好奇心が猫を殺す

「好奇心が猫を殺す」という言葉をめぐる不穏な連作短編です。♠︎謎の肖像画を飾る夫婦の話 ♣︎謎の肖像画を相続した男の話 ❤︎生々しい面の飾られた部屋に住む男の話 ♦︎幼い娘が何かに憑かれた夫婦の話 完結したことになっています。
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00 @w0said

便座に座ると肖像画のなかの中年男性と目があう。妻の結婚前からの持ち物で、一人暮らしだった妻の部屋でも同じように飾ってあった。額縁には「好奇心が猫を殺す」と刻印された銅版。わたしは何度かこの肖像画を棄てようと試みた。そのたびに肖像画は同じ場所へ戻り、妻は無言でわたしを打擲するのだ。

2016-03-29 08:25:29
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トイレの壁には女の顔がかかっている。下には「好奇心が猫を殺す」と書かれた銅版。お面のはずだが、妙に生々しい。女の顔は、前の住人の置き土産だと不動産屋から聞いた。「なにも聞かなければ家賃は半分」と不動産屋はいい、おれは契約した。契約どおり、おれは女の独り言も聞かないことにしている。

2016-04-03 23:06:26
00 @w0said

父の葬儀が終わり、両親の家を片付けているとトイレにまだあの絵が飾ってあった。中年男性の肖像画で「好奇心が猫を殺す」と銅版がついている。母も父も最後まで絵について語ることなく亡くなった。この絵はなんなのか、なぜずっと飾られていたのか、葬儀に現れた肖像画にそっくりな男は誰だったのか。

2016-04-04 07:32:42
00 @w0said

家に帰ると娘が絵を描いていた。声をかけても返事をしない。「幼稚園から帰ってきてからずっとこんな調子、晩ご飯も食べてない」妻が話す間も娘は色を変えつつ、クレヨンを真横に引いていく。手元を覗きこむと印刷されたような中年女の絵と、「好奇心は猫を殺す」と読める文章が。

2016-04-05 20:51:42
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「これは友永朝長の絵だね、戦後活躍した画家で、どの作品にも『好奇心は猫を殺す』ということばを付けたんだ」美術商を営んでいる友人を招き、妻の絵を見てもらったことがある。「ところでこれ、幾らなら譲ってくれる」妻のものだから、と断った翌日、彼は我が家への不法侵入と窃盗未遂で逮捕された。

2016-04-06 07:03:27
00 @w0said

父の葬儀の香典帳に友永朝長の名がある。友永朝長 金三百万圓也。父の葬儀費用は実質、彼一人の香典で賄われた。芳名帳に住所も連絡先も記載がなく、受付を頼んだ親戚たちは誰も、友永朝長氏を応対した記憶がなかった。分厚い香典の内袋には、見覚えのある書体で「好奇心が猫を殺す」と書かれていた。

2016-04-06 15:23:17
00 @w0said

「アー、アー、犬吠埼ハ咲キマシタ、ア、ア、リンゴ ガ 晴天デス」女のお面から聞こえる独り言はおおむねこういった意味のないものだ。おれは半額家賃のために無視をしている。ときおりはっきりとした声で「好奇心が猫を殺すの、トモナガさん」と云う。トモナガ、トモナガ、おれでないことは確かだ。

2016-04-06 18:33:18
00 @w0said

「このひとはだれ?」「知らない」「どうしてこの絵を描いたの?」そう聞くと、娘は僕を指差した。「好奇心は猫を殺す」、と四歳の娘がはっきり云った。「葵?」「あおい、おなかすいた」「…ああ、ごはん、食べようか」夕食のあと、娘は描いた絵を持ってトイレに行き、便座の正面に画鋲で絵を貼った。

2016-04-06 18:57:26
00 @w0said

妻は母子家庭で育った。静かな妻とは対照的に、スナックを営んでいた義母は明るく騒がしい。義母と会うまで、わたしは肖像画の男は彼女の父親だと思っていた。顔合せの挨拶に義母の店へ行ったとき、そう質問をすると、義母は笑いながら否定した。「あの子がちいさい頃に、どっかで拾ってきたのよ」

2016-04-07 12:44:50
00 @w0said

「トモナガ 好奇心が猫を殺す」と検索をすると友永朝長という画家の企画展紹介のページが一番上に表示された。作品はおきまりの文句を添えた老若男女問わない肖像画ばかりで、おれの部屋にある女の顔のような造形物はない。検索結果の二つ目は「放火によって企画展が全焼した」というものだった。

2016-04-07 22:52:54
00 @w0said

♠︎ 犬吠埼にある××記念館の友永朝長企画展へと足を運んだ。妻も誘ったが「ぜんぶ偽物だから」と断られた。老若男女の統一感のない肖像画が数十点、すべてに「好奇心が猫を殺す」と銅版がついてる。展示によると、このなかの一枚が友永朝長の自画像だという。どれが自画像か今なお不明だそうだ。

2016-04-08 13:03:11
00 @w0said

♣︎ 父は母の死後も友永朝長について調べて続けていた。押入れが埋まるほどの資料は、どれも不自然な文章の空白がある。飛び飛びに消しゴムで消したかのように昨日まで読めていた資料が、今日読めなくなっていることがある。私は資料をスキャナで取り込んだが、データにしてもなお文字は減り続けた。

