《6》クイーンとスバルの小一時間

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hikari∞短めのお話 @love_suzume

1. どっかで見たことある。 席に着いた瞬間そう思った。 「ご指名、ありがとうございます、スバルです」 渡した名刺をチラ見して、すぐにタバコを咥えた。 火をつけながら、こっそり観察する。 上唇に比べて下唇がぶ厚くて、前歯が少しだけ長い。 官能的な口元。

2016-05-24 22:19:49
hikari∞短めのお話 @love_suzume

2. うーん...。 誰やったかなぁ....。 今まで関係を持った女たちの顔が、ずらずらと脳裏に浮かんでは消え...。 ギブ。 分からん。 「あのぉ、どっかで会うたことありましたっけ?」 万が一、前の店のお客さんやったりしたらマズいし。

2016-05-24 22:20:00
hikari∞短めのお話 @love_suzume

3. 女は唇だけで笑う。 「何その古くさい手。あんたほんとにナンバーワン?」 「ちゃうちゃう、ほんまに!どっかで...」 女が眉根を寄せて煙を吐き出したから、それ以上突っ込むのは止めた。 「ド...ッペルゲンガーやな、きっと」 ご機嫌損ねたらアレやもん。

2016-05-24 22:20:10
hikari∞短めのお話 @love_suzume

4. 「お兄さんはさ、なんでホストやってんの?」 濃いめにつくった水割りを舐めながら言う。 なんでって...。 分からんわ、そんなん。 気ぃついたらこうなっててんから。 大学時代に独り暮らししてて、暇でパチンコばっか行ってて、気づいたら借金抱えてた。

2016-05-24 22:20:24
hikari∞短めのお話 @love_suzume

5. ほんで、この世界に足を踏み入れたというわけ。 どこにでもあるつまらん話。 「お姉さんはOLさんですか?」 明らかに派手な服装で、時代遅れのピンヒールなのに、一応そう言う。 お約束ってやつ。 「まあね」 そう言って、また咥えたタバコの口元を見て、ビビビって...。

2016-05-24 22:20:36
hikari∞短めのお話 @love_suzume

6. なんや、突然スタンガン押し付けられたみたいに蘇ってきた。 そう、キャッチコピーは確か...。 ぷるるん騎乗位クイーン! 16歳だった俺の、いちばんお気に入りのAV女優。 16なんて寝てるかちんこ握ってるかみたいなとこあるやん。 もう、何回抜いたか分からんもん。

2016-05-24 22:20:50
hikari∞短めのお話 @love_suzume

7. 騎乗位クイーン名乗るだけあって、くびれがきれいで、形のいいほどよくおっきいおっぱいがぷるるんすんのを下から見るっていうお決まりのカットが人気やってん、確か。 でも俺が好きやったのはそこやなくて。

2016-05-24 22:21:00
hikari∞短めのお話 @love_suzume

8. フェラのときにどアップになる唇。 ガイジンさんみたいに、下唇の真ん中にくっきり線入ってて。 なんていうか、ザーメン映えすんねんな。 まあとにかく、俺の青春の、もとい性春の、第1章は間違いなくこの人から始まった。

2016-05-24 22:21:11
hikari∞短めのお話 @love_suzume

9. 「なあに?」 「いや...」 ............。 「老けたでしょ」 たぶん...。 俺が16の時点で20歳とかそんな“設定”やった。 いくつサバ読んでたのか分からんけど、確実に30半ば...や、もっといってんのかもしれん。

2016-05-24 22:21:23
hikari∞短めのお話 @love_suzume

10. 身体の線はそんなに崩れてないし、普通に、その年にしちゃきれいな方やと思う、けど。 肌荒れをファンデーションで隠したような厚化粧と、根元の方から三分の一くらい地の色が見えてるネイルが、女の今日までの人生が一筋縄じゃいかんもんやったことを物語ってるような気がした。

2016-05-24 22:21:34
hikari∞短めのお話 @love_suzume

11. 「お兄さんさーあ」 えっと、なんだっけぇ...。 そう言いながら、渡したままテーブルに転がってた名刺を手に取った。 「スバルくん?はさ、泣いた?最近」 唐突にそう訊かれて。 「私さ、泣いたことないんだよね、最近気づいたんだけど」 何その中森明菜感...。

2016-05-24 22:21:47
hikari∞短めのお話 @love_suzume

12. 「大事なものがないってことなんだろうなぁ...」 女はもう、俺がおらんみたいな感じで、誰に言うわけでもなく独りごちた。 一理ある、と思ってしまった。 最近、泣いた時のこと。 彼女の、こと。

2016-05-24 22:22:01
hikari∞短めのお話 @love_suzume

13. 行きつけの歯医者の衛生士してる彼女に手紙渡されたのは、2か月くらい前。 診察終わって病院出たら突然、これ読んでくださいって封筒押し付けられた。 小学生以来のラブレター...。 ずっと気になってた、よかったら連絡ください、みたいなことと連絡先が書いてあった。

2016-05-24 22:22:15
hikari∞短めのお話 @love_suzume

14. ほいほい連絡したのは、店で金使ってくれんかなーって思ったから。 やけど...。 言われへんかってん。 仕事のこと。 そっから何度も会うてるけど、どうしても躊躇してしまう。 俺は夜の世界に骨の髄まで浸かってて、でも彼女は...。 正真正銘真っ昼間の住人やから。

2016-05-24 22:22:32
hikari∞短めのお話 @love_suzume

15. でも、それだけやない。 一緒にいることが嬉しくてたまらないみたいな、とにかくめっちゃ好きなんやなって分かるから。 や、そんなん今までの女もそうやし、色恋営業仕掛けてる客やってそうなんやけど...。 幻滅されたくないって、嫌われたくないって思った...んやと思う。

2016-05-24 22:22:53
hikari∞短めのお話 @love_suzume

16. 何回目かのデートの後、家着いてすぐ、彼女からメールきた。 今日、会えて嬉しかった。すばるくん大好き! そんなメール。 気付いたら、なぜか涙が溢れてた。 俺は人に言われへんような仕事して生きてんねんなって、それが、情けなくて、悔しいからやって、思ってたけど...。

2016-05-24 22:23:08
hikari∞短めのお話 @love_suzume

17. 「女絡みで泣いたんだ?」 「...え...?」 女の水割りはとっくになくなってて、慌ててグラスを引き寄せようとしたら、遮られた。 「顔見りゃ分かるよ。誰だと思ってんの」 女は楽しそうに言う。 「堕ちきってないんだね、スバルくんは」 ............。

2016-05-24 22:23:18
hikari∞短めのお話 @love_suzume

18. 「なんかで泣けるってのはそういうことだよ」 あのとき俺が泣いたのは...。 彼女のことが、大事だから。 なのかもしれない...なって。 「ご不浄」 女がそう言って席を立った隙に、彼女にメッセージを送った。

2016-05-24 22:23:32
hikari∞短めのお話 @love_suzume

19. ............。 生まれて初めて言った。 会いたい、なんて。

2016-05-24 22:23:41