第6話 「彷徨う風」 パート1

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白樺活性炭濾過物 @bookmark_vodka

6-1-1 あぁ、もうどの位進んできたのだろうか。 それなのに、雲と空と日と海、それ以外には何も見えない。 島影のひとかけらも、雲を掻く飛行機も、海鳥の羽ばたきも、踊る魚影も。 耳を撫でていくのは、吹き抜ける潮風と、自分が進む度に足下で舞い上がる水飛沫の音ばかり。

2016-05-31 21:19:02
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6-1-2 高かった日は見る見るうちに傾き、空は次第に陰っていく。 蒼く綺麗な水面は、獲物を正に飲み込まんとする獣の口内のように深く恐ろしい色味を、自らに加えていく。 抜け出そうともがくように進んでも進んでも、この海から逃れられない。

2016-05-31 21:19:43
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6-1-3「提督、綾波ちゃんの診断の結果が出ましたわ」 入室を促すと、扶桑が資料を手に執務室に入って来る。 「見せてくれ、どうだった?」 「意識のレベルは綾波ちゃんの側がおおよそ30%、綾香ちゃん側が70%。急激な細胞変異の形跡が有りましたが、現在変化は完全に止まっています」

2016-05-31 21:22:40
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6-1-4 風見が扶桑から受け取って読んでいるのは、綾波の身体検査の結果である。 これは綾波のためでもあり、情報の少ないこの場所において現在外で起きている事を断片的にでも探るための手段でもある。 「何かを軍に投与されたりした形跡は?」 「有りません。変化は突発的、且つ自発的です」

2016-05-31 21:23:40
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6-1-5「…という事は、何をされるでもなく『石』をキーとして体が突然『綾波』の物に変化したのみならず、部分的にコントロールされた『綾波』の経験と記憶をも有するようになったと言うのか。第肆型、どんなメカニズムなのだ…」 「ですが基本は最初から変わっていないと思いますわ、提督」

2016-05-31 21:25:46
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6-1-6「というと?」 「『身体』が『魂』の側に引っ張られる、という点です。艤装型の頃から常に基本となっている部分…艦娘を顕現させしめている『魂』と呼ばれる存在を身体に移し、意識・肉体をそちら側に引っ張ってもらう事で艦娘へと形を変える…」 ファイルに目を通しながら扶桑が言う。

2016-05-31 21:26:28
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6-1-7「移す方法はどうあれ、綾波ちゃんの体の中には間違いなく『綾波』ちゃんの魂が宿っている…そう考えますわ」 「成程な…しかしそうなると本当に『周りに居たものを強制的に変異させる』という代物で無い事を願うのみだな」 先日聞いた綾波の話を思い出しつつ、風見は言う。

2016-05-31 21:28:54
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6-1-8「それと新たに引っかかるのは『こうならないように研究されていた』という部分だな」 「というと?」 今度は同じように扶桑が風見に聞き返す。 「海軍にとって綾波に『人の自意識』が残った事は想定外だったということだ。それはつまり研究で立てられた理論が間違っていた事を意味し…」

2016-05-31 21:29:12
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6-1-9 風見は言葉の途中で大淀から先刻受け取っていた資料の束の中から、一枚の紙を引き出すと扶桑に渡した。 「?」 「我々にとっても、想定外の出来事が増える可能性が出てきたという事だ…本土の連中にとっては皮肉にも、『第肆型』という自分達の新たに生み出した存在によってな」

2016-05-31 21:32:46
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6-1-10「~♪」 あの日から数日が経ち、ここでの生活にも漸く馴染んできた。 執務室で私の『答え』を告げた後の歓迎会。 私はその場で改めて経験した全てを話した。 鎮守府の皆は緊張した面持ちで私の話を聞いていたけれど、全部を吐き出した後、皆は私を温かく受け入れてくれた。

2016-05-31 21:35:06
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6-1-11 その後は歓迎会の食事の量に驚いたりもした。私でさえ自分でびっくりする程食べられるようになっていたのに、扶桑さんの前には山の様に食べ物が並んでいて。「この中にいると私だけが大食いのように見えて嫌だわ…」なんて。 あの量がどういう縮尺で体の中に収まっているのか。

