【ねぇ、先生。】

こそこそゆゆこ @colorful_iline

126 「騒動になっても、臨時採用で自分は半年でおわり。ええ大人でなんとでもできる。 けど、お前は高校に残ってずっと騒ぎを背負わあかん。それか、もしくはいられなくなってまう。 ほんまに好きやったから、そんなことに巻き込みたくなかった。」

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127 「でも！何も言わずに消えちゃうなんて！先生がいなくなるならそれならそれで！」 不意に声を荒げるわたしに、室長は、しーっ！って人差し指を立てる。 まだ教室は授業中なことを思い出して、はっと口を噤んだ。

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128 「お前がその学校にいる限り、先生は先生やねん。変な噂にもなるやろ。 どうでもええと思ってたら別に自分だけ逃げればええねん。でもお前の先生はそれをせんかった。 きっちり、自分なりのケリつけたんやろ。」

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129 まぁ、手荒な方法やけどなぁ。室長はふぅ、と息をついて、カップに残るコーヒーを一気に流し込んだ。 「でも、お前にもっかい会ってもうた。…まあ、もうええんちゃう？お前ももう高校生やないねんし、二十歳のええ大人やろ？」

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130 黙ったままのわたしの肩に、室長はぽん、と手を置き、 「もっかい信じてみたらええんちゃう？」 そう言うと、ガラガラと大きな音をたてて教室の扉があいて、勢いよく小学生がとびだしてきた。

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131 「お前らうっさいねん！!スクール内は静かにせえ！走らない！！」 室長は、一人の大人からすっと先生に戻り、八重歯むきだしに生徒たちに吠えた。 もう一回、信じてみても、いいのかな。 ＊＊＊

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132 「お姉さん、りょんりょん本物どうだった？やっぱりかっこいいよね〜。でも最近、美術の先生も眼鏡外したらかっこいいって言われ出してさぁ〜」 今日も高橋さんはハイテンションで、マシンガントークを繰り広げている。

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133 いつもなら高橋さんと話す時間が結構楽しみだったりするけど、今日は全然頭に入ってこない。 なんか申し訳ない気持ちになりながらも、授業終わりの21時半。 早く帰るように促した。

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134 全員帰ったのを確認して教室の戸締り。 印刷用紙とチョークの在庫確認と発注。 答案の丸つけと、封筒のハンコ押し。 成績管理ファイルの更新に…… 「おい、22時やぞ。はよ上がりや」

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135 「…いやまだ、模試の掲示終わっ…」 「あ〜あ〜あ〜！もう明日やれ！今日終わらせんでもええもんばっかやりよって！待ってんやろ！帰れ帰れ！残業代払わせんな！」 行くのが怖い。 というか、本当に待ってるの？ なんかちょっと期待とかしちゃって、そこにいなかったら。

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136 もう次こそはだめになる。 「うじゃうじゃ考えんな。もしあかんかったら、ここ戻ってきてええから。ラーメン食い行くぞ。」 「……村上せんせぇ〜…」 「あぁあぁもうはよいけ！」 そうだよ。行くしかないんだよ。

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137 室長の優しさに触れて、言葉を思い出して。 「お疲れ様です」 外に出た。 ＊＊＊ 「お前、遅いわ」

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138 塾の扉を開けると、すぐに横から声が聞こえた。 「…いや、ごめん。……ちゃうわな……」 本当に来たんだ。 期待がかなった安心感と、この先の不安。それに驚きを加えて、何も言えずにいると、それに合わせるように先生も黙り込む。

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139 少しの沈黙の後、先に口を開いたのは、また先生だった。 「あの、なぁ……ちょっと話さん？」

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140 いっぱい考えようとしたけど、先生が本当にいたことだけで、胸がいっぱいで。頷くことしかできなかった。 あの中庭以外で、学校の敷地以外で、先生と歩いてるのがなんか夢みたい。 ぴょこぴょこ歩く背中を追って、近くのファミレスに入った。

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141 「飯まだ？」 「…はい」 「俺も。好きなもん食べり。」 ほれ、とメニューを渡された。 「…時間、くれへん？ この2年のこと、ちゃんと話したい。…決まった？」 また、頷くだけ。 先生はベルを鳴らして、ほれ、と注文を促す。

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142 「チーズインハンバーグ」 「俺、生姜焼き定食。以上で。」 注文を取りに来た店員さんの背中が見えなくなって、また沈黙。 それを破るのは、また先生だった。 「まずは、ごめん。何も言わずに、学校からおらんくなって。ごめん」

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143 黙ったまんまのわたしをチラッと見て、先生は話を続ける。 「俺な、1年目の教員採用試験落ちてん。それで臨時採用の教員登録してて。2年目の採用試験の結果待ちしてる時に、ちょうど半年の産休代理の話がきて。

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144 代理はじめてからひとつきくらいして、採用試験受かってて、春から中学の先生になるの決まって。 せやから、進路の事話した日、変に首突っ込んだらあかんって思ってたのに、お前やったから。…あんな遅くまで話聞いてもうた。」 「え？」

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145 一つの言葉にひっかかった。 "お前やったから"ってどういう意味？ 「…わたしだったからって、何でですか？」 疑問を口にする。 「…松ぼっくり」 ＊＊＊

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146 side-N 臨時採用１日目。 生徒に松ぼっくりをぶっかけられた。 「………なんこれ」 「えと、…松ぼっくり爆弾？」 ちょっとイラッときた気持ちを抑えて、はよ座り、って声をかけた。

こそこそゆゆこ @colorful_iline

147 なんやねん、あいつ。 そう思って見た子の、松ぼっくりをいくつか拾う姿が、なんだかキラキラして見えて、ああ、楽しそうやな、って思った。

こそこそゆゆこ @colorful_iline

148 試験の結果待ち、1年目あかんくて、泣きの2年目。 正直毎日吐きそうなくらい自信なくて、そんな中で念願の臨時採用やって、緊張で更に吐きそうで。 でも松ぼっくり爆弾浴びて、生徒のこと見て声かけて。変な体験やけど、俺、先生やんