このクソ暑い日にあなたの力を借りたい#2 彼を呼ぶ声◆3(終)
_メアレディの蒸気乗用車は白銀ランプ街の住宅地へと向かう。燦々と照り付ける太陽が車内温を上げ、長袖の彼女にじっとりと汗をかかせる。日光は吸血鬼にとって苦手な存在だ。体力を奪い、皮膚が赤くなる……死にはしないが。 今回の要件はアルコフリバスへの報告だ。 51
2016-05-04 17:16:52「車に冷房が欲しくなるね」 隣の助手席にはミクロメガスが座っている。相変わらず冷房なんて必要なさそうな涼しい顔だ。真面目そうで、不健康そうで、肌の白い顔。 「教導院の予算を増額させるロビー活動、いつでも受け付けてるよ」 半分冗談だ。 52
2016-05-04 17:22:49_豪邸の駐車場に車を停め、二人はアルコフリバスの邸宅へと向かう。蝶が飛んでいた。煉瓦の道には、蟻が右往左往していて、ミクロメガスは踏まないように気を付けて歩く。 「贈り物、忘れてないでしょうね」 メアレディはミクロメガスを上司とは思いたくない。それゆえの口調。 53
2016-05-04 17:29:42_ミクロメガスは上司という言葉から限りなく遠い存在だった。けれども、俗物ではない。雲のように捉えがたく、木々のように揺れて、佇んでいる。雲に畏まるものがいるだろうか、あるいはその辺の街路樹に。 彼の方も、メアレディの無礼を許した。 54
2016-05-04 17:34:35_ポケットから何の変哲もない櫛を取り出すミクロメガス。メアレディはどきっとした。 「まさか洗面台から間違えて持ってきたの?」 「いいや、これでいいんだ。素晴らしいアーティファクトだよ、これは」 そう言ってポケットに戻す。 55
2016-05-04 17:39:56_彼はいくつものアーティファクトを所持している。何かあるたびに、それを仕事と引き換えに他人に渡している。メアレディはその噂を知っていて、彼の部下になったとき、聞いたことがあった。そのときは「社交界だよ」とはぐらかされた。 56
2016-05-04 17:45:11「アーティファクトを買って、一回も使わずに誰かにあげて……何がしたいんです?」 「役割だよ」 ミクロメガスは蟻を踏みつぶさないように下を見ながら言う。 「人にも、道具にも、役割がある。僕が使えば全部上手くいく話は無いさ。君も、そしてアルコフリバスもね」 57
2016-05-04 17:50:36_考えて見ればおかしい話だ。最初からミクロメガスが探偵とアルコフリバスに頼めばいい話だ。それでもあえてメアレディに頼んだ。つまりは、それがメアレディの仕事だと思ったということだ。 (私と信頼を築いていこうと思っているのかなぁ) 58
2016-05-04 17:59:11_まだ、メアレディとミクロメガスは組んだばかりだ。苦手な仕事や、突然のアクシデント。それらを投げかけても倒れない強固な……信頼を築くことを願うのかもしれない。 「ああ、クソ暑い! 何なんだこのクソ暑さは!」 聞いた声が後ろから聞こえる。また先回りしてしまったらしい。 59
2016-05-04 18:06:38「来客のアポは取ってるんですからせめて家にいてください」 振り返って、分厚いスカートを翻し、メアレディは笑った。アルコフリバスは相変わらず山羊のような顎鬚を揺らす。 「クソ暑いのに、家でじっとしていられるか!」 全室冷房でしょ、と思わずにはいられなかった。 60
2016-05-04 18:11:16【用語解説】 【吸血鬼】 地球の伝承程ややこしい設定が山盛りになっているわけではなく、普通に人種のひとつ。肌が白く太陽に弱いため辺境に比較的多く住むが、希少種である。肌が異様に弱く、治癒でさえ他生物の血液が無ければ再生できない。大きな犬歯が特徴で、変異術に種族的な適性がある
2016-05-04 18:17:05【次回予告】 戦士を引退し農場主となり、悠々自適の生活を送るスキュラ。彼女は恐れていることがあった。それは、一つの大きな呪い。 平和な農場に奴らがやってきた……ヒャッハー! モヒカンの襲撃者だ! 次回「自然愛護モヒカン過激派と引退した戦士」 全50ツイート予定 #減衰世界
2016-05-04 18:22:28