空想の街・氷涼祭'16 二日日 #赤風車
そこで千草は徐に視線を波のほうに落とす。 あれのことはあまり考えたくなかった。廃屋に戻る気が起きないのは、心のどこかであれがいるような恐れがあったからだ。この不思議な街中に走る、聞き慣れない高く軽い音――これは千草の釣った風車の回る音とは違う。 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 12:04:18自分の釣ったものなら忘れない、あの風車たちは己の血肉だ。千草よりも千草の声をしていたあれの音がどこからも聞こえない。自分の釣り上げた風車はもしかしてもう、完全に鳴らなくなってしまったのだろうか。 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 12:04:56釣り上げた主にそこまで従順にならずともよいのに、と千草は痺れた頭で笑う。 鳴らなくなった己の風車のことを皆はどう見做しているだろうか、たとえば姉たち、そしてあの男――いやそれはいいのだ、それよりも、二年前にできたたったひとりのともだちはどうしているだろう。 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 12:05:23落ちる
……耳の奥ではずっと、水たまりに石を投げ込んだような、どぷん、という音が残り続ける。 これは自分の落ちていく音だと千草は瞼を下ろす。 迫るのは硬い冬の海。泳いだことは一度もない、故郷の冷たい海だ。 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 12:06:21水泡が肌をなぞりながら浮き上がり、しぶきが色づいて撥ね、反対に何度も自分は落ちていく。 見ているこちらが飽きたとしても、もうひとりの自分は何度も何度も繰り返し、 落ちる。 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 12:06:53たしかにそばにいてくれたふたりへ
――みやげ、鳥よけ、迷子札。死者への手向けに、かざぐるま―― 今日も今日とて晴れか、今年は空梅雨か、と空を見上げる一文字の亜麻色の三つ編みが風に流れる。己の宣伝用にしている風車の持ち手を銜えて吹きこめば、しゃりしゃりしゃり……と遠い音が響いた。 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 12:20:32なかったこと、にしてしまっている。昨日の出来事を、だ。 それでも風船だけは一文字も貰ってきた。今更遅すぎるだろうとは分かっていても、なんとなくである。なんの色気もない丸い風船を役所でひとつ――色は濃い赤だ。それを弁慶にくくりつけていた。 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 12:22:55@tos 何度もいうが一文字には誰も呼ぶつもりがない。きっともう既にすべての死びとは、それぞれを必要とする生きびとにぬかりなく呼ばれていると信じ切っている。 これも逃げと思えど、もしかすれば誰も呼ばずにいることが、あのふたりにしてやれる少ない行為なのかもしれなかった。 #赤風車
2016-07-07 02:19:43黒糸
髪くらい結えばよかったか。 暑い、と、長く黒い髪を落とし、徒華が道端でしゃがんでいる。浴衣は昨晩食堂の女将に教わったようになんとか形になった。昨日よりは断然いいだろう。が、 我を貫いて髪を放置しているのがよくないのかもしれない。首元が熱をもっている。 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 12:28:18かもしれないも何も十中八九これだろうな、と徒華はうらめしげに長い黒髪を見遣った。 ――それでも切れない。あこがれのあのひとと、流さだけでも同じだからだ。かといって結うこともできないのは、項を晒して人前を歩くのが今更照れくさい所為である。 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 12:30:25仕方ない、行くしかない。 いつ、どこで、弟に会えるか分からないのだ。きっと弟はいるはずだ――透明な風船を握りしめ、念には念をと手首に何度も巻きつけ、徒華はやがて立ち上がると海のほうへと歩いて行った。 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 12:31:56乱気流、赤と縹の出会い
「いちしか出ないんだよね、いちしかでないんだよ」 今日の晴れ空とは無縁な、ぽつぽつと音の出そうな声が、空想の街の雑踏にまぎれる。わざと紛れさせているとしか思えない不自然な声音が、またひとつ、賽子の目を数えた。 ――いち。 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 12:34:07からん。純白の賽子に赤い線が浮かぶ。 「ひとつ、一歩進む」 もう一度、手袋で覆われた手で賽子がふられ、放られる。出た目は一だ。 「ひとつ、一つ休む」 ハットを目深にかぶり、首元から噴き出すように帯を巨大な蝶で結んでいるその青年が、また賽子を振る。 「ひとつ」 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 12:37:47――おっと。 何度も賽子を振る青年の前を、水色の単衣を纏った少女が通りかかる。青年は賽子を拾い上げ、少女の行く先へと転ばせた。少女が立ち止まって当惑しているところへ歩み寄る。 「道行く可憐なおひいさん、そんなに急ぐと危ないよ?」 @Sou_ouzi #春之名 #赤風車 #空想の街
2016-07-02 12:47:31街歩きが楽しくて歩き回っていると、ころころころと賽子が。さて、これは一体どこから。と思うと背後から声。びっくりして振り返り、もう一度驚く。この人、真っ赤だ…!「……ええと、何か、ご用でしょうか?」 @nowhere_7 #空想の街 #春之名 #赤風車
2016-07-02 12:51:57「あはははははは!可愛いねキミ」 こちらの全身紅の洋装が気になったらしい少女に、青年は賽子を弾きながら笑った。 「ううん、同じ旅行者同士、話そうかと思って。外から来たんでしょ。どう、楽しい?」 そして目深に被ったハットを傾ける。 @Sou_ouzi #空想の街 #春之名 #赤風車
2016-07-02 12:55:37赤の洋装のお兄さんは、気持ち良いまでに笑っている。同じ旅行者。少し警戒を解いて、頷く。「はい、とても。でもまだ全然回れていなくて」 @nowhere_7 #空想の街 #春之名 #赤風車
2016-07-02 13:00:55「ま、広い街だもんね。でも急ぐことなんてないよお、キミが生きていたいと思う限り人生は長いんだから」 ぴし、とコイントスの要領で賽子を弾いた青年は、そこで回転しそうなほど首を傾け、喋った。 「――ねえ、キミには好きなひと、いる?」 @Sou_ouzi #空想の街 #春之名 #赤風車
2016-07-02 13:04:16生きていたいと思う限り、なるほど一理。その後続いた、彼の言葉に一寸固まる。好きな人。 「うーん…? 好きな人…。たくさんいます。優しい人は好きです。でもそれが恋とか愛とかの話なら、いないって答えるしかないですね」 @nowhere_7 #空想の街 #春之名 #赤風車
2016-07-02 13:10:25「そお、いないんだ…」すうっとつばの奥の温度がさがった。しかしこの少女は随分聡明らしい。青年は唐突に手袋で包まれた右手を差し出し、 「申し遅れまして――ボクは一落葉」こういう字、と指に字を書く。 「いちもんじ、おちば。宜しくね」 @Sou_ouzi #空想の街 #春之名 #赤風車
2016-07-02 13:17:28