第6話 「彷徨う風」 パート2

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白樺活性炭濾過物 @bookmark_vodka

___ 第6話「彷徨う風」パート2 ___

2016-06-03 22:22:51
白樺活性炭濾過物 @bookmark_vodka

6-2-1「…それでね、綺麗な貝とかを見つけたら置物を作ったり、小さいものは首飾りにするの」 「いいですね、そういうの」 島の浜辺…浜風が着任した翌日、綾波は彼女を連れて散策に出ていた。 同じ駆逐艦同士仲良く出来そうに感じたし、何よりこの人数でいつまでも余所余所しいのも良くない。

2016-06-03 22:23:45
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6-2-2「それに、どことなく懐かしい感じがします」 浜風の表情が和らいでいるのを見て、綾波は嬉しくなる。 「浜風ちゃんもこういうの、やった事あるの?」 「…分かりません。実は、昔の事を考えようとすると頭の中がぼやけてしまって…ハッキリとは思い出せないんです」

2016-06-03 22:24:31
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6-2-3 思い当たる事は綾波にもあった。『綾波』としての過去の記憶において、どこに所属し、どんな暮らしをしていたかを思い出そうとすると、急に頭にノイズがかかったようになる。 風見によれば、艦娘に変化するにあたり『混同や混乱を起こしやすい記憶』を意図的に消去されているとのこと。

2016-06-03 22:26:00
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6-2-4「でも、こうして懐かしさを感じるという事は、きっと私も好きだったのだと思います」 前向きな返事に聞こえるが、そこには少し寂しげな調子も混じっていた。 「それじゃ…私も部屋へ戻ったら、試しに何か作ってみますね」 拾った貝を手に、浜風は浜辺を離れていった。

2016-06-03 22:28:34
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6-2-5 浜風の姿が見えなくなったのを確認して綾波は呟く。 「…やっぱり、その『状態』に疑問を感じたりはしないんだ…」 艦娘に『なる』とそうなってしまうものなのだろうか?私には分からない。 それにもう一点気になる事がある。 「浜風ちゃん、昨日と比べると元気が無いような気がする」

2016-06-03 22:28:46
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6-2-6 時を同じくして、風見の司令室。 「同調率100%?間違いないのか?」 扶桑と明石からの報告を聞き、風見は訝し気に問う。 「間違いないんです。彼女の『艦娘化』は異常無く終了してるみたいで…計器の故障じゃないかって確認し直したんですけど」 明石が手元の資料を見ながら言う。

2016-06-03 22:30:10
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6-2-7「昨日と今日で、検査は2回行いましたが結果は変わりませんでした…」 「…ならば何故浜風はここに送り込まれたんだ?」 顔をしかめる風見に、扶桑は追加で資料を手渡す。 「気になる点は2点ほど見受けられますわ。先ず、記憶中枢に微小なノイズが見られる事」 「もう1点は?」

2016-06-03 22:32:18
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6-2-8「その資料の下の方です…昨日と今日の間でバイタルの減少が見られます」 「何だと?」 「それだけじゃありませんよ。彼女、最初の測定でも基準値を下回っていたんです」 明石が深刻な表情を見せる。 「…ここに来る前から徐々に命が磨り減っているのか。これは非常に不味い兆候だな」

2016-06-03 22:32:27
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6-2-9「とはいえ、原因が分からないようでは対策のしようもない…このままでは…」 風見が歯噛みする。扶桑も明石も同じ気持ちだ。 「…検査は明日も継続してくれ。それと、浜風の様子で気になったことがあれば直ぐに報告を。私は手の打ちようが無いか、先例も当たってみようと思う」

2016-06-03 22:34:57
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6-2-10 風見はそう言うと、二人を残して執務室から退出した。 「…本当、最低な役回りを務めてるわね」 風見の立ち去った後の執務机を見つめ、扶桑が呟くように言う。 「そうね、本当に。でも…」 明石が決意を秘めた表情で続ける。 「いつまでもこんな状態のままにはさせない。…絶対」

2016-06-03 22:35:03
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6-2-11 浜風が危険な状態にあるということは、直ぐに綾波にも共有された。 この事実は綾波にとっては非常にショックで、その日の夕飯がろくに喉を通らず鳳翔さんや当の浜風を逆に心配させてしまった。 そしてその後、自室に戻ってからはずっと机に向かって必死に考えを巡らせている。

