- humptyhumtpy
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まだ朝焼けが空の片隅を彩っている時刻。 人々の声がぽつぽつとあがり始めたその街を、ちょこちょこと歩く姿があった。 ネズミである。 白い毛並みに金の両眼。それだけならば普通だが、体長が軽く見ても小さな子供ほどある。 通常のネズミよりも、だいぶ大きい。 #空想の街 #果物売り
2016-07-03 12:18:54しかも2足歩行。そして、ニットとチェック柄のスカートを着て大きな帽子をかぶっている。茶色い大きな帽子の端からは、白い後ろ髪の様なものが覗いていた。大きな耳の先と、これまた大きな尻尾の先は燃えているかのように赤とオレンジと黄色のグラデーションが掛かっている。 #空想の街 #果物売り
2016-07-03 12:23:27パンパンに膨れ上がった四角い革製の旅行鞄を両手で持っているが、大した重さがないのかその足取りは随分と軽い。 そのネズミが闊歩する街角に、一人の少女がたたずんでいた。 両手で自身の浴衣を握りしめ、地面へと視線を落としている。腕には真っ赤な風船がついていた。 #空想の街 #果物売り
2016-07-03 12:25:26朝方。旅館に帰ると鍵は開いていた。聞けば夜中、仕立屋が現れて合い鍵で鍵をあけたのだとか。夜食も準備してくれて大層もてなしてくれたのだと客様たちは怒るどころかむしろ感謝していた。懐かしい街の味を堪能できたのだとか。また借りができてしまった。#氷門旅館 #空想の街
2016-07-03 17:52:54それはつまりまたお礼をしなければならないということで、また会いに行かなければいけないということ。「あの子にどんなお礼ができるだろうか」それは来年までの宿題だ。この街に帰ってくる理由ができる。それはなんて素敵なことだろう。#氷門旅館 #空想の街
2016-07-03 17:56:40ふと、目に付いたのかネズミは彼女に視線を向けて首を傾げた。 その彼女が、ほろりと大粒の涙を流す。 「おや、おやおや、どうなさいましたか。美人さんに涙は似合いませんよ?」 ネズミは小走りで駆け寄り、彼女にどこからか取り出した白いハンカチは差し出した。 #空想の街 #果物売り
2016-07-03 12:28:01「ネズミ…さん?」 「残念!ネズミではございません。果物売りのシナダでございます。お気軽に『ナダちゃん』とお呼びくださいませ!」 戸惑いながらもハンカチを受け取った少女に、胸を張ってナダちゃん…もといシナダは自己紹介を行った。 #空想の街 #果物売り
2016-07-03 12:29:19「さてさて、お嬢さんは何ゆえその涙をこぼすのです?」 「帰る場所が…わからないの」 「それはそれは、可哀相に。思い出せないのですか?」 「思い出したいのに…思い出せないの…」 そういって少女は拭われたばかりの瞳から大粒の涙を再び流す。 #空想の街 #果物売り
2016-07-03 12:31:39シナダはその涙をぺろりとなめとった。 「ひゃっ」 「そういうことなら、お力添えが出来るかもしれません!」 手に持っていた旅行鞄を下ろし、鍵をはじく。ばちんっという激しい音と共に旅行鞄がさらに一回り大きくなった。 #空想の街 #果物売り
2016-07-03 12:33:24氷涼祭3日目。私は氷涼祭の時はあまり外に出ない。妹を見つけるのが怖いのだと思う。あの日、止める妹を強いて森に誘ったのは私。だから妹を殺したのは私だ。その罪を贖わないまま、今日まで生きてきてしまった。そして今年も殻に閉じこもる。#空想の街 #歌歌いのベル
2016-07-03 16:29:39早めに目が覚めたので先に開店準備をしていると、バーナが最初に店に来た。「おはよう」と声をかけると、バーナも「おはよう、ベル」と返事を返した。そして私の表情を見て「大丈夫?」と聞いてくる。「大丈夫よ」と返すと、「そう」と言って一緒に開店準備を始めた。#空想の街 #歌歌いのベル
2016-07-03 16:32:21バーナは私が大丈夫じゃないことに気づいてる。それが分からないほど彼女も鈍感ではない。しかしここで真意を問いただしても無意味なことも分かっている。だからバーナは何も言わずに掃除を始める。私のことを分かっている。そういう人がいるだけで、私は大丈夫。#空想の街 #歌歌いのベル
