそうさまでした、と手を合わせ、そして。 「だからね、長谷部くん」 「……なんだ」 「これからもよろしくお願いします」 少しばかり姿勢を正したあと、悪戯っぽく頭を下げてみせた。

2015-11-22 23:30:33
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「こちらこそ」と絞り出した俺の声は届いただろうか。光忠といると些細なことで泣きそうになるのが、女々しくなるのが嫌だと思う。でも、さっきの言葉を反芻すると、それすらどうでもよくなった。台所から聞こえてきた「ほうじ茶と玄米茶どっちー?」という呑気な声に、思わず笑うほどには。 【了】

2015-11-22 23:37:28
燭へし同棲bot @dousei_skhs

(おまけ) 「……! ……あ、つっ」 「そりゃあほうじ茶だからね。熱く淹れないと」 「…………」 「大丈夫? 火傷しちゃったかな」 「大丈夫だ」 「ふーふーしようか?」 「ばか、要らん」 「あはは、ごめんって」 (了)

2015-11-22 23:41:57
燭へし同棲bot @dousei_skhs

【管理人より】いい夫婦の日、お付き合いいただきありがとうございました!夫婦というものの定義は個人により様々あっていいと思いますという言い訳をさせてください。では、明日からまた一週間、よい燭へし日和となりますように。

2015-11-22 23:47:59