【艦これSS】ノースモーキング大淀

大淀の見ている地獄と煙草と天龍とメタンフェタミン
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GammaRay @sizuoka074

戦闘指揮所でヘッドフォンをつけ、艦娘達の話を聞くことを義務づけられた大淀は、どこまでも暗く広がる夜の海、その恐ろしさを見ることは少ない。だが、海原の暗闇と対峙することを義務づけられた艦娘達もまた、大淀が覗き込む、文字通り無限に広がる電波の海に満ち足りた地獄の色を知ることはない。

2016-03-23 14:58:43
GammaRay @sizuoka074

およそ全ての艦娘が自分だけの地獄を持っているように、大淀もまた自らの地獄を持っている。それは飢えとも渇きとも、砲雷も届かないコンクリート作りのトーチカの中、鎮守府と呼ばれる司令所の、ヘッドフォンの中に存在している。

2016-03-23 15:01:53
GammaRay @sizuoka074

冷房の効いた指揮所の中、砂糖入りの暖かいコーヒーの注がれたマグカップを手に、大淀はその地獄を覗き込む。遙か3000km彼方の遠方で、孤立し、残忍な敵に囲まれて、救援を求める仲間達の声。大淀は淡い水色に光る戦闘指揮所のモニタを見ながら、彼女達に手を差し伸べる。

2016-03-23 15:05:08
GammaRay @sizuoka074

敵の位置を探り出し、最寄りの基地や避難所や、助けに迎えそうな仲間を捜し、その全てが無理であると理解しながら、彼女達にこう告げる。「心配ない。増援がそちらに向かってる。なんとかそのまま持ちこたえろ」と。そして彼女達が生きながら引き裂かれる音の全てを記録し、後に何度も聞き返すのだ。

2016-03-23 15:10:05
GammaRay @sizuoka074

翌朝KIAの処理をするため、二時間も遅れて朝食を取っていた大淀の元に霞がきた。彼女は「人殺し」と大淀をなじり、大淀に拳を叩き付けた。疲れ切っていた大淀には、避ける気などさらさらなかった。だが再び拳を振り上げた霞を、天龍が自らの拳をもって止めたその時、大淀は処女を捨てることを決めた

2016-03-23 15:21:33
GammaRay @sizuoka074

その夜、大淀は天龍を部屋に誘った。彼女はそれを断らなかった。メタンフェタミンのおかげで痛みはなく、行為は小一時間ほどですんなり終わった。行為の後、大淀はベッドシーツの中で横たわり、ラークの10mmを吸っていると、天龍も煙草を取り出した。それはケントの8mmだった。

2016-03-23 15:24:33
GammaRay @sizuoka074

「相変わらずいい吸いっぷりだな」「たいしたことはなかったですね」髪に手櫛を入れてくる天龍を無視して、大淀は行為の感想を述べた。そして気怠げに煙を吐く。ベッドライトに深い紫の煙がかかり、硝煙のように渦巻いた。それほど旨く感じない今の煙草を、彼女はまた変えようと考えた。

2016-03-23 15:28:09
GammaRay @sizuoka074

「一つください」「なンだ。俺のか?」「いけませんか」「構わねえよ、ほら」大淀は礼を言わずに煙草を咥え、天龍のマッチで火をつけた。煙を肺に流し込み、そしてもう一度吐き出しながら、大淀はずっと煙の淀む天井を見て、天龍が髪を弄ぶのを咎めなかった。

2016-03-23 15:32:17
GammaRay @sizuoka074

以前、サロンの女性誌で『髪を触らせるのはセックスを許すのと同じことだ』と読んだのを思い出した。奇妙な気分だった。あの平和な家を出るとき、煙草を吸うなど考えもしなかった自分は今、日に二箱煙草を吸うようになり、ロマンスとは縁がないと考えていた自分は、好きでもない女とこうして寝ている

2016-03-23 15:35:29
GammaRay @sizuoka074

ふと大淀は、自分は女と艦(ふね)のどちらなのだろうかと考えた。恐らく自分は女のほうだ。艦には帰る港はあっても、家もなければ家族もいない。だが大淀の心は艦のように錆びついていて、そのくせ髪を剥いてくれる誰かがそこにいることに、こうしてひどく安心している。

2016-03-23 15:40:04
GammaRay @sizuoka074

「…………」「どうした。酒でも欲しくなったか」ぼんやりと煙をくゆらせる大淀に、天龍が喋り掛けてきた。大淀はそれに返す言葉を探した。だがなにも見つからなかった。それでも彼女は口を開いた。言葉が意外なものだった。「あなたが死んだら私も死にます」

2016-03-23 15:44:02
GammaRay @sizuoka074

自分でも何を言ったかわからなかったが、ふといたたまれなくなって天龍を見ると、彼女は金色の隻眼を珍しいほどに丸くして、大淀をじっと見返し、やがてなんでもなさそうにこう言った。「いいぜ」大淀は心臓を握りつぶされる感じがした。だが天龍は言葉を続けた。

2016-03-23 15:46:54
GammaRay @sizuoka074

「だが死ぬなら戦って死ね。つまらねえ死に方は許さねえ」「勝手なことを言うんですね」「俺の水雷戦隊に負け犬はいねえ。産湯を取ってから億土の先まで、てめえは水雷戦隊だ」「私にそんなことを言うのはあなただけです」「どいつもこいつも見る眼ねえのさ。お前は狗の目をしてやがる」

2016-03-23 15:50:48
GammaRay @sizuoka074

それ以上の言葉を紡ぐことなく、天龍は大淀の煙草を獲った。「ヒロポンが効いてるうちに湯を浴びてこい。時間が経つとえらい痛むぞ」「……どうも」意外な気遣いに戸惑いながら、大淀はぞんざいに上着を羽織り、少しぎこちない足の付け根に苦労しながらスカートを穿いてベッドを立った。

2016-03-23 15:54:41
GammaRay @sizuoka074

「煙草はやめとけ。お前にゃあわねえ」去り際、天龍はそう言った。人のベッドで煙草を吸ってなにを言っているのかとも思ったが、なぜかその時の大淀は、もう煙草は吸うまいと考えた。そしてずっと憂鬱だった自分の心が、少しだけ楽になったのとをたしかに感じた。

2016-03-23 15:58:08
GammaRay @sizuoka074

「それと、あれだ」「はい」最後に天龍は珍しく、言いよどむように言葉を濁し、「お前、あれだ――処女だったんだな」大淀は小さく吹き出して、「ええ、そうですよ」と笑って部屋を出た。 おわる

2016-03-23 15:59:57