1950年代のオーストリアHeimatfilmに見る幻想のオーストリア・ハンガリー帝国軍

第二次世界大戦後、ドイツに併合されていたオーストリアは再び独立を取り戻しました。 その時、失われた国の誇りを取り戻すために人々が必要とした幻想、それがかつての栄光の時代、オーストリア・ハンガリー帝国を舞台にしたHeimatfilm(郷土映画)と呼ばれる娯楽映画です。 そんな映画を見た感想ツイートをまとめました。
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

Heimatfilmの基本構造は、オペレッタを踏襲しています。つまり、主役カップル(シリアス)と脇役カップル(コミカル)が同時進行する恋愛譚であり、かつ、感情が高揚すると歌が始まる。舞台はバート・イシュル。「皇帝がシシィと出会った場所」と強調されます。日本で言えば軽井沢です。

2015-04-03 02:59:14

※あくまでも「この作品は」バート・イシュルが舞台ということです。説明不足申し訳ありません。

しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

主役はイシュルの「皇帝舞踏会」に貴賓参加する大公の副官。独身者の大公は、かつて恋した女性の娘と、息子代わりの副官との縁談をまとめようとしています。相手の娘、某公国の公女は、親の決めた縁組に反発し、お忍びでイシュルに乗り込むことに。 pic.twitter.com/GI2qfeSnIL

2015-04-03 02:59:46
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ここでまたしてもお馴染みのとりかえばや・シンデレラ劇が始まります。イシュルにドレスを届けに来たお針子が、プロイセン出身の将校ニキのしつこいナンパをかわすためについた嘘から、副官君はお針子を婚約者と勘違い。ふたりはいい雰囲気に。 pic.twitter.com/q4TaKmt7TX

2015-04-03 03:00:28
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

そしてニキはお忍びの公女を公女を騙る詐欺師と勘違いしつつも相思相愛に。 その合間に、かつての恋人同士、大公と公女の母親のまるで長年連れ添った夫婦のようなやりとりと、ハンス・モーザー演じるホテルのコンシェルジュのドタバタ劇が挟まれます。 pic.twitter.com/X69EnGcTyS

2015-04-03 03:01:19
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「データベース消費」なんて言葉がまだ影も形もなかった頃から、娯楽作品はこうして多くのお約束と、既知の要素を順列で組み合わせ、美しいがいつも同じトーンの作品を生み出してきました。人々はそれに安心し、どこにもない国を想って微笑むのです。 pic.twitter.com/LN6dM3YBha

2015-04-03 03:02:09
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

たしかにキッチュ(Kitsch pur!)です。この手の映画を中身の無い風船のようだと評する批評も山ほどあります。でも、この娯楽の形は現在でも健在です。様々なジャンルにおいて。そんな夢の風船を必要とする場があり、必要とする人々がいるのです。わたしもおそらく、その一人です。

2015-04-03 03:12:07
しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

…というか、英国世紀末を舞台にした恋愛ロマンス乃至ラブコメ漫画というのがここまで定着しているのだから(この時代については、時代考証を出来る方がいらっしゃるということも強い)KuK漫画だって出来るんじゃないかと思うのですよ。考証ならわたしにお任せいただければ…ガンバリマス…

2015-04-03 03:18:58

オーストリア・ハンガリー帝国軍ものHeimatfilmレビュー

その6

『K.u.K Feldmarschall』(墺洪軍元帥)1956年作品

ここからはすこし、Heimatfilmとドイツ文学・オーストリア文学との関連についても語ってみます。
娯楽映画を見るときにも、ドイツ語圏の文学史や文化史について知っているとよりいっそう楽しめるということがあります。
それは、この作品を見る人たちが持っている共通の知識=お約束を共有することでもあるからです。

しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

本日取り上げるのは1956年作品『K.u.K Feldmarschall』=墺洪軍元帥、という固い題名。ただしHeimatfilmですから、徹頭徹尾コメディです。退役したての大尉が、兵舎に住む甥(少尉)を訪ねた際、間違えて届けられた元帥の制服。ついそれに袖を通してしまった瞬間… pic.twitter.com/GNfE8CAJlo

2016-10-10 05:17:29
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

…周囲の軍人たちが彼を本物の「元帥」と勘違いして巻き起こるドタバタ喜劇。彼は元帥の権限を使って、甥と連隊長の娘の恋の手助けまでしてしまいます。そこに本物の元帥が現れ…というこの筋書きを聞いた瞬間、「あれ?」と思った方もいますよね。そう。これは墺洪版『ケーペニックの大尉』なのです。 pic.twitter.com/s0t1f6pKco

2016-10-10 05:18:07
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

『ケーペニックの大尉』については ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4… 1906年の事件以降、繰り返し劇や映画が作られたこの実話は、墺洪版の映画同様「衣服が人を作る」(Kleider machen Leute=ことわざ「馬子にも衣装」のドイツ語版)という喜劇です。

2016-10-10 05:18:39

※ 『ケーペニックの大尉事件』

1906年、窃盗などの軽犯罪によって刑務所収監されていた靴職人のヴィルヘルム・フォークトは、出獄後も犯罪歴のために再就職もままならず、考えた末に古着屋で手に入れた将校制服を着て、ベルリン市外のケーペニック市庁舎に「部下」とともに侵入。市予算には不正な資金があるとして「皇帝の名のもとに」現金を押収してしまいました。
「部下」に仕立てあげられた本物の兵士たちも、市役所の役人たちも、制服が示すものに逆らわず、フォークトの正体を全く疑うことはなかったのです。

