自選怪獣小説集(2012・10~2016・9~2021・5)

自作の怪獣小説をまとめてみました。連作を意識したものもいくつかありますが、ほとんどが独立した作品です。オチのあるものは少なく、ほとんどが架空の長編小説の一部分を140字に集約した想定で書かれています。
0

高層ビル街に立っても、自然の中の見晴らしのいい場所に立っても、一つのある光景が頭の中に浮かびます。

梨葉利生 @nashibario

ある資産家が原野商法に騙されて購入した東北の山林に不法に居住していた新興宗教の教団が強制退去させられた。巨岩の祭壇の周囲では食い散らかされた熊の残骸が発見された。翌日、都内に奇妙なトラックの姿があった。荷台に細い枝が山と積まれ、網で覆われている。上空には無数のカラスが舞っていた。

2012-10-03 00:30:48
梨葉利生 @nashibario

キーが手元で踊ってささらない。映画ではエンジンがかからない。しかし車は動きだした。トンネルを抜けるまであと十メートル。そこで衝撃音。車が止まった。振り向くとリアウィンドウには無数の人の掌があった。彼はまだ心霊現象だと思っていた。だがそれは人の手によく似た触手の先端にすぎなかった。

2012-10-09 01:49:02
梨葉利生 @nashibario

少年は校舎の屋上の鉄柵を乗り越え、飛び降りる代わりに咆哮した。喉が裂けてもいい。言葉ではなかった。その声は校庭の端にも届かなかったが、地に、山に、海に眠るものたちには届いていた。音でも電波でもない、原初の叫びは彼らを呼び覚ました。そして少年はそれが世にもたらす事態を知らなかった。

2012-10-10 00:09:26
梨葉利生 @nashibario

昼過ぎ。乗客はまばら。女は化粧を始めた。携帯端末で七分前の配信映像を見ている男は、それを現実とは思わない。左右見通しのいい区間で運転士は前方だけを見ていた。揺れの範囲は限定的であらゆる警告の信号は発令されなかった。列車が奇跡的に無事通過した直後、巨大な足が隣の高架橋を蹴り壊した。

2012-11-25 14:18:36

以下4作は同じ日にツイートしたもので一応連作を想定しています。

梨葉利生 @nashibario

関係機関においても情報は錯綜していた。第一報は国籍不明の潜水艦だった。直後にそれは座礁したタンカーに変わり、最後は巨大な漂流物体として伝えられた。報道への発表は故意に遅らされ、現場ではレーダーで捉え損なった失態を隠し通せると安堵していた。東京湾に近づいたそれが自ら動き出すまでは。

2012-12-31 00:20:40
梨葉利生 @nashibario

「生物学的にあり得ません」「物理学的にもあり得ません」専門家たちはそう言って取り合わなかった。テレビ局がフェイク映像を流していいのかと本気で怒る者もいた。ある哲学者は「この事象は我々の心の中で起こっていることだ」と言った。そして遠い現場では多くの命が失われ、街は瓦礫の山と化した。

2012-12-31 00:26:56
梨葉利生 @nashibario

命令通りそれの上陸を見守り、市街地に進入を許したため一層なす術を失った隊員はついに命令に背いて無反動砲を発射した。こんなものが命中して生きていられる生物はいない。米側の情報は絶対に誤報だ。だが間違っていたのは彼の方だった。背に不規則に並んだトゲを発光させてそれは悠然と振り向いた。

2012-12-31 00:33:37
梨葉利生 @nashibario

それは戦争経験者も、戦争を想定していた者も、戦争に憧れていた者も想像だにしなかった光景だった。堅牢なコンクリートのビルや橋が破壊され、街は蹂躙された。空は黒煙で覆われ、地では瓦礫の間からまだ赤い炎が見えていた。全てはあらゆる常識の外からやって来たたった一頭の存在がもたらしたのだ。

2012-12-31 00:48:55
梨葉利生 @nashibario

紺碧に刷毛で刷いたような白。冬晴れの下それは悠然と歩を進めていた。逃げることも追うこともなく。息をひそめた街に響くのは旋回する報道ヘリと破壊の音だけだった。ふいに何が気に入らなかったのか屋上の「貸広告」を片手でなぎ払う。見据えた先にあるのは五十メートルを超える大型クレーンだった。

2013-01-12 01:17:24
梨葉利生 @nashibario

風が、止んだ。屋上からは街が燃えているのが見えるが、音が聞こえない。目の前で奴が吠えたせいで鼓膜をやられたらしい。獣の眼が私を捉えた。銃を構える。どうせ蚊に刺された程度だろうが。奴が口を開けた。地獄の門はこんなにも馬鹿でかいのか。喉の奥に青白い光が見えた。私は引き金を引き絞った。

