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walpurgis_marry
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剣と、蜘蛛が、交錯する。 「このような、望外の戦いが出来て、嬉しく思うぞ」 ヤマナの両膝が、砕けた。 そして、右胸の大穴。 だが、死んでない。だが、起てる。 そう長くは持つまい。
2016-08-14 10:24:38![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
だが、この屋敷に呼ばれる戦狂いが、膝が砕けた程度で、立てなくなるなど、ない。 あろうはずがないのだ。 ぎりぎりの屹立。それでも、まだ戦(や)れる。
2016-08-14 10:24:53![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
――オォォオオオオオオッ 蜘蛛が鳴いた。彼の歓声か、喊声にも似た言葉は女人に届き、巨体に届いた。 「ッ……強固で強靭な石と体を持つ人型よ、その武でどこまで足掻けるか」 女人は眼に熱いものを感じた。硬い足に比べてあまりにも脆い急所である十の瞳が潰されたのだ。
2016-08-14 11:48:15![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
人のものではない血液が流れる。勢いよく噴出すものではないが、だらだたらと夥しく流れている。僅かばかりに仰け反った。しかしここまできて後退は許されない。 蜘蛛の装飾品は蜘蛛の背に乗り込んで立ち尽くし、それの眼となることだけを仕事とする。彼曰くの『一騎討ち』の"申し出"の妥協点。
2016-08-14 11:49:47![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「吾が踏み砕く先には何も残さない。勇ましき悪の武人よ、蹂躙してやろう」 膝を砕いても立ち上がるのなら、足腰すら破壊して立てなくするまで。 過程で死しても、せめて誉れがあったと抱いて去ね。
2016-08-14 11:50:05![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
蜘蛛は粘着性の強い糸を出鱈目に放出した。人が足を取られれば身動きが取れなくなる程度のものだが、本体の目が見えないが故に規則性を無視した配置に敷かれる。 見えない十眼の下で大口が開かれた。怒涛の戦車がごとく、畏怖と重圧を与える巨体が彼がいる方向へと直進して突撃、捕食行為を行うべく。
2016-08-14 11:50:13![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
刀を天へ向けて構える。 「最大を以(も)って迎え討つ」 極太の水流を一つ二つ、三つ、四つと生んでゆくヤマナ。 そこに迫る、巨大蜘蛛。 「俺は勝つ、お前という女にッ ここで漢を見せつけてやるのよ」 にたりと笑う。
2016-08-14 13:38:51![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「龍の――」 極太水流をさらに十本まで産んで、日本刀に纏い圧縮する。 それが持つ水圧すべてを切れ味に変えて、 力任せに振り降ろす。 「『龍の一撃』―――ッ!」 水圧は切れ味をとことん高め、鋼をも断つ。
2016-08-14 13:41:38![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
だが、これは攻撃力のために、技巧と防御をすべて捨てた奥義。 通ろうと通らまいと、ただ一つの事実、結末は変えられない。 それほど、手強い女(おんな)だ、とヤマナは深く思い、評価していた。
2016-08-14 13:41:59![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「――なんだ、こんな吾(くも)を――妾を女として見てくれるの」 ひどく意外そうにしていた。肺腑から吐き出す息は深く重たく、空くような気持ちが補充される。 良いではないか、良いではないか。蜘蛛の装飾品は口元を三日月のよに歪ませて眼を細めた。
2016-08-14 17:10:28![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
蜘蛛は進むことしかできない。そうして壊すことしかできない。食らうことしか能のない。 だからこそその一刀の下、振り降ろされた水圧の見事な捌きを受けたからと云って、傷つけられていた足がもげて、体の半身が不格好な姿になっていても。 ――女人の腕すらも喪失があったとしても。
2016-08-14 17:12:31![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「見事――」 爆走した体は確かに両断されながら、その凶悪な足は瞬間的まで動かしていた。凶悪な足が、はじかれた牙が確かに彼を狙って走った。 直撃するにせよ外れたにせよ、蜘蛛はエントランスの扉に体をぶつけ、女人はその前に蜘蛛から墜落することは必至であった。
2016-08-14 17:13:56![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「ぐぅ……っ」 左胸、腰、肩。次々と刺さる、蜘蛛の爪牙。 振り向きざま、苦しそうに笑う。 「楽しかったよ。俺は、幸福に包まれていた。……戦狂いの、幸せさ」 刀が、地面に落ちる。 「なあ、お前は幸せか? だったら、いいのにな」
2016-08-14 18:03:51![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
蜘蛛は最後の一撃を見舞い、立ち上がろうと足を動かす。 まだ食い終えていないというのに。それでも奇怪なほど充足感があるのは、片割れの装飾品が満足しているから。 白い衣をぼろぼろにして、片腕の行方も知れぬままに彼を見ていた。 「あぁ――妾も不思議と幸せだったわ」
2016-08-14 20:40:00![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「ヤマナ。理知ある戦いに出会えたことに感謝しよう」 紡ぎ終えたとき、蜘蛛が走破を終えて衰弱し死に至った。同時に女人は事切れた。
2016-08-14 20:40:08![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
目覚めれば、また眠る。 始まれば、また終わる。 全ては廻る。 であればこそ、今眠る君に安らぎを。 #ヴァル華
2016-08-15 11:32:06