雨の降る日に

ジムノペディは名曲
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浅葱肴子 @00A3AF_Sakanako

そう言って私は、ヘッドフォンの音量をひとつ上げた。

2016-06-04 00:22:25
浅葱肴子 @00A3AF_Sakanako

@00A3AF_Sakanako 音楽を聞いている時だけがわずかに落ち着ける。社会の喧騒に飲まれず、私でいられる。 ヘッドフォンから流れるのは、ピアノ独奏の、静かな曲だ。私の心にぽつりぽつりと落ちる雨のしずくのような、そんな曲。

2016-06-04 00:25:59
浅葱肴子 @00A3AF_Sakanako

@00A3AF_Sakanako その曲がなんという曲なのかを、私は知らない。音楽配信サービスに静かめな曲と注文して、勝手に流された曲だからだ。 ただ、さすがと言うべきか、その選曲に狂いはなく、その曲は、まさに私の求めていた曲だった。

2016-06-04 00:30:54
浅葱肴子 @00A3AF_Sakanako

@00A3AF_Sakanako しかし、およそ三分ほどだろうか。その曲は、その単調なメロディを一度ループさせただけで、終焉の表情を見せる。 リタルダンド、雨上がりを表現するかのように、ゆっくりと、次第に、音は消えていく。 やがてその音の余韻すらも消え、曲は、終わりを迎える。

2016-06-04 00:38:48
浅葱肴子 @00A3AF_Sakanako

@00A3AF_Sakanako 「もう終わり、か」 思わずそんな言葉が漏れる。願わくばあともう三分だけでも、この曲の世界に浸っていたかった。 リピート。そんな選択肢も浮かんだ。しかしそれは私のモットーに反する。この別れを惜しんで再開を果たせば、それだけ次の出会いは遅れてしまう。

2016-06-04 00:41:57
浅葱肴子 @00A3AF_Sakanako

@00A3AF_Sakanako ――せめて、曲名だけでも確認しておくか。 そう思い、ケータイをポケットから取り出そうとするが、バッグのファスナーにアクセサリーが引っかかってしまい、うまく取り出せない。 「あ、クソ。次の曲始まっちゃうじゃん」

2016-06-04 00:45:03
浅葱肴子 @00A3AF_Sakanako

@00A3AF_Sakanako 次の曲の再生が始まってしまえば、曲を戻して再生し直さないと、曲名を確認する術はなくなってしまう。 「あー、もう!」 カッとなり、ケータイを思い切り引っ張った。強い手応えと、何かの切れるような感触。

2016-06-04 00:48:37
浅葱肴子 @00A3AF_Sakanako

@00A3AF_Sakanako 気づけば、ケータイは手元にあったが、そのケータイには、ストラップがついていなかった。 「あ……はぁー」 深くため息をつき、かばんのファスナーに引っかかっている小さなテディベアのアクセサリーを、つまみ上げる。

2016-06-04 00:50:10
浅葱肴子 @00A3AF_Sakanako

@00A3AF_Sakanako 引っ掛かりのなくなったそれは、するりと歯を抜けた。 「ごめんね、後でつけ直すから」 私はストラップをバッグにしまい直し、ケータイの画面を確認する。タイムカウンター0:01を示している。どうやら、曲はもう変わってしまったらしい。

2016-06-04 00:52:51
浅葱肴子 @00A3AF_Sakanako

@00A3AF_Sakanako 「はあ……」 私はもう一度ため息をつく。もうケータイもしまおう。音楽も、今日はもういいや。そう思い、イヤホンを外そうと、耳に指をかける。 ちょうど、その時。 イヤホンから、静かで控えめな、ピアノの音が流れてきた。

2016-06-04 00:56:59
浅葱肴子 @00A3AF_Sakanako

@00A3AF_Sakanako ーーあれ、この曲は。 先ほどまで聞いていた曲ととてもよく似ている、ただ、どこか、ほんの少しだけ、違う曲だった。 ーーこれは。 急いで、ケータイの画面を点け、曲名を確認する。 「ジムノペディ……第二番?」

2016-06-04 01:00:32
浅葱肴子 @00A3AF_Sakanako

@00A3AF_Sakanako その旋律は、心地よく胸の奥に染み込んできた。美しく胸の底を洗い流してくれた。 私はケータイを操作して、その作曲者と、第一番から、第三番に至るまでを、お気に入りに登録する。 「エリック・サティ、ジムノペディか。うん、よろしくね」

2016-06-04 01:28:46