2016-06-03 22:36:36
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6-2-12「何とか…何とかしなきゃ…」 だが、一向に良い方法は浮かんでこないどころか、どうしたら良いのかさえも分からない。 薬が作れるわけでもないし、機械についてだって何も知らない。 何も出来ない苦しさが胸の中に満ち満ちてゆき、時間ばかりが無情に過ぎて行く。

2016-06-03 22:36:45
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6-2-13 頭の中がもやもやする。あの時感じた何かは… …… … ぼんやりとした景色が広がる。自分はどこにいるのだろう? そこがどこだか、自分は知っているような気がする。 自分は大きなカーテンの間に立っていて、目線の先にはピアノが1台。 視界の端にはちらちらと、大勢の人が映る。

2016-06-03 22:38:11
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6-2-14 あぁ、そうだ、ここは隣町のビルにある大ホールだ。 懐かしい。小学生の頃、私はここでピアノを演奏したんだっけ。 でも何でこんな景色が見えるんだろう?これは夢なのかな? 人の声も舞台も何だかくぐもって見える… それから…それから私はここで何をしたんだっけ。

2016-06-03 22:38:25
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6-2-15 そうだ、あの時は足がとっても震えてて、それでこうやって手を…手を? 「…だ」 何?何て言ってるの? 「…ない、なにも…ない」 良く聞き取れない… 「くらい…な…も……たすけて…」 たすけて…助けて 綾波ははっと目を覚ました。 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

2016-06-03 22:39:06
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6-2-16「い、今のは…夢?でも、今の…」 何かが、何かが猛烈に頭に引っかかる。 『嫌だ…助けて…』 だが、頭が回転を始める前に、どこからか聞こえて来た声が綾波を一気に現実へ引き戻す。 「この声は…!」 その声は壁を通して聞こえる。 即ち、隣部屋になった浜風の声に他ならない。

2016-06-03 22:39:19
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6-2-17「浜風ちゃん!」 部屋を飛び出すと、綾波はすぐさま隣の部屋の扉に手を掛ける。 ノブは回る…鍵はかかっていない。そのまま扉を開け、浜風の部屋に入る。 部屋の構造は綾波のものと変わらない。浜風は…ベッドに横になっている。 「暗い…暗い…何も見えない…」 「浜風ちゃん!」

2016-06-03 22:39:39
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6-2-18 慌てて浜風に駆け寄り、声を掛けたり揺さぶったりしてみるものの応答が無い。ただただ、うわ言を繰り返すばかりである。 「助けて…誰か…」 パニックになりそうになる脳内を押さえつけ、どうすべきかを捻り出す。 私じゃどうにもできなさそう。誰かを呼ばないと…誰を…扶桑さんだ。

2016-06-03 22:41:46
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6-2-19 何時か正確には分からないが、夜も大分遅い。綾波は暗い廊下を駆けると、起きていてほしいと願いを込めて扶桑の部屋の扉を叩いた。 幸いにも扶桑はまだ起きていた。 直ぐに浜風の容体を確認すると、風見も呼んでくるよう綾波に指示を出す。 深夜の監獄島を幾つもの足音が駆けた。

2016-06-03 22:41:56
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6-2-20「あまり良くない状況ですわ、提督」 扶桑の真剣な表情が嘘偽りない事を物語っている。 「だな…しかし、どうにも分からない事がある」 風見は部屋の壁際で不安そうにしている綾波の方に身体を向けた。 「なぁ、綾波…いや、綾香君。ここに来る経緯となった『夢』の話があったな」

2016-06-03 22:43:42
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6-2-21「確認したいんだが、君がその姿になった後もその夢は継続して見ているのか?」 「…いいえ、見ていません」 念の為良く思い出しつつ、綾香は答えた。 「そうか…やはり妙だ。浜風は綾香君とは異なり、完全に艦娘になっている例と思われる。だのに何故艦娘になった後も夢に魘される?」

2016-06-03 22:43:51
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6-2-22「…夢は自分の『心』に無意識に一番近づいている時間ですわ、提督」 扶桑が浜風のバイタルチェックを行いつつ風見に言う。 「どこかに残った人の心の部分が出てきているのかもしれません」 「…完全に艦娘化を経た後で、その後に及んでも体が蝕まれるものなのだろうか?だが…」

2016-06-03 22:45:05
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6-2-23「それでは第肆型の採用理由が分からん。メカニズムだけでも分かれば手の打ちようはあるものを…連中め、一体何を作り出したのだ…」 風見は座っていたベッドから離れ、部屋の入口へ向かった。 「…前例が無かったかどうか探ってみる。すまないが、扶桑はそのまま様子を見てやってくれ」

2016-06-03 22:45:24