科学は定義できるか

http://togetter.com/li/69786 から抽出して作成した。 ・方法論だけで科学と疑似科学を切り分けようとする企ては非現実的であると、いまの科学哲学では考えられている。査読などの制度、そして研究者の態度や伝統なども基準に取り込んで切り分けるのが現実的だという。
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伊勢田哲治 @tiseda

@HayakawaYukio 今回のご説明が正しいとすると「方法論だけで切り分けられないを認める」の認めるの主語はNATROMさんですね。そうすると昨日の主語は「科学哲学界」だという話とも食い違いますし、同じツイートの中でわたしが突然言及されているのもよくわかりません。

2010-12-11 08:55:46
伊勢田哲治 @tiseda

@HayakawaYukio 広い意味で方法論によって科学と疑似科学を線引きしようというのは確かに重要な問題意識になってきました。しかし早川さんは「査読」みたいな社会的システムを方法論に入れないのでしたよね(ここに誤解があればすみません)。

2010-12-11 08:59:32
伊勢田哲治 @tiseda

@HayakawaYukio その狭い意味での方法論で線引きしようという関心を持っていたのはポパーくらいで、そのあとのクーンやラカトシュといった人たちは、社会的・制度的な面も含めた広い方法論での切り分けを考えていました。

2010-12-11 09:03:32
早川由紀夫 @HayakawaYukio

@tiseda そういう展開だったのですか。理解が深まりました。ありがとうございます。哲学素人の私は、ポパー式の狭い意味の方法論で切り分けられることを希望しました。しかしそれは無理難題なのですね。「狭い意味の方法論での切り分けを科学哲学界は断念した」という表現なら可ですか?

2010-12-11 09:10:50
伊勢田哲治 @tiseda

@HayakawaYukio わたしが言うとしたら「狭い意味の方法論での切り分けが非現実的だというコンセンサスが成立した」くらいでしょうか。「断念」という表現は科学哲学界というあまり一枚岩でない業界を一枚岩にとらえすぎているきらいがあります。

2010-12-11 09:24:13
早川由紀夫 @HayakawaYukio

@tiseda そのとき私は、認めるの主語を意識せずに書きました。だから特定個人ではなく、しいていえば科学哲学界に相当するときのう書きました。ツイッターは、異分野間の交流がすぐに容易に濃密にできるので便利だけど、異分野間のコミュニケーションは慣習や価値観が違うからむずかしいなあ。

2010-12-11 09:26:29
早川由紀夫 @HayakawaYukio

@tiseda ご教示ありがとうございます。表現に注意する必要はあるけど、私が理解しそこなっているわけではなそうなので安心しました。

2010-12-11 09:28:40
早川由紀夫 @HayakawaYukio

@tiseda これならどうでしょう 「狭い意味の方法論で科学と疑似科学を切り分けようとする企ては非現実的であると、いまの科学哲学では考えられている

2010-12-11 09:32:13
伊勢田哲治 @tiseda

@HayakawaYukioその言い方なら問題ないと思います。@HayakawaYukio これならどうでしょう 「狭い意味の方法論で科学と疑似科学を切り分けようとする企ては非現実的であると、いまの科学哲学では考えられている」

2010-12-11 09:40:23
早川由紀夫 @HayakawaYukio

ニセ科学を批判している人のなかに、「科学でないから」を理由にしている人はいないのだろうか。@natrom

2010-12-11 09:45:47
伊勢田哲治 @tiseda

@HayakawaYukio ただなにごとにも例外はあるもので、森田さんという若手の研究者が狭い意味での方法論による線引き基準を提案しています。“@HayakawaYukio: @tiseda これならどうでしょう

2010-12-11 10:24:58
早川由紀夫 @HayakawaYukio

ポパー式に反証可能性を科学だと定義することはそんなに悪いやり方じゃないと思う。反証可能性でうまく切り分けらない対象もある(ようだ)が、白と黒を区別するくらいのあいまい定義としては認めてよいんじゃないか。疑似科学という概念を生かしたいと欲するならこうするやり方は生産的だろう。

