【デリバリー・ザ・アフロ】
ウシミツアワーのネオサイタマ、タコヤクシ・ディストリクト。カチグミ層向けマンションの一室で、アケミはザゼンを組んでいた。壁には「仁義」「不如帰」のショドー。トコノマに数本のカタナが飾られている。電灯が点いているのはキッチンのみ。ローソクの小さな明かりが少女の顔をほの暗く照らす。
2016-05-20 12:30:13カメラの映像は全体的にモコモコした黒いもので覆われている。その上に小さい筒めいた何か。ズーム機能を解除すると、巨大なアフロ姿の男が写った。
2016-05-20 12:30:49ティアドロップサングラスにイタマエ風上着をだらしなく羽織り、手には小振りのスシ・パック。アケミはようやく、アフロの上に載っている白いものがイタマエ帽子だと気づいた。髪がはみ出るどころの騒ぎではない。
2016-05-20 12:31:08「ドーモ。スシ・デリバリー『ササノハ』です」男はヘラヘラしながら言った。どこからやってきたのか、フクロウが足許から飛び上がり、男の肩に乗った。「キャンペーンメニューのサービス・パック、お届けを忘れてましたァ」
2016-05-20 12:31:23「ウチじゃキャンペーンメニューは買ってない」アケミは苛立った声で応えた。彼女はこういう若者を見ると、突如としてカタナで切りかかりたくなる。せっかくザゼンで整えたヘイキンテキが台無しだ。「アフロ頭にフクロウ?仕事ナメてんの?」思わず詰問調になる。
2016-05-20 12:31:37「スミマセン。エート、タカミ・シキシマ=サンのお宅ですよね?」男はまだヘラヘラしている。アケミの頭に血が上る。「全然違う。タケウチ!」アケミは乱暴にインターホンを切った。
2016-05-20 12:32:16アケミは拳を握り締めたまま、師範からインストラクションを受けたタンデン・呼吸を試みる。「スゥーッ……ハァーッ……」ようやく怒りが収まってきた。
2016-05-20 12:32:28アケミは再びザゼンルームに戻り、アグラ・メディテーションの姿勢をとった。目を閉じると、徐々に心が静まっていく。(((それにしても、あの帽子はどうやってアフロに留めてるんだろう)))ふと思い、少し口元を緩めた。
2016-05-20 12:32:40男はインターホンを睨みつけ、振り返った。フクロウが笑っている。「愛想笑い頑張ったのにね、スーサイド=サン……」「うるせぇ。あと何件だ」「次で最後」スーサイドはスシ・パックを後ろの宅配ケースに入れると、バイクに跨り、エンジンキーを挿した。
2016-05-20 12:32:58ゴォォォン!勢いよくエンジンがかかる。「宅配バイクも悪くないじゃない」「エンジンだけはな。こんなダサいデザイン、よく思いついたもんだぜ」「ポーン……次の角を右ドスエ」宅配バイクの車載UNIXモニタが点滅し、合成マイコ音声がナビゲートを開始した。
2016-05-20 12:33:12「本当に次が目的の家なんだろうな」「これで宅配ルートの履歴は全部だからね……次がシキシマ=サンじゃなかったら、終わりだ」フクロウは肩を竦めた。
2016-05-20 12:33:40フィルギアはこのところ忙しい。いつのまにか消え、明け方に傷だらけでフラリと戻ってくる。そのフィルギアから預かったUNIXメモリの一つを、スーサイドはうっかりスられた。
2016-05-20 12:33:57盗った相手はほどなく判明した。「シキシマ」という名の、セコイ情報屋だ。ハッキングすらできないが、古びたバーや路地裏でやりとりされる情報を横からかすめ、カネにする。目立たない風貌のうえに用心深く、その住処を目にした者はいない。今夜、スシ・デリバリーのバイクを捕まえたのは僥倖だった。
2016-05-20 12:34:25配達先の顧客データは高度に情報化されており、バイク搭載の端末でしか見られない。そのデータも、ドライバーのみが知るパス・コードを入力しなくては開かない。そう判明したのは、ドライバーが電柱にぶつかって死亡した後だった。仕方なく、二人は唯一確認できた配達履歴を一軒ずつ辿ってきた。
2016-05-20 12:34:39くたびれたマンションのドアには小さく「シキシマ」の文字。「ビンゴ」フィルギアが人間の姿に戻る。スーサイドはブザーを鳴らした。「スシ・デリバリーです。サービス・パックのお届けを忘れたもので」
2016-05-20 12:35:05「サービス・パック?」鍵を外す音とともに、男がドアを開ける。「やっと会えた。シキシマ=サン!」ドア・チェーンを挟んで、スーサイドが笑いかけた。
2016-05-20 12:35:18男が反射的に閉めようとしたドアに、スーサイドは靴の先を差し込む。「預かってもらったもの、返してもらおうか」「な、何のことでしょう」男はおびえた声で言う。「全然分からないんですが、もしかしてこれ、」BLANBLAN!男が懐から出した18口径銃が火を噴いた。
2016-05-20 12:35:42男は目を剥いた。ガンスモークの向こう、スーサイドの笑った歯に銃弾が2つ挟まっている。タバコめいて、銃弾からは煙がたなびく。至近距離で打ち込まれた銃弾を歯で受け止めたのだ!ワザマエ!
2016-05-20 12:36:08KILLINKILLIN……吐き出された銃弾が、いまさらのようにコンクリートの床で音を立てた。「いいモンくれるじゃねぇか」スーサイドは真顔になり、そのまま銃を掴む。「アイエエエ!」男は抵抗するが、為すすべもなく武器を取り上げられた。
2016-05-20 12:36:21「ムダだよ、観念しなよ……」フィルギアは横からドア・チェーンに手をかけ「イヤーッ」バキン!引きちぎる。「アイエエエエ!」男は後ずさりながらブザマに失禁する。
2016-05-20 12:36:39「ちょっと見張りを頼む。念のため、ね」フィルギアはスルリとドアの奥に消えた。「……アイエエエ!」「ヒヒッ」中からは悲鳴と笑い声。スーサイドは壁にもたれ、タバコに火をつけた。
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