これはプロイセン人、ドイツ人がいかに「制服」の権威に弱いかということを示す実例としてよく挙げられる事件です。
当時のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は彼の犯罪に対して怒るどころか恩赦を与えるという判断をとったため、フォークトは一躍時の人となり、この事件は喜劇として演劇化されたり、後には映画化されたりすることになったのです。

しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

『墺洪軍元帥』が『ケーペニックの大尉』オーストリアバージョンだと言うのには、もう一つ理由があります。『墺洪軍元帥』は元々1930年の墺映画で、56年はそのリメイク。そして独版『ケーペニック』映画化は26年と31年。更に56年にハインツ・リューマン主演のリメイク(写真)があります。 pic.twitter.com/hAnUryAhNe

2016-10-10 05:19:05
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

…公開時期の二度に渡る重なり方は、確信犯でしょう。この「オーストリア的イタズラ」を最初に仕掛けたのは1930年版のスタッフ、アレクサンダー・ローダ=ローダ(1872-1945)。ウィーン世紀末の文芸寄席脚本作家で、第一次大戦時には軍報道課で活躍した、本物の元墺洪軍人でもあります。 pic.twitter.com/0PaB6oGdQd

2016-10-10 05:19:40
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

1930年版では、ローダ=ローダ自身がこの「元帥になった元大尉」を演じたのですが、当時の墺検閲局は『墺洪軍元帥』というタイトルを『偽元帥』と改題させました。理由は明確にはされていませんが、制作側は大いに不満だったことでしょう。56年版は、いわばこの作品のリベンジなのです。

2016-10-10 05:20:06
しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

…今回は、一見他愛もない娯楽映画にも、文字通り「歴史」があるというお話でした。でもそんなことを知らずとも、あの時代を「古き良き時代」として明るく描き出すこの作品は、今見ても楽しめます。しかし…この時代の「元帥」は、本来国家元首レベルの人のはずなので、騙せないと思うんですけれどね! pic.twitter.com/MgH1t8epIH

2016-10-10 05:20:35
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

この映画の密かな笑いどころ:連隊長夫人が娘の婿にと選んだものの、こっぴどくふられるプロイセン貴族を演じるのが、本来は小粋なプレイボーイのオーストリア貴族をよく演じているBoy Gobert。そして墺洪軍映画におけるプロイセン貴族とは、正真正銘の噛ませ犬なのです。これもまたお約束。 pic.twitter.com/7hj3R4pXQE

2016-10-10 05:20:59
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オーストリア・ハンガリー帝国軍ものHeimatfilmレビュー

その7

『Ihr Korporal』(貴女の伍長)1956年作品

ウィーン駐屯の軽騎兵連隊伍長とツンデレな彼女の墺洪帝国恋愛コメディと思いきや、前年1955年に再独立・永世中立を果たした「当時の」オーストリアの主張を垣間見ることも出来る作品。

「今ではない時代」を作品の中に描くというのはどういうことなのか、ということをほんの少し考えさせてくれる娯楽映画です。

…どさくさに紛れて、墺洪制服の紹介もしてしまいました。つい。

しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

ここのところ墺洪軽騎兵の話題がよく出てくるので、久しぶりにアレをやります。1950年代のオーストリア映画のジャンル『Heimatfilm』におけるオーストリア・ハンガリー帝国の描かれ方をご紹介する連続ツイートです。本日のお題は『Ihr Korporal』(貴女の伍長)1956年作品。超長いです。ごめんなさい。

2018-05-11 11:40:07
しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

『貴女の伍長』は墺題。ドイツ公開時には『Husarenmanöver』(軽騎兵の演習)という題でした。つまり、墺洪軽騎兵の伍長さんの恋話なのです。アバンタイトルに出てくるこの一言「これぞ軽騎兵の恋」は当然1931年のドイツ・ウーファ映画『狂乱のモンテカルロ』主題歌「これぞマドロスの恋」のパロディ。 pic.twitter.com/m5jL3rUoZw

2018-05-11 11:40:08
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

狂乱のモンテカルロ』はあの『会議は踊る』と同年公開のウーファ音楽映画の名作。つまり、この映画も音楽映画だという予告ですね。以前書いた通りHeimatfilmの構造はオペレッタに準じ、正副2カップルの恋模様が並行して語られます。本編の正副主人公がこちら。厳しい鬼伍長とドジっ子兵役初年兵。 pic.twitter.com/0CEWbmHKoM

2018-05-11 11:40:08
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

一年志願兵としてウィーンに駐屯する某軽騎兵連隊で兵役についたドジっ子の実家は、下着店。そこの敏腕女性マネージャーが本編の正ヒロインです。恋人からの手紙を読んでいたお針子を厳しく叱ります。彼女の義兄である下着店店主を演じるのは墺映画界のゴッドファーザー、お馴染みパウル・ヘルビガーpic.twitter.com/tZTm9kwOpk

2018-05-11 11:40:09
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

下着店一家の小間使い(前ツイ写真右)は鬼伍長の同僚である伍長と付き合っており、台所でこっそり会う約束をしていたのですが、折悪しくドジっ子の件で鬼伍長が家を訪れ、何故か(!)台所に。ちょうどその時、恋愛に厳しいマネージャーも何故か台所に。慌てた小間使いは鬼伍長を箪笥に押し込みますpic.twitter.com/MsVoNDAQyJ

2018-05-11 11:40:10
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san

かくしてマネージャー(以下ツンデレラと呼称)は小間使いが付き合っているのは鬼伍長だと誤解したまま、話は進みます…。 さて他方、ドジっ子一年志願兵、彼の名はローデリヒ。音大生である彼は、連隊長の部屋にあるピアノを目にして、つい弾き始めてしまいます。そこに現れて歌い出す連隊長の娘。 pic.twitter.com/bMO9hDPh1r

2018-05-11 11:40:11
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