- dousei_skhs
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【よい風呂の日】 「……狭いね」 「……ああ」 どこにでもある普通のマンション。広さも間取りもなべて普通。セパレートとはいえバスルームの大きさだって知れたもの。その知れた大きさの浴槽に今、成人男性が二人で仲良く浸かっていた。
2016-04-26 22:45:42その成人男性というのは、言わずもがな僕と長谷部くんだった。有難いことにそこそこ体格に恵まれている僕と、僕に比べたら細いけれど、それでも平均以上の体格をしている長谷部くん。二人でお湯に浸かった瞬間、湯船はいっぱいどころか窮屈極まりない有様になった。(お湯は恐らく半分くらい減った)
2016-04-26 22:50:04「なんでこんなことしてるんだろうね」 「お前が言い出したんだろう」 「そうだっけ」 「そうだよ」 そうだ。僕と長谷部くんの仲は円満そのものだけれど、一緒に風呂に入るというのは、実のところあまりない。それがどうしてこうなっているのか。
2016-04-26 22:55:07そうそう、そうだった。お互い仕事から帰ってきて、今日は暑かったから二人とも汗を流したくて、でも僕も長谷部くんも相手に「先に入るといい」なんて譲り合って、それが平行線を辿って。……結果、それなら一緒に入ればいいじゃないかという結論に落ち着いたのだ。
2016-04-26 23:00:02冷静になって考えてみると、ジャンケンなりなんなりすればよかったのに。二人ともいきなりの暑さに疲れていたんだと思う。風呂に入って汗を流す、それ以外のことは思慮の外だった。 「なんか」 「なんだ」 「これ結構恥ずかしいね?」 「言うな」 「はは、ごめん」
2016-04-26 23:06:41もっと若いときなら、裸の長谷部くんが至近距離にいて何もしないなんてことは到底無理だったと断言出来る。けれど、それなりに年を重ねてくると落ち着きも出てくるというものだ(勿論いい意味で)。大人になったなあなんてしみじみ思いながら温まっていた僕は、そこでふと視線を感じた。
2016-04-26 23:10:24今僕に視線を送る人物なんて、考えなくても一人しかいない。顔を上げれば藤色の瞳とばっちりかち合う。 「どうしたの」 「え?」 「僕のこと見つめて」 「……なにも」 「もしかして見惚れてた?」 「ば、っ」 「なーんてね」 「…………」 「……あれ?」
2016-04-26 23:15:07なんてことない一言に長谷部くんが固まった。ぴしっという音でも立てそうなほど、あからさまに。明るい中で裸になっているという気恥ずかしさを紛らすために、ほんの軽い冗談を言ったつもりだった。けれどそれは、図らずも長谷部くんの図星だったようだ。僕は視線をふわふわ逸らしながら言葉を探す。
2016-04-26 23:20:05「まあ、あれだよね」 「…………」 「お風呂ってほら、明るいし……その、いろいろよく見えるっていうか」 「……うるさい」 「でもそれは僕の方も同じでさ」 「……もういい」 「長谷部くん、とっても綺麗で」 「もういいと言っている!」
2016-04-26 23:25:05長谷部くんは突然ざぶっと立ち上がると、シャワーヘッドを引っ掴んだ。掛け湯をして上がるつもりらしい。けれどシャワーが掛かった瞬間、熱いお湯で薄く色づいた身体がびくっと跳ねた。――しまった。後から身体を洗ったのは僕の方なのに、温度を彼好みに戻しておくのを忘れていた。
2016-04-26 23:30:04「ッ! なんだこの温度は、水か!」 「水じゃないよ」 「温すぎる!」 「君のが熱すぎるんだ」 「そんなことない!」 案の定叱られた。掛ける前に温度を確認しない方も悪いんだし、一方的に僕が文句を言われるのも理不尽だなあと思うんだけど、ここは敢えてお口チャックだ。
2016-04-26 23:35:12熱くしたシャワーを浴びた長谷部くんは、丸わかりの照れ隠しに「ばか」と子どもみたいな言葉を選んでバスルームを後にした。残ったのは、突然広くなったお湯の少ない湯船にぽつんと座っている僕だけだ。たいへん寂しい。
2016-04-26 23:40:23擦りガラスの向こうに影が消えるのを見届けてから、僕もゆっくり湯船から出た。彼が水だとのたまった温度に再び合わせてコックを捻り、確かに温いシャワーを浴びる。 「……でも、本当に君は」 心地いい温度が皮膚を滑っていく。ほら、こんなにちょうどいいのに。
2016-04-26 23:45:21シャワーに邪魔されながら呟いた言葉は絶対に届かない。それでいい。 「……のぼせたかな」 長谷部くんには不評だったけれど、やっぱり僕にはこの温度が合っている。いや、今はいっそ水でもいいくらいだ。一緒のお風呂で火照った身体には、なんてね。 【了】
2016-04-26 23:50:22(おまけ) 「あ、まだ髪乾かしてないの?」 「面倒くさいんだ」 「傷んでも知らないよ」 「傷む前に、お前が乾かしてくれるだろう」 「……まあ、そうですけど」 「上がってくるの待ってたのに」 「あーもう、悪かったよ。こっちおいで」 「うん」 (了)
2016-04-26 23:51:22【管理人より】よい風呂の日、お付き合いいただきありがとうございました。毎度学習しない駆け足で申し訳ありません。最後の火照った、とはそのままの意味か(暗喩)かご想像にお任せいたします。お天気に翻弄される日が続きますが、皆さま風邪など召されませんように。明日からもよい燭へし日和を。
2016-04-26 23:59:28