【図説】村正展@桑名市博物館の感想・個人的見どころまとめ

村正展ばんざい。 こんなところがすごかったな~、面白かったな~という感想を、周辺知識と一緒にまとめました。 役に立つほどのことは言ってませんが、展示を見たり思い出したりする楽しみの一助になれば嬉しいです。 刀剣乱舞のネタもちょっとだけ含みます。
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てけ @taka_koro

(全方向に悲しい物語があってですね… 嫁ぐ時のは「落ちて行く 身と知りながら もみじばの 人なつかしく こがれこそすれ」 家茂の悲報に接した時のは「うつせみの 唐織衣 なにかせむ 綾も錦も 君ありてこそ」(別ver.あり) etc...)

2016-09-21 02:56:35
てけ @taka_koro

(出陣中の家茂が和宮のお土産に西陣織を手に入れたけど再び会うこと叶わず、贈り物が形見になって届いたことを詠んだ歌だそうです。貴方が帰ってこなくちゃ何の意味もないのに…!っていう。辛い。 そしてこの後、熾仁親王と和宮は公武双方から慶喜助命・徳川存続の働きかけをしていく訳で…)

2016-09-21 03:06:16
てけ @taka_koro

(つまり何が言いたいかというと、「討幕を願う親王が徳川を祟る妖刀を求めた」って形で有名な刀だけど、その裏には複雑な色彩の物語が…って、そういったあれです。 脱線!閑話休題!展示の話に戻ろう!笑)

2016-09-21 03:27:14
てけ @taka_koro

ともあれ、村正の歴史を体現するような④⑤⑥の三振が並んでる図を見られただけで胸が一杯でした。もし撮影可能だったら、パノラマ使ってでも一枚の写真におさめて宝物にしたかった。それくらい。幸せでした…。

2016-09-21 03:31:10

<講演会追記>

てけ @taka_koro

☆有栖川宮佩刀の村正 有栖川宮家(断絶)から祭祀を引き継いだ高松宮家に二振の村正が引き継がれ、片方は刀剣美術館に、もう片方は東京国立博物館に。これは刀剣美術館の方の、いわゆる「有栖川宮熾仁親王佩刀」と紹介される方の村正。  twitter.com/taka_koro/stat…

2016-10-06 01:12:32
てけ @taka_koro

《⑥勤王の村正(刀)》 維新~明治初期に、討幕の東征大総督・西南戦争の総督・陸軍大将を歴任した、武闘派皇族・有栖川宮熾仁(たるひと)親王の佩刀と伝わる刀。 こちらは⑤の対照、「徳川を祟る妖刀」として討幕の願をかけられた村正の代表に上がる一振ですね。

2016-09-21 02:14:07
てけ @taka_koro

証拠のある話ではないですよと前置きした上で、佐野美術館の渡辺館長は薩摩から贈られたものではないか、と仰っていた旨教えて下さいました。 なぜなら親王の持つ格の刀じゃない(本来なら三条宗近あたりでないといけない)から。徳川にとって良くないということで持っていたのでしょうねと。

2016-10-06 01:19:24
てけ @taka_koro

(ちなみに佩刀と伝わるけど、東征大将軍として行動していたときに実際にこれを佩用していたのかは分からないそうです)

2016-10-06 01:22:38
てけ @taka_koro

《⑦⑧桑名宗社の漆塗り村正(太刀)》 目玉のひとつ!刀身に「春日大明神」「三崎大明神」と切られた双子の奉納刀。 迫力ある赤銅色にぐうっと先反る姿がとても強そう。でも(気のせいでなければ)目釘穴がキュッと小さいのはなるほど奉納刀です可愛い。

2016-09-21 03:32:42
てけ @taka_koro

漆はWW2時に疎開させるために塗られたとのこと。図録の福井先生は「今の状態では刃文も出来の良し悪しも分からない、銘文は貴重なのに惜しい、ぜひ近いうちに研磨を」って書かれてましたが、無責任な観覧者としては漆姿のまま残してほしいかも、なんて…手入れ的には落とした方が良いんでしょうが…

