意力の空域#1 空雷艇飛行船母艦◆2
_リンメラは「くだらない毎日だ」と心の中で呟いた。彼女は帝都で綴られる仕事や色恋で充実した世界を夢想する。 妄想を破壊するクレーンの作動音。彼女はいま油臭い格納庫で、飛行鍋の整備をしていた。顔は油で汚れてしまっているし、手先は荒れ放題。望んだ世界ではなかった。 11
2016-09-10 18:17:45_軍に入って4年が過ぎた。仕送りをしてくれた姉が亡くなり、リンメラは働かなくてはならず、軍を選択した。体格に優れ真面目に訓練を続ける彼女は、若くして飛行鍋のパイロットになる。 パイロットといっても最底辺のものだし、リンメラは自慢したいとも思わなかった。ただ……。 12
2016-09-10 18:21:56_腐ってもパイロット。身一つで空中戦をする戦士。待遇はよかった。貯金もだいぶ増えた。 (いつか軍を辞めよう。それまでの辛抱だ) リンメラのいる空雷艇母艦「ギウン」には空雷艇15隻、飛行鍋40機が搭載されている。空雷艇には専門の整備兵がつくが、飛行鍋は自分で整備する。 13
2016-09-10 18:26:44(それにしても物資が最悪だ。この機械油は変なにおいがするし、ナットもボルトも精度が悪くてガタついている) 不良品を次々と選別し、使い物にならないものを別の箱に入れる。 (帝国軍もたるんでいるのかなぁ) そこまで考えて、自分の姿に苦笑する。 14
2016-09-10 18:31:34(アクセサリーの可愛さとかより、ボルトとナットの精度に心を占領されてるんだもんなぁ……このままじゃ私は何のために生きているんだか……) リンメラには家族がいない。両親はすでにおらず、最愛の姉もまたこの世にはいない。恋人もいない。守るべきものは誰もいない。 15
2016-09-10 18:36:17(軍を辞めてどうなる? 守るべき人も何もないのに、私は何のために生きればいいんだろう?) いつの間にか整備の手が止まっていた。頭を振って迷いを振り払い、不良品の選別に集中しようとする。 頭の中が冷たい闇で一杯だった。彼女の後ろに誰かが立っていることにさえ気づかない。 16
2016-09-10 18:39:53「何か悩みでもあるのか? リンメラ」 振り返ると、彼女の上官が背筋をびしっと伸ばして立っていた。彼はいつも木製人形のように固く、変わらない、綺麗な姿勢をしている。短く刈られた頭、青く残る髭のあと。粗野でがたいがいい見た目とは裏腹に、粗暴なところは見せない上官だった。 17
2016-09-10 18:45:06_立ち上がろうとするリンメラを制止し、上官は木箱を持ってきて彼女の隣に座った。リンメラは口を開く。 「将来のことで……」 リンメラは悩みを素直に打ち明ける。上官は笑い飛ばすこともなく、呆れることもなく、静かに聞いて、時折頷いていた。 「守るべき人もいないのに……か」 18
2016-09-10 18:49:17_上官は目を閉じて考え込んだ。そして仏頂面のまま、柔らかく言葉を紡ぐ。 「ある人は夢のために生きるという。リンメラ、君に夢はあるか?」 「夢……でありますか。昔はありました。騎士になる夢であります。私は身体が大きかったので、誰かを護れる騎士には憧れておりました」 19
2016-09-10 18:54:01_リンメラは自嘲するように続ける。 「今更騎士を目指して何になりましょう? 剣を振るったところで幼いころより修練を重ねた者達には足元にも及びません」 「剣を振るうだけが騎士ではない……騎士は自由だ」 上官は静かに彼女の目を見た。 「私も昔騎士を目指していたんだ」 20
2016-09-10 18:59:42【用語解説】 【人類帝国軍】 市民と魔法使いからなる軍事組織。空軍、陸軍、海軍、猟兵軍、宇宙軍が存在する。国防意識は低く、国のために命を捧げるということはない。魔法使いの犠牲になるだけの国に捧げるものなど無いのである。ただ給料はよく、士気が低い兵は魔法でマインドコントロールされる
2016-09-10 19:03:45