IF森峰の世界

『もしも西住みほが転校していなかったら』
9
溝落 @_UPcut

お姉ちゃんが怪我をしたのはお姉ちゃんが高校1年の冬、学園艦を北上させながら、足回りの悪い戦車で雪の中を戦うための訓練をしていたとき。その日は吹雪があまりにも強くて、試合があったとしても安全面への配慮から中止になるだろう天候。でもそのときの監督が訓練を続行させた。 #IF森峰の世界

2016-03-15 02:01:56
溝落 @_UPcut

猛吹雪の中、お姉ちゃんたちは寄港した土地の山の中で訓練をしていた。前も後も下も上も、一面まっしろな雪の世界。そこに地面があるかもわからないほどの視界。ティーガーⅡの車体が雪の斜面を滑り落ちたとき、お姉ちゃんは少しでも遠くを見ようとキューポラから上体を出していた。 #IF森峰の世界

2016-03-15 02:06:19
溝落 @_UPcut

お姉ちゃんの体は投げ出されて、戦車の下敷きになることはなかったけれど、運がよかったのはそれまでだ。落ちた場所が悪かった。そこはちょうど他の戦車が雪を除けたばかりで、岩肌が近くなっていた。きっと落ち方も悪かったんだろう。 #IF森峰の世界

2016-03-15 02:09:11
溝落 @_UPcut

病院のベッドで目を覚ましたとき、お姉ちゃんは、真っ青な顔でぼろぼろ泣く妹の顔を見た。「よかった、お姉ちゃんが生きてた、目を覚ましてくれた」お姉ちゃんには、それ以外、なにもなくなっていた。 #IF森峰の世界

2016-03-15 02:12:00
溝落 @_UPcut

お姉ちゃんの腰から下は、動かない。触られてもわからない。リハビリで在る程度は回復するらしいけれど、また前のように何十キロも妹といっしょにマラソンできるまでになるかはわからないそうだ。もちろん、戦車には、乗れない。お姉ちゃんの胸にぽっかり穴が空いた。 #IF森峰の世界

2016-03-15 02:18:35
溝落 @_UPcut

お姉ちゃんは戦車が好きだ。物ごころついたときからずっとそばにあったし、信じあえる仲間と一緒に戦車を動かして駆け回ることは楽しい。それに、戦車に乗るお姉ちゃんのことを、太陽よりもきらきらした瞳で見つめてくれた子がいたから。 #IF森峰の世界

2016-03-15 02:21:21
溝落 @_UPcut

戦車道特待生だったお姉ちゃんは、本当なら黒森峰女学園にいられなくなっても仕方なかった。でもお姉ちゃんは戦車道以外のところでも教師や生徒からの信頼が篤く、影響力の大きい人でもあったから、特例として普通科の生徒として学園艦に残ることができた。 #IF森峰の世界

2016-03-15 02:28:15
溝落 @_UPcut

とはいえ学園艦の施設はあくまでも学生にむけたものだし、内地に戻って設備の充実した病院に入ることは必要だった。お姉ちゃんはいちど熊本に戻って、しばらく治療とリハビリに専念することになった。体の状態に慣れて、ひとりでもある程度生活できるようになったら、学園艦に戻る。 #IF森峰の世界

2016-03-15 02:32:02
溝落 @_UPcut

リハビリと勉強くらいしかすることのない生活は、お姉ちゃんにとって退屈なものだった。それまではほとんどの時間を戦車に費やしていたから。おおきく空いた時間を、お姉ちゃんは妹の活躍を追いかけることに使った。妹はお姉ちゃんと逆で、お姉ちゃんがこうなってから忙しくなった。 #IF森峰の世界

2016-03-15 02:36:56
溝落 @_UPcut

妹だってそれなりに忙しい日々を送っていたけれど、輪をかけて多忙になったらしいと、お姉ちゃんは西住流門下生でもある同級生に聞いていた。お姉ちゃんは有名人だったから、こんな状態になったお姉ちゃんのことをお姉ちゃん本人に聞けないぶん、妹に取材が殺到しているそうだ。 #IF森峰の世界

2016-03-15 02:39:01
溝落 @_UPcut

妹がテレビや雑誌で取り上げられる機会が急に増えた。お姉ちゃんはそのたびに胸を痛めた。西住流の今後なんて、その子に訊かないでほしかったのだ。だってその子は、お姉ちゃんが誰よりも自由でいてほしかった子。家のしがらみなんて放り投げて、ただ思うまま生きてほしかった子。 #IF森峰の世界

2016-03-15 02:41:49
溝落 @_UPcut

テレビや雑誌のインタビューに答える妹は、写真や映像で顔を見るたびに様子を変えていた。お姉ちゃんは疑問を抱く、誰も気づいていないのか?そんなにも固く、苦しそうな顔で、戦車のことを話すような子じゃあないのに。 #IF森峰の世界

2016-03-15 02:45:00
溝落 @_UPcut

お姉ちゃんが思うように動かない体との付き合い方を探しているうち、季節は夏になっていた。お姉ちゃんは、全国大会決勝戦の生中継を、菊代さんと一緒に実家で見ていた。妹が1年生ながら副隊長に選ばれたことは知っていたから、テレビ越しとはいえ見られることは嬉しかった。 #IF森峰の世界

2016-03-15 02:49:43
溝落 @_UPcut

本当は、同じ場所で同じ景色を見たかったけれど、とは、お姉ちゃんは言わなかった。そんなことを言えば菊代さんが泣いてしまう。お姉ちゃんは液晶に映る、大雨の降る試合会場に集中した。プラウダ高校は強敵だ。油断するなよ、みほ。 #IF森峰の世界

2016-03-15 02:52:42
溝落 @_UPcut

ところで、この姉妹。お姉ちゃんと妹の間には、むかしから不思議なつながりがあった。顔を見るだけで、いま妹が楽しいのか、悲しいのか、悲しいのを押し隠して笑っているのか、わくわくを押さえて神妙な顔を作っているのか、わかってしまうのだ。妹もそれは同じだった。 #IF森峰の世界

2016-03-15 02:56:54
溝落 @_UPcut

妹はよく、口下手なお姉ちゃんが言葉を探して黙りこむたび、なにも言わずに欲しいものを察して差し出してくれた。いつも飲んでいるブラックコーヒーが、どうしてかその日だけ苦かったとき、妹が笑いながらミルクを差し出してくれる、お姉ちゃんはそんなつながりが愛おしかった。 #IF森峰の世界

2016-03-15 02:58:47
溝落 @_UPcut

でも、それはいつも、そばにいるときだけだったのに。テレビで見ている、遠く離れた試合会場で、妹が戦車から飛び出して崖を下りていったとき、お姉ちゃんは妹の感情をはっきりと掴むことができてしまった。―妹は、滑落した仲間の戦車を追いながら、お姉ちゃんに手をのばしていた。 #IF森峰の世界

2016-03-15 03:02:08
溝落 @_UPcut

盾役の戦車と、車長のいなくなったティーガーⅠを、プラウダ高校の砲撃がつらぬいた。 #IF森峰の世界

2016-03-15 03:03:08