とりいそぎ2

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綺麗になったね、と。数年ぶりに会った同級生たちは口々に褒めそやす。まあ高校の頃はジャージにすっぴんでうろついていたものの、20代も半ばとなれば外見にも気を遣えないと仕事にならない。「そういえば」ふと、私の外見を詰った存在を思い出す。「どうしたの?」「……ううん。なんでもない」

2016-06-21 23:34:42
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話のテンポが独特なのは変わってないんだね、と旧友たちは笑った。「そうかな」首をかしげながらも、一つ年上の彼のことを想う。在学時からそれなりに現場に立っていた人だから、あれは悪口じゃなかったのかも?--なんて。(過大評価なのかもしれないし)私だけの秘密でいいかと思ったんだ。

2016-06-21 23:37:44
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タオルを顔に投げつけられて驚いた。「そんだけ汗かいてたら日焼け止めも流れ落ちてるんじゃない?」「ひやけどめ?」おうむ返しに呟いて首をかしげると、彼は露骨に顔をしかめる。荷物の中から小さなボトルを取り出してツカツカと歩み寄ってきたかと思えば、ついと目の前に差し出された。「え?」

2016-06-22 22:53:47
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「使い方もわからないわけ?」何を求められているのかわからずまごつくうちに彼は容器のふたを外して自らの手の上に乗せて--「俺がここまでしてやる必要ないよね」「あ、はい。ないですね…?」「ちょっと。あんたってほんと感謝の気持ちが足りないよね」困り果てた私の頰にひんやりとした感触。

2016-06-22 22:57:41
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むに、むに、と頰を撫で回されるのにされるがままになって。「さすがにこれ以上は面倒見ないよ。手がかかるよねぇ、あんずは。ほら、お礼は?ありがとうって言いなよ」手のひらに無理やり日焼け止めを持たされて、彼は未だ惚けている私にイライラと続けた。「だから、自分で塗りなよ」「はぁ…」

2016-06-22 22:59:55
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ダダダダダダ……ミシンの音が教室いっぱいに鳴る。普段おっとりというかとろいというか、反応の鈍い彼女にしてみたら随分と珍しい、高速の音。ダダダダダダ。ダダダダダダ。無表情に見えても、彼女がいまこのときだけは嬉しそうにする。本当に些細な変化であっても気付けてしまうから腹立たしい。

2016-06-22 23:12:56
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音が止んだ隙に教室内へ入った。ぼにゃり見ているほど暇ではない。いまなら話しかけられるだろうと思って向かえば、彼女はわざわざ立ち上がり、よいしょ。っとミシンをかけていた白い布の向きを変えた。横断幕かとつっこみたくなるくらい巨大なそれは重量もそこそこあるようで、翻ることもなく。

2016-06-22 23:17:51
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「何これ」声をかけた途端に彼女の表情が変わるから、どうにもいただけない。「わざわざ上級生が訪ねてきてやったってのに、その反応はないよね」「え……っと」彼女はたっぷり3秒待って「ドレスです」「は?」「年末の歌合戦に出てくるような……」一体どこがどうなって、そんなものを作る羽目に

2016-06-22 23:22:45
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なるのか。大きくため息をついて、動かしたことで床につきそうになっている布の端を手に取る。「汚れるよ」ふっと彼女の表情がほころんだ。突然の笑顔に面食らって、次の瞬間にはハサミを嬉々として持ち上げる彼女に気づいてゾッとする。「なんのつもり!?言っとくけど俺の顔には億以上の価値が……」

2016-06-22 23:25:30
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そんな言葉に耳を貸さず彼女は白い布にハサミを入れた。汚れてしまいそうになっていた端を躊躇いなく切り落とす。手でつまみあげていた結果、その白い断面は俺の手に残る。「?」何か言いましたか、と彼女が今更に問う。「どうすんの、これ」スポーツタオルほどのサイズになれば、そのサテン生地は

2016-06-22 23:29:32
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多少なりとも軽やかになる。「要りますか?」あげますよと彼女は言う。「要らないから」ヒラリ、それを彼女の頭にかぶせたのに何の意図もなかったけれど--「!?」驚いて咄嗟に目を伏せる彼女が、差し込む夕日と相まってどこか幻想的に思えて、取り外そうともがく上から頭を布ごと押さえつけた。

2016-06-22 23:32:36
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「え」間抜けな顔だ。しかし身長差も相まって生まれた上目遣いに小さく息を吐く。 唇を寄せたのは単なる気まぐれ。 口付けられて呆然とする様に「変な顔」と小さく吹き出してしまったのも。それが憎めないというか、もっといじめてやりたくなったのも。 深く考えなくてもわかる。たまたま、そういう

2016-06-22 23:37:26
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気分だっただけ。わかる? (そうして、あんずがまったく口をきいてくれなくなったおかげで、彼の訪問はまったくの徒労に終わる)

2016-06-22 23:38:39