2016-09-21 03:34:52
てけ @taka_koro

天文12年4月(1543年5月)の銘入りってことで、なにげに1543年1月生まれの家康公と同い年ですね(笑 時期的に三代目作と推定されるよう。

2016-09-21 03:35:52

<講演会追記>

てけ @taka_koro

そうだ郷写しに続けて書こうと思ったのにすっとばしちゃった… 福井先生曰く「今の人は(銘を)下書きなんかして綺麗に切りますけど、昔は勢いでやる刀工も多くて、実は結構間違えてるんですよねェ。ちなみに今回の展示にもありましたよ」。 →

2016-10-07 00:53:01
てけ @taka_koro

…と紹介されてたのが⑦⑧の漆塗りの三代村正。⑦に入ってる「卯癸」を切らずに「五」って切っちゃって、慌てて両脇に付けたしてある。という説明。 これ絶対「やってもうたー!!よりよって奉納刀で!!orz」ってなったよね三代さん…ドンマイ… pic.twitter.com/muhCCGq0jb

2016-10-07 01:17:55
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てけ @taka_koro

☆桑名宗社の漆塗り村正(展示番号⑦⑧) そんな誤字話がありつつも、「い~い村正ですね。茎見るとほれぼれします、完璧です。」と先生絶賛。姿も銘も綺麗ですよね… 永正ごろの作はもっと肉付きがあるが、この時代になるとシャープになってくるそう。

2016-10-07 01:51:47
てけ @taka_koro

あと「奉納刀なので実戦を前提としない→目釘穴が小さい」ところがチェックポイントとして紹介されてて\そこだよね!!!!/って一人でひっそりはしゃいでましたふふふ ほんとグッとくるんだって立派な太刀にポツンの目釘穴… twitter.com/taka_koro/stat…

2016-10-07 01:56:41
てけ @taka_koro

《㉒㉓同じく桑名宗社の漆塗り正重(太刀)》 こっちは双子じゃなく、一月違いの兄弟太刀。寛文元年(1661年)12月&2年正月の銘入り、上の太刀から約120年後の奉納ですね。

2016-09-21 03:36:59
てけ @taka_koro

かっこいいんだこれが!⑦⑧の漆はツヤツヤぬらぬらした質感なんですが、こっちはひび割れみたいな線やむらが入ってたりして、いっそ禍々しいくらいの迫力。 十二月の方は赤い月、正月の方はロンドンの黒レンガみたいな色合いで…イレギュラーだけどかっこよかった…

2016-09-21 03:39:44
てけ @taka_koro

⑦⑧の方が長さはあるんだけど、こっちは反りが浅い&身幅がっつりある分さらに逞しい印象。 元幅があり先が細るのが寛文新刀の特徴ですが、これはほぼ同じ幅のままズアッと切先に入ります。武骨of武骨。切れそうというより頑丈そう。 pic.twitter.com/wZuOYEuT9K

2016-09-21 03:43:07
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てけ @taka_koro

あと以前鑑定パラ見してた時に「村正の特徴を持った刀でも、茎尻が剣形になってたら弟子筋の作を疑え」って書かれてて、確かにこの正重は顕著に鋭い山になってるなと思いました。 ⑥の有栖川宮佩刀とかも剣形っぽくはなってるんですが、比較すると若干マイルドかな…?

2016-09-21 03:44:29

<講演会追記> 

てけ @taka_koro

逆にアーやっちまった案件、後でまとめをお詫び訂正しなくちゃいけないのがこの「剣形の茎尻」の話。 鑑定での参考画像がこの通りだったので、これ剣形?入山形では…?と思いつつとりあえずそのまま書いたんですが、やっぱり入山のようです…。 twitter.com/taka_koro/stat…

2016-10-05 23:24:18
てけ @taka_koro

加えて、村正の作にも入山形の茎はある。 ・初代など早期作は栗尻がよく見られる、たなご腹はゆるやか ・時代が下ると入山形の作もあらわれるとともに、たなご腹が強調されるようになる (・村正に剣形茎はないが弟子にはある?)←今回の話には無し というのが千子派の茎の概括のようです。

2016-10-05 23:37:11
てけ @taka_koro

《⑨銘を消された立坂神社の村正(短刀?脇差?)》 チラシとHPでは脇差、展示と図録と所蔵元の表記では短刀。 30.5cm、一尺強ってとこなので、物吉とかと同じで表記がぶれるんでしょう多分。

2016-09-22 01:04:15
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