_工場内部に作られた、教室という空間。賑やかで明るい人造胚たち。苦痛にまみれた自分の作業場とは天国と地獄だとルアニトルは感じた。 センセイは人造胚たちに問う。 「……君たちは誰の役に立ちたいと思う?」 21
2016-10-02 19:24:16_その問いにルアニトルは目を伏せ、力なく教室の隅に座り込んだ。人造胚たちは知らずに無邪気に答えていく。 「誰なんて区切らない、みんなのために役に立ちたい!」 「そうだそうだ!」 「私も!」 「わたしは……」 猫少女の答えだけが、違っていた。 22
2016-10-02 19:29:29「わたしは、猫のために役に立ちたいニャー」 ルアニトルは思わず立ち上がりかけた。 (猫のために役に立つだって?) そんな生き方があるのか。しかし、いまの目的を失っている彼にとっては、眩しい答えに他ならなかった。 けれども、センセイは納得しない。 23
2016-10-02 19:33:56「ダメだよ、マチルダ。教えたじゃないか。分け隔てない愛がいちばん尊いんだよ」 「えー、でも猫凄いもん」 「センセイ、彼女の答えもいいかもしれません」 ルアニトルは声を上げていた。思わぬ提言にセンセイも、猫少女もぱちくりと目を瞬かせる。 24
2016-10-02 19:39:09「そうだね……まぁ、猫のために役に立つのもいいんじゃないかな」 「やったー!」 猫少女はピョンピョン跳ねる。そしてルアニトルに向かってウィンクをした。 「アリガトにゃ~」 何かを守れた気がした。それは猫少女の何かであり、ルアニトル自身の何かでもあった。 25
2016-10-02 19:43:33(自由だ) ルアニトルは他愛もない授業から一つの答えを導き出していた。 (自由なんだ。何のために生きるかなんて。僕はもっともくだらないもののために自分の生き方を決めていいんだ) ぐっとこぶしを握る。 (いや、猫がくだらないわけじゃなく……) 心の中で弁明。 26
2016-10-02 19:48:18_授業が終わり、思い思いに遊ぶ人造胚たち。と言っても手足もなく、出来ることと言えば雑談くらいのものだったが。ルアニトルの休憩時間も終わろうとしていた。 ルアニトルは猫少女の傍に座り、小さく礼を言う。 「ありがとう」 「何がニャー?」 27
2016-10-02 19:53:18「君は僕の大切なひとだ。大切なことを教えてくれた先生だ」 「何のことにゃ? 先生はセンセイだニャー」 ルアニトルは目を細めて思いを馳せた。 「猫のために生きる……それも素晴らしいよ」 「ン、猫の素晴らしさが分かったようだニャー」 28
2016-10-02 19:58:16_猫少女は満面の笑顔でルアニトルを見上げる。 「生まれ変わったら、一緒に猫になろうニャー。あなたは美しい黒猫になって、わたしはきらきらした白猫になるニャー」 「それは素敵だね」 突然の言葉に、プロポーズを受けたようで照れるルアニトル。 29
2016-10-02 20:04:40_そのときである。不気味なサイレンの音と、呪文のような聞き取れない館内放送が流れる。人造胚たちは目の色を変えてどこかへ這って行った。 「何なんです? この音」 センセイの真っ青な横顔が何よりも深刻さを物語る。 「人造胚たちの制御が……奪われた?」 30
2016-10-02 20:09:51【用語解説】 【猫】 起源は二つあり、一つは灰土地域南部の荒野に生息するグレイリンクス。もう一つは翡翠台地に住むミドリヤマネコ。これらの肉食獣を家畜化・小型化したのが猫である。翡翠台地の猫は緑色が多く、灰土地域の猫は白猫や黒猫、三毛猫など様々に品種改良された
2016-10-02 20:19:06