2016-04-08 19:36:42
00 @w0said

❤︎ 【××記念館では1986年から友永朝長の企画展を開いている。2002年の出展作品は新たに発見されたものを含め206点…】《6日未明に××記念館が半焼する火事…放火容疑で×県⚪︎町の……容疑者を逮捕》放火の容疑で捕まったという女の写真は、おれの部屋の女の面とそっくりだった。

2016-04-08 20:11:02
00 @w0said

♦︎ ぼくら夫婦間の議論は連日、遅くまで続いた。娘の描いた絵をシュレッダーにかけたあとの、娘の奇行は四歳の子どもとは思えないものだった。手の力だけで天井に張りつく、片手で食器棚を倒す、理路整然と抗議する。精神科か悪魔祓いか、何を頼ればいいのか。答えは出ない。

2016-04-10 07:25:29
00 @w0said

♠︎ 企画展の客はわたし一人だった。額に傷のある軍人風の男、着物の少女、ポロシャツの老人、喪服の男…絵の描かれた時期は45年から89年現在までバラバラだ。「友永朝長は一人か、複数か、どちらだと思います?」振り向くと茶色のスーツを着た男がいた。胸に「所長」と書かれたプレートがある。

2016-04-10 18:55:56
00 @w0said

♣︎ 「生前のお父様から、亡くなったあと絵の管理をお願いされておりまして」と茶色スーツの男は言った。若いようにも年老いてるようにもみえる。渡された名刺には「所長」とだけ書かれ、氏名はない。こちらが贈与契約の書類です、と渡された紙にはたしかに父の筆跡の署名と、実印が押されていた。

2016-04-11 12:54:40
00 @w0said

❤︎ サトウユキコさん、とあの容疑者の名前で話しかけてみる。女の顔は何の反応もしない。「独り言」が頻繁に聞こえてきたとしてもお面はお面なのだ。明日も仕事だし、好奇心は猫を殺すというならこの辺が興味の引き時なのかもしれない。風呂でも入るか、と思った矢先、インターホンが鳴った。

2016-04-11 20:28:21
00 @w0said

♦︎ 「まるでエクソシストですね」と医師は言った。ぼくと妻は仕事を休み、娘を児童精神科へ連れてきている。医師が娘の腕をみると、診察前まではなかった赤黒い痣があった。「葵ちゃん、その腕はどうしたの?」「パパが抓ったの」そんなことはしていない。その日、娘の体から痣が多数見つかった。

2016-04-12 06:12:05
00 @w0said

♠︎ 「ひとり、ではないんですか」「厳密には、ひとりが複数いる、とわたしは考えております。というのも、これらの絵はどれも描いて額にはめた『当人』から買い取ったものなんです。絵に署名はありませんがね、筆名を聞くとみなさん判で押したように友永朝長(ともなが ともなが)と名乗るんです」

2016-04-12 17:19:41
00 @w0said

❤︎ モニターにはトレンチコートを着た女が写っている、ように見える。ワンレンストレート、マスクをして瞳が見えてたら口裂け女に見えるだろう。けれど、女の顔にはぽっかりと漆黒の穴が空いている。家の中で黙っていると、女の顔が叫んだ。「イルス!」鍵をしてあるドアノブがゆっくりと回りきる。

2016-04-12 20:10:44
00 @w0said

♣︎ 「これが友永朝長のホンモノですか」所長は絵を見ながら手を十字に切り、短く何事かを呟いた。「お母様がこちらを拾われたそうですね」「ええ、そう聞いてます」「この方に見覚えは?」聞かれて、わたしは葬儀のこと、香典のことを伝えた。「ところで、顔のないひとを見ませんでしたか?」

2016-04-13 19:18:29
00 @w0said

♦︎ すぐに連れて行かれないことを知ると、娘は児童相談所の方へ「使えない」と吐き捨てるように云い、玄関のほうへ歩き出した。「葵?」と声をかけた妻に娘が手をかざすと、妻は「く」の字に曲がって動かなくなった。職員もぼくも同じように崩れ落ち、その最中、娘の顔が剥がれ落ちるのが見えた。

2016-04-14 18:34:29
00 @w0said

♠︎ 「この絵のモデルは?」「一代前の友永朝長です。それぞれ面識はないはずなのに、みなさん描けるんですよ」それで妻は、みんな偽物だ、と云ったのか。「この施設は、絵を確保・収容・保護するためにあります。もしも友永朝長の絵に心当たりがあるならご相談ください。きっとお力になれますから」

2016-04-15 06:03:41
00 @w0said

❤︎ 顔のない女がおれの部屋のなかにいて、お茶を飲んでいる。傍らには女の面とプレートがある。女はサトウアオイと名乗った。顔を喪った人々のために顔を探している、という。話を聞きながらたくさんの?を出しているおれに、アオイは「山崎さん。好奇心は猫を殺しますよ、言葉通りに」と云った。

2016-04-16 06:42:18
00 @w0said

♦︎ 娘の特徴を警官に聞かれ、妻は泣きだした。娘の顔は玄関に瀬戸物のようになって落ちていた。あの日着ていた服を伝えながら、僕は娘がもう二度と戻ってこないことを予感した。娘の顔は、妻がトイレの壁にプレートと一緒に飾った。僕は何も聞かず、妻の好きなようにさせた。

2016-04-19 06:53:17