2010-12-12 07:49:01
早川由紀夫 @HayakawaYukio

科学についてのもうひとつ別の定義案。「物理学のような学術を科学という」 これも悪くないと思う。黒の定義を「墨の色」とするのと同じやり方だ。

2010-12-12 07:50:23
早川由紀夫 @HayakawaYukio

「反証可能性」あるいは「物理学のような」で科学を定義すると、菊池誠流ニセ科学の事例と挙げられているいくつかが科学の条件を満たす(ニセ科学だといいにくい)。たとえば血液型性格判断とホメオパシー。どちらも間違った科学だというべきである。

2010-12-12 07:55:27
早川由紀夫 @HayakawaYukio

疑似科学という概念に私がなぜ関心を持つか。それは、私が専門とする地質学が、(科学のチャンピオンである)物理学と同列に並べることができる科学なのだろうかという根源的な疑問をもっているからです。もし地質学が物理学とは違うなら(別に科学というか言わないかはどうでもよい)、

2010-12-12 09:40:45
早川由紀夫 @HayakawaYukio

どこが違うのか、それが知りたい。暫定的には、地質学は歴史を扱うところに大きな特徴があるとまで理解している。物理学は(基本的には)現在を扱う。

2010-12-12 09:43:41
早川由紀夫 @HayakawaYukio

歴史科学とか社会科学とか人文科学とかの言葉を目にすることがある。科学をどういう意味で使っているのだろう?歴史の科学って、歴史を普遍的真実で説明しようとする試みなのだろうか。それこそ疑似科学だ。

2010-12-12 09:45:54
早川由紀夫 @HayakawaYukio

他者を非難するときはよほど慎重でなければならない。科学の定義はあいまいさだから、それを許すには足りない。ニセ科学だからの理由で他者を非難するのは差し控えたほうが良い。非難したいならその理由として、詐欺とか差別とかの善悪基準を掲げてやってほしい。

2010-12-12 10:42:11
伊勢田哲治 @tiseda

@HayakawaYukio ある場面では制度的な面がある分野を疑似科学的だと考える「決め手」になるかもしれませんし、べつの場面では狭い意味での方法論的な面が決め手になるかもしれません。

2011-01-20 21:18:47
伊勢田哲治 @tiseda

@HayakawaYukio 制度は大事ですが、制度だけで科学かどうか判断しようというのは明らかにむちゃです。

2011-01-20 21:21:08
早川由紀夫 @HayakawaYukio

@tiseda そんな過去の個別的なことより、伊勢田さんとは科学論をお話ししたい。「方法論だけでは決められない。制度も加味すると決まる」と聞いて私は、だから制度のほうが重要で有効な判定基準なのだと理解しましたが、もしかすると、「方法論だけでは決まらないものもある。そういったものは

2011-01-22 13:35:12
早川由紀夫 @HayakawaYukio

@tiseda 制度も基準に加えると決めることができる」の意味だったのですか。もしそうなら、方法論で決まるものと、制度まで加味しないと決まらないもののどちらがどれだけ多いかで、(科学を定義する基準として)方法論と制度のどちらが重要かが決まることになりますか。

2011-01-22 13:35:27
早川由紀夫 @HayakawaYukio

RT @tiseda: @HayakawaYukio @natrom 「敗北宣言だと私は理解します。」というのは十分「強制」だと思います。狭い意味での方法論だけで「切り分け」たいという問題関心を持たれるのは大変けっこうですが、その特殊な問題関心を持たない人まで敗北宣言をしているというのは押しつけです。

2011-01-22 15:38:52
早川由紀夫 @HayakawaYukio

「狭い意味での方法論だけで「切り分け」たいという問題関心」は「特殊」だとのことです。特殊というのはふ普通じゃない(もっといえば例外的)ということだから、やっぱりその外側にある制度が重要な線引き基準だと言ったように聞こえるなあ。

2011-01-22 15:44:46
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