2016-05-31 21:35:31
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6-1-12 それから数日はあっと言う間に過ぎていった。 司令官の言っていた通り、仕事という仕事は殆ど無かったけれど。 出来るだけ状況を飲み込めるよう、施設の資料室を漁っては置いてあるものを読んでみたり、可能な限り演習場で射撃の練習にも勤しんだ。

2016-05-31 21:35:53
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6-1-13 海上演習にも少しだけ臨んだ。艤装を身に着け、水の上に降り立つ感覚は、例えるなら昔やっていたアイススケートに久々に挑戦するような、そんな感じ。 最初は危うくつんのめって倒れるかと思ったけど、直ぐに『綾波』としての感覚が平衡感覚を整えてくれて、成果は上々だった。

2016-05-31 21:36:31
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6-1-14 そして今私は、今日の演習を終えた序でに島の浜辺を歩きながら変わった漂流物が無いか『いつもそうだったように』探しながら散歩をしている。 ここは内部には何もない島ではある。けれども、波と風は私の故郷にも そしてここにも平等に打ち寄せ、素敵な品物を運んでくれる。

2016-05-31 21:36:56
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6-1-15 ふと、浜の砂から目線を上げてみると、私が最初に降り立った島の波止場に人影があるのに気づいた。扶桑さんだ。 … 「扶桑さーん、何をされているんですか?」 海の先、遠くを見つめて立っている扶桑さんに近寄って声を掛ける。 「あら、綾波ちゃん。実は入電があってね…」

2016-05-31 21:40:01
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6-1-16 扶桑さんは懐から紙を一枚取り出すと私に見せてくれた。 「どうやら、ここに更に新しい艦娘の配属が決まったみたいなの」 「本当ですか!あれ…でも、この資料…」 私は渡された紙に目を通してみる。そこには確かに今日の日付で配属の旨が記されていたが、肝心の情報が何もなかった。

2016-05-31 21:40:14
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6-1-17「そう、いつもそうなのよね…」 扶桑さんが深いため息をつく。 「綾波ちゃんの時も実はそうだったの。新しい艦娘自体に関する情報は一切記されていない…まるで倉庫に品物だけを投げ渡すかのよう。実際に会ってみるまで、その娘が何を抱えてここに来るのかさえも分からないわ…」

2016-05-31 21:41:11
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6-1-18 監獄島。それが兵士の間でこの島に付けられた異名。 私が人と艦娘両方の意識を持ってここに送られてきたように、ここに『新しく艦娘が配属される』となれば、そこに何も理由が無いハズが無いのである。 「それにしても、こんな矢継ぎ早になるなんてね」 扶桑さんがすぅと目を細める。

2016-05-31 21:41:21
白樺活性炭濾過物 @bookmark_vodka

6-1-19「綾波ちゃん。貴方自身は自覚が無いかもしれないけど、今の段階では貴方は運が良かっただけ、とも十分考えられるの。これから来る艦娘がどんな状態なのか…この間の話を心に留めて…何か気付いた事があったら出来るだけ早く教えて頂戴ね」 扶桑さんの真剣な表情。私も首を縦に振る。

2016-05-31 21:44:20
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6-1-20 それから程なく水平線に重なるように船影が現れ、島へと徐々に姿を大きくしながら近づいてきた。 目視で形が確認出来るところまで来ると、それが自分の乗せられてきた船と同型であることが分かる。 どんな人が乗っているのだろう…改めて意識すると緊張してくる。

2016-05-31 21:44:35
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6-1-21 やがて私達の立っている波止場に船が接岸すると、船から兵士に先導されて一人の艦娘が降りて来る。 そして、私の時同様降りたのを確認すると、此方には一瞥をくれる事もなく兵士はさっさと船に戻っていってしまう。 …此方には一切関わりたくない。そんな感情が感じ取れた。

2016-05-31 21:45:18
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6-1-22「貴方が、ここに新しく配属された子なのね?」 扶桑さんが艦娘に話しかける。 新しく配属された艦娘…波止場を通り過ぎていく風に銀の髪が靡く。 年の頃や背丈は、今の『わたし』と同じくらいだろうか。 不安そうな様子は見せずちっとも見せず、敬礼し、自分の名前を告げる…

2016-05-31 21:47:00