2013-03-25 00:10:57
梨葉利生 @nashibario

それは海上に雷の如く出で、津波の如く岸に迫り、台風の如く上陸した。さらに地震の如く地を揺さぶり、野火の如く焼き尽くし、竜巻の如く蹂躙した。やがてそれは街を離れ、病の如く静まり、霧の如く山中に消えた。その存在は今まで誰も見たことがなかったが、人々はその呼び名をあらかじめ知っていた。

2013-05-05 12:43:44

以下2作はある雑誌の表紙絵のオリジナル怪獣をモデルに書きました。
最初のが『季刊 幻想文学』39号「特集 大怪獣文学館」の表紙から、次のが『ホラーウェイヴ01』「菊地秀行&大怪獣スペシャル!」の表紙からイメージしました。どんな怪獣かは検索して見てください。

梨葉利生 @nashibario

台風が去り、湾内に漂着した複合発電施設搭載の人工島から上陸したそれは、市街に入ると脚に絡みついた電線を一顧だにせず引きちぎり、経路の各所で火災が発生していた。頸筋から尾にかけて突出した大小のトゲは、不気味な茜色の宵闇に白く発光していた。それは行き場を失い戸惑う獣のようでもあった。

2013-12-07 22:15:14
梨葉利生 @nashibario

鉛色の空を突き破って落ちてきたそれは、凄まじい地響きと轟音をもたらした。驚愕の光景を目撃した者は、物体の落下地点から飛翔した巨大な黒い影を見てさらに言葉を失った。藍色に暮れゆくビルの谷間に着地したそれは、鉱物と金属片で肉付けされた塑像のようであり、到底地球の生物とは思えなかった。

2013-12-07 22:20:07
梨葉利生 @nashibario

日脚が延びた都心の上空には雲一つなく、青空の彼方には月が浮かんでいた。人の姿はなく、車も動いていない。始めから存在していなかったかのように。その静寂の中、世界の騒音と破壊を一身に背負い歩むものがあった。人々は自然の力の前にそれを隠れ潜んで見ているより他にできることは何もなかった。

2014-05-20 23:04:09
梨葉利生 @nashibario

首都壊滅から一週間が経ち、テレビでは物理学者が「次元の裂け目が」などと言いはじめた。もちろんすべて地方局だ。生物学者は呼ばれなくなった。都心は依然として濃霧に包まれていた。姿を消した一匹が自衛隊のヘリによって発見されたのは翌朝だった。百メートルのヘビは高速道路上に横たわっていた。

2014-05-31 01:52:57
梨葉利生 @nashibario

ジャスト5時でドアを吹っ飛ばして女をドーン。計画は順調。上から見ていたのか、社員たちはすでに逃げていた。装備が派手過ぎたか。車を降りた時から街はパニックだった。突き上げる震動。まだ撃ってない。ドアが開いた。女はいない。代わりに窓の向こうに途轍もなく巨大な口。喉の奥が白く発光した。

2014-07-18 00:59:14

上記の作品はジャック・ケッチャム、リチャード・レイモン、エドワード・リーの競作ホラー『狙われた女』のトリビュート作として書いた3作の内の一つです。『狙われた女』は怪獣とは関係ありません。

梨葉利生 @nashibario

咽び泣く霧笛に引き寄せられて岬に上陸したかに見えたそれは、高さ二十メートルほどの塔には目もくれず、霧に浮かび上がる顔から感情が読み取れるとすれば、それは復讐に燃える怒りという他に表現しようがなかった。それは咆哮するや内陸に向かい、灯台を去り際に無造作に振り回した尾で慟哭は熄んだ。

2015-07-03 22:57:15
梨葉利生 @nashibario

「一足先に未来がやって来たんですよ」それが通り過ぎた跡の惨状を見下ろして学者はそう呟いた。「これが我々が選択した未来なんです」瓦礫の楽園と化した市街は、まだ所々で煙が上がっていた。「いまさら絶望など許されません。あれを招いたのは我々自身なのです」傾いたビルの屋上で彼は涙を流した。

2015-07-15 19:36:43
梨葉利生 @nashibario

「あれほど先生が警告していたのにこんなことに……」と記者が呟いた。「いや、私ではない。自然だ。自然が警告していたのだ。目に見える形で、感じられる形で、再三再四……」老博士は拳を震わせ、廃墟の街を見渡した。「我々は止めることを知らなかったのだ。ただ通り過ぎただけのあれと同じように」

2015-10-12 22:51:44
梨葉利生 @nashibario

議会によりその巨大生物群は「怪獣」と総称されることが決定された。国民は初めて聞くその呼称に戸惑いを覚えた。いかなる辞書や文献にも載っていない言葉だったからだ。「怪獣」という名称の発案者は明らかにされなかった。いや、誰にもわからなかったのである。議事録すら存在しないことが判明した。

2015-10-14 23:10:14