意力の空域#1 空雷艇飛行船母艦◆3
_月旅行が実現するかどうかは提督の判断に委ねられていた。メルヴィにとって千載一遇のチャンスであった。ロケットの発射日は近づいている。けれども、発射場へ向かう空母の歩みは遅い。 メルヴィは耳長族特有の尖った耳をぴくぴくと揺らした。目の前をのんきにクレーンで運ばれる飛行鍋。 21
2016-09-11 16:16:15「尽くす手は全て尽くした……でも……」 「諦めるのか?」 頭を綺麗に剃った魔法使いがメルヴィの弱音をたしなめる。メルヴィは唇を尖らせて腕を組んだ。彼女はいま空雷艇母艦「ギウン」の格納庫にいる。 軍に同行している理由はただ一つ。月探査ロケットに乗せてもらうためだ。 22
2016-09-11 16:23:22_月は神々の住む土地である。神々と直接契約することが人類帝国の悲願だ。月に乗り込み人類帝国の力を示し、有利な契約を行う狙いがある。メルヴィの組織も膨大な資金を負担した。 ロケットは完成し5人の学者が搭乗することとなる。メルヴィも同乗できることを信じて訓練を重ねたが……。 23
2016-09-11 16:27:23_不安材料もある。テロリストによるロケット奪取計画を察知したのだ。ロケットはそのまま長距離ミサイルに転用される恐れがある。ロケットそのものを利用されなくとも、ロケットの技術を盗まれれば同じことだ。 そのため急きょ帝都の艦隊が動くこととなった。 24
2016-09-11 16:31:27_現地にはすでに艦隊が展開している。過剰とも思える防備。この警戒はメルヴィにとって向かい風に他ならない。月旅行が目的のメルヴィを、大切なロケットに乗せられるはずもないのだ。それでもメルヴィは諦めず食い下がった。 メルヴィはいま格納庫の隅で延々待機を命じられている。 25
2016-09-11 16:35:53「ゴズケンさん、私は本気なんです」 「知っておる」 剃った頭の魔法使い……ゴズケンはメルヴィの隣で同じ方向を見ながら、視線を合わせずに頷いた。彼は戦闘魔術師だ。マントの下はスパッツ一枚のほぼ裸で、魔力を皮膚から吸収しやすいようにしている。 26
2016-09-11 16:41:00「いますぐにでも駆けだしたいのに」 「空中に浮かんだ空母のどこに向かうつもりだ? 列車の先頭に走っていくようなものだ。無意味だ」 「やる気だけが爆発しそう」 くだらない話を続けていると、例の提督がわざわざ格納庫に出向いてきた。敬礼で迎える整備兵やパイロットたち。 27
2016-09-11 16:45:56「夢は諦めるんだな」 開口一番、提督はメルヴィの思いを粉砕した。夢とは、すなわち月旅行である。メルヴィは青い髪で隠れた目を細める。提督は続けた。 「どう考えても君をロケットに乗せるメリットがない」 たくさんのお金と人脈と時間を捧げてなお、提督は満足しないらしい。 28
2016-09-11 16:50:21「メリットがあればいいんですね」 どこまでも食い下がる。彼女一人の夢ではない。メルヴィの月到達は無数の人々の夢なのだ。ここで諦めてじっとしているわけにはいかない。 「何を提示するというのか?」 すぐに答えは浮かばない。歯を噛みしめて必死に考える。 29
2016-09-11 16:54:25「君のその……ヴォイドアクセラレーター、だったかね? 興味があるとしたらそれくらいか」 メルヴィは自分の両腕の奇妙な小手を抱きしめた。革製で、手の甲に黒い半球が設えてある。渡すわけにはいかない。この小手は大切な、大切な……親友の形見だったからだ。 30
2016-09-11 17:00:56【用語解説】 【戦闘魔術師の装い】 戦闘魔術師は空気中の魔力を肌から取り込むため全裸だが、そこにも流派がいくつか存在する。男子の場合、本当に全裸な者、何かが揺れるのを抑えるためサポーターなどを穿く者、妥協してズボンを穿く者。穿く場合、ハンデを補うため魔法剣や杖を持つ場合が多い
2016-09-11 17:11:31