2016-07-03 16:35:18昨日、妹の夢を見た。夢を見ること自体かなり久しぶりで、それも妹の夢となるともう何百年振りかになる。もう諦めていた妹と、もう一度会いたいと思う。それは私のわがままで、自分勝手で傲慢な願い。きっと妹も、そして私自身だって私を許していないというのに。#空想の街 #歌歌いのベル
2016-07-03 16:38:35今日も営業が始まったというのに、私の歌の調子は相変わらず上がらない。店のみんなはおろか、お客様にも心配される始末。氷涼祭の時は毎年こんな調子だが今年は特に酷い。こんな雑音にも近い歌を聴かせるぐらいなら、今日はもう休んだほうがいいのかもしれないわね。#空想の街 #歌歌いのベル
2016-07-03 16:42:45シナダが手を掛け開いた鞄の中には、白い霧の様なものが充満している。その霧の隙間から色とりどりの何かがチラチラと見え隠れしている。 そこから一つ選んでシナダは手に取った。 「さあ、どうぞ」 「?」 それは赤いまだら模様の洋ナシであった。 #空想の街 #果物売り
2016-07-03 12:34:24「こちらは一口食べれば、大切な場所を見ることが出来る果物です。この果実ならばお嬢さんの戻りたい場所がきっと見ることができますよ」 「…いいの?」 売り物であることが幼い彼女にも分かったのだろう。 #空想の街 #果物売り
2016-07-03 12:36:27「一口分のお代は先程頂きました」 キラキラした涙は、とても美味しかったですよ。そういってシナダは果物を彼女の口元へと差し出した。 少女が小さな口を開き、シャクリと小さな音を立てて洋ナシを齧る。一瞬、彼女の瞳から光が消え、目の前のシナダ以外の何かを見た。 #空想の街 #果物売り
2016-07-03 12:37:12「ペチカ橋!」 瞳に光を取り戻した彼女が声を上げる。 「わたしのおうち!」 そして、走り出す。きつね橋はここからちょうど街の反対側だ。 その彼女をシナダが後ろから片手でヒョイと持ち上げた。 「?!」 #空想の街 #果物売り
2016-07-03 12:41:41「旅は道連れ世は情けと申します」 もう片方の手で旅行鞄を持ち、少女をよいしょと持ち直す 「ペチカ橋まで、ナダちゃん急行に乗っていきませんか?」 驚いていた少女の表情が、晴れやかな笑顔へとみるみるうちに変わっていった。 「うん!」 「では…いっきますよっ!」 #空想の街 #果物売り
2016-07-03 12:43:14あなたを思うと私は震える あなたを求めると私は壊れる 手を伸ばしたのは遥か昔で 垂れた腕はもう上がらない 水辺の葦のように弱く ロウソクの火はとうに消えた お願い私を探さないで お願い私を見つけないで もう私は眠るから あなたの思い出だけ抱きしめるから #空想の街 #歌歌いのベル
2016-07-03 17:44:07よく寝た。ああ、仮眠なんていいながら随分よく寝てしまったじゃないか。もしもの時の為にとかけておいた目覚ましのアラームに起こされて、僕はカーテンを開ける。日は既に上っていた。時計の針はちょうど、八時を指そうとしている。 #絵本屋さん #空想の街
2016-07-03 07:52:52朝食をさっと済ませると日課の散歩に出掛けようと店の鍵をかけた。そういえば、広場の方では風船を配っているんだっけ。まあ、僕は用意出来たから慌てずとも良いけれど。 風船つけるの早かったかな。まあいいや。さて、と。 #絵本屋さん は夜までお休み。 #空想の街
2016-07-03 08:01:48小柄な体格を生かし、人と人の間をあっという間に抜けていく。人が壁になっているような場所は屋台の屋根をお借りして、稀にほぼ飛んでいると言っても過言ではないような大ジャンプなども織り交ぜて、街の端から端までを駆け抜ける。 #空想の街 #果物売り
2016-07-03 12:46:10信じられない短時間で、ペチカ橋にたどり着き、シナダは少女を地面へと下ろす。少女が一軒の家へと走る。 「お母さん!」 「ああ!来てくれたのね!」 玄関の前で待っていた女性が少女をしっかりと抱きしめる。 #空想の街 #果物売り
2016-07-03 12:47:01「…さて、これ以上は野暮ってもんでございますかね」 固い抱擁を交わす親子をみて、シナダは踵を返す。 「ネズミさん…じゃなかった、ナダちゃん!」 #空想の街 #果物売り
2016-07-03 12:48:00