タイポグラフィー・ガール

カイシトモヤ @room_composite

結局プリントを後ろの人に配れないという実務的な理由から、止むなく通常のベタ送りに戻した。游の転入は森沢にとって、クラスの版面が元の秩序を取り戻したという意味でも嬉しいニュースだった。（8話に続く）

カイシトモヤ @room_composite

ただの座席の話しかしてない、、、（8話）

カイシトモヤ @room_composite

「タイポグラフィー・ガール」第8話 「よろしくな。」久美子の右隣の座席に着席すると、游はぶっきらぼうに挨拶した。朝の事件で聞こえた游の独特の訛りは、ネイティブ発音じゃなかったからなのか。。。久美子は今更ながらそんなことに気づく。

カイシトモヤ @room_composite

「ねえ、ねえ、すでに知り合いだなんて凄いね。後でくわしいこと教えてよ。もしかしてもうフラグ立ったんじゃないー？いいなぁ」楓（かえで）が左の席から冷やかす。 「静かにしなさい。」私は慌てて楓の口を塞ぐ。楓も負けてはいない。「私にもそんな恋愛運、分けて欲しいよ」。

カイシトモヤ @room_composite

だけど、私は楓が凄くモテることを知っているのだ。ちょくちょく男子が彼女を気にいっているという噂は聞く。ときには男子が「楓をインストールしてみたい」などと破廉恥な事を言っているのも聞いた。裏でうじうじしないで堂々と本人に言えばいいのに。男子って子供。

カイシトモヤ @room_composite

先日も、隣のクラスのタベヨコ（本名；田部横太　たべよこ・ふとし）に、楓のことを紹介してくれとせがまれた。タベヨコはみんなから頭文字を取ってTB横太と呼ばれている。大相撲中継を見るのが趣味の親父キャラ。恋愛にガツガツしたタイプに見えないのに、そのときは相当食い気味にツメていた。

カイシトモヤ @room_composite

私も面倒くさくなって「自分で告白したら」とその要望はトルツメしてしまった。とにかくかえでは自分のエレメントの愛らしさをあまり自覚していないタイプだったし、人見知りも激しかった。そう、彼女はオープンタイプではなく、トゥルータイプなのだ。

カイシトモヤ @room_composite

私達がそんな小さな騒ぎを起こしているところへ森沢の注意が飛んだ。 「おい、お前ら、転校生が来たからってベースライン上がるのも程々にしろよ。」珍しく森沢の冗談が受けたらしく、クラスはどっと沸いた。 神経質のクライアントから帰って来た校正紙のように、私は真っ赤になった。（9話に続く）

カイシトモヤ @room_composite

「タイポグラフィー・ガール」第9話 お昼休み、数人の女子達が久美子の教室に入って来た。一人の女子を数人の女子が取り巻く格好だ。楓がつぶやいた。「C組のエミだ、、珍しいな。」。彼女の名前は「エミ・グレー（えみ・ぐれー）」。

カイシトモヤ @room_composite

スコットランドの名家、グレー財閥の跡取りの父を持つ、世間知らずのお嬢様。洒落たオーラが全身から滲み出ている。「このクラスに来たっていう游君に会わせてくれない？」エミは教室に入るなり、わざと周囲に聞こえるような声を上げた。

カイシトモヤ @room_composite

「なんでも、イケメン（イケてるエレメント）らしいじゃない。」　久美子はエミの乱暴な態度に嫌悪感を覚えたが、それを口に出せるほど言うシルク印刷のようなきっぱりした強さは持ち合わせていなかった。

カイシトモヤ @room_composite

代わりに口を開いたのは楓だった。「エミ、いきなりそんなこと言うなんて乱暴じゃない？　彼はまずこのクラスに馴染んでほしいし、、」エミに引く気配はない。「楓、あんた何様？」

