シュークリームとコーヒーを取り上げられた艦娘の話
「提督、私自分の部屋に、シュークリームを用意してあったんですよ」 「お、おう」 「代用品じゃない、本物の奴です。本物の生クリームと、本物のカスタードクリームを贅沢に使った逸品です。まあ、自分へのご褒美ってやつですね」 「ああ、鎮守府にたまに来てる出張販売の奴か」
2016-02-10 11:52:13「そう、それです。今日来てたんで、昼休みの間に並んでなんとか一個買うことに成功したんです」 「いつの間に……」 「コーヒーも用意してありました。こっちは個人的にストックしてあるやつですけど、帰ったらすぐ淹れられるように準備してありました。それを励みに、今日を頑張ってきたんです」
2016-02-10 11:56:02秘書艦の特権でもある個室は、あまりものの無い部屋だった。 必要最適減の家具と雑貨。申し訳程度に置かれた小さな人形が、かろうじてここが女の子の部屋だったことを主張していた。 そして小ざっぱりとした机の上に、シュークリームとコーヒーが準備してあった。
2016-02-10 12:03:26シュークリームは、中のクリームが浸みだしてぐずぐずになっていた。カスタードとは違う塩梅の黄色に変色していて、少し酸っぱいにおいもする。 コーヒーは豆の方は密封されたままで特に問題はなさそうだったが、セットされたフィルターは湿気っていた。
2016-02-10 12:13:26(全部、無駄になりましたね) そう語った、この部屋の主はもういない。先の会戦で彼女は沈んだ。自分の指示の通りに戦って、そして死んだのだ。
2016-02-10 12:20:39全ては、無駄になったのか? 彼女はもう、二度と戦うことは無い。笑うこともない。不平を漏らすこともなければ、何も言わずに従うこともない。そしてこのシュークリームは、もう誰も食べることは無い。
2016-02-10 12:29:30「無駄なものか」 机の上のシュークリームを、無造作につかんで口に突っ込んだ。口の中に広がる刺激的な味わい。ごろごろとした舌触りのクリームと、べちゃべちゃのシューが合わさって、口の中に新世界を構築する。
2016-02-10 12:41:05反射的に吐き出しそうになるのを抑えて、無理やり咀嚼した。吐き出せば、無駄だったと認めてしまう気がして、出来なかった。 彼女と戦った日々が無駄だったなどと、彼女と過ごした日々が無駄だったなどと、そんなこと認めるわけにはいかなかった。
2016-02-10 12:58:17涙が出てきた。どうして泣いてるかわからなくて、それでも咀嚼は続けて、泣きながら腐ったシュークリームを食べきった。 「ああ、おいしかった」 誰もいない部屋の中で、泣きながら勝ち誇った。彼女にむかって、勝ち誇った。
2016-02-10 13:01:29「いつまでたっても食べに来ないから、私が食べてしまったよ」 残念だったね、とつぶやきながら水差しの水を一気にあおった。きつかったが、シュークリームは無駄にならなかった。彼女は食べられなかったが、私が食べたのだ。 他の全ても、無駄になどなっては居ない。否、私が無駄にしない。
2016-02-10 13:15:08コーヒーは豆が無事だったから、フィルターを交換してお湯を沸かして、落ち着いて淹れた。部屋にあふれる芳醇な香り。彼女は本物の豆と言っていたが、あまりそういうことにこだわりを見せなかった彼女が、本物の豆をこれだけストックしているのは不思議だった。 答えは、すぐに分かった。
2016-02-10 13:22:27「ああ、おいしい」 彼女の私物で淹れたコーヒーの味は、いつも執務室で飲んでいるコーヒーと同じ味だった。 「てっきり官品だと、思っていたよ……」 また涙が出てきた。今度の理由は、考えるまでもなかった。
2016-02-10 13:29:07なお
「シュークリームとコーヒーを取り上げられた艦娘の話」は、提督に腐ったシュークリームを食べてもらいたい一心で書きました。腐ったシュークリームに関しては実体験をもとにしているので、リアルな描写なのは間違いないです(ドヤァ
2016-02-10 15:26:33