カイシトモヤ @room_composite

その時、パンと牛乳を同時にほおばりながら（リガチャ食い）、游が教室に戻って来た。「騒々しいな。」游のその一言で楓とエミの緊張濃度は僅かばかりドライダウンした。

カイシトモヤ @room_composite

エミは游の顔（エレメント）をまじまじと見つめた。「確かにイケメンね。伝統的な明朝体の風格と今時っぽい洒脱さを合わせもっている。」游は我関せずの表情だ。エミは取り巻きに言った。「ねえみんな、私、游君を全ファミリー独り占めしたくなっちゃった。DBもMもRもLも。」（10話につづく）

カイシトモヤ @room_composite

「タイポグラフィー・ガール」第10話 終業のチャイムが鳴った。私は部活が大好きなので、授業が終わり括弧類になるや否や、全角ダッシュで部室に向かう。でも今日はちょっと落ち着かない。足取りもそわそわで波ダッシュに変わった。「あいつ、部活とか入らないのかな。」気になってる自分が嫌だ。

カイシトモヤ @room_composite

私達の通う「はるひ学園」には変なクラブがたくさんある。活版印刷部やカリグラフィー部はもちろんのこと、特色調肉部やCTP製版部まである。ちょっとした印刷会社並に充実したラインナップ。私は人気の「タイポグラフィー部」に所属している。

カイシトモヤ @room_composite

タイポグラフィー部の発足主旨は「文字による新しい表現の可能性を広げる」ということらしいけど、今となっては誰もそんなことを知らない。恥ずかしいけど、私も片仮名の部名が格好良いという理由だけで入った。自分って輪転機の刷り始めみたいに浅い女子だ。

カイシトモヤ @room_composite

「いつも1番に来るのに今日はどうしたー？」部室に入るとすぐに莉奈が声をかけてきた。小淵莉奈（こぶち・りな）。クラスは違うけど同じ部に所属している。みんなからは「こぶりな」と親しみを込めて呼ばれている。

カイシトモヤ @room_composite

莉奈は明るく快活な子で、男子からもすごく人気がある。彼女はこのタイポグラフィー部とテニス部を掛け持ちしている。2足の〓じゃないや、わらじを履いて、いつも充実しているのがうらやましい。

カイシトモヤ @room_composite

遅れて楓も部室に入ってきた。楓も実はタイポグラフィー部の部員だ。同い年の私達三人はとても仲が良いが、ちょっと個性が強いため、他の部員から三人まとめて「外字セット」と呼ばれている。

カイシトモヤ @room_composite

「お前らー、来月はTokyo TDCとタイポグラフィ年鑑の搬入だぞ。出す作品決まったのか？」。部室に怒号が飛んだ。「やばいフルティガーだ！」莉奈の肩が少し震えた。部長の古内大雅（ふるうち・たいが）、私達より1年上の3年生。厳しいことで有名な先輩だ。（11話に続く）

カイシトモヤ @room_composite

「タイポグラフィー・ガール」第11話 古内は腰に手を当て、私達に向かって言った。「今年のお前達の目標はTDC Prize Nomineeだぞ。がんばれよ。」莉奈がぼやく。「無理に決まってますよー、だって私達入選もしてないんですよ。」

カイシトモヤ @room_composite

「うるさい、目標は高く持つもんだ。」古内は唯一Tokyo TDC年鑑に乗っている高校生だ。地元新聞の取材も受けたことがある。そのときの見出しは「タイポ高校生あらわる・前代未聞の大快挙！」

カイシトモヤ @room_composite

古内の厳しさは筋金入りだ。しかし、それは部員達に対する並々ならぬ愛情から来るもので、その人間味溢れる性格から、古内は別名「ヒューマニストさん（HUMANIST SANS-SERIF）」と呼ばれている。

カイシトモヤ @room_composite

だから、部員達もなんだかんだ文句を言いながら、古内の言う事はちゃんと聞いているのだ。そんな会話の最中、隣の特色調肉部から色めき立った（特色だけに）声が聞こえて来た。「エミさん、すごいーチップどおりー！」エミの取り巻き女子のひと際大きな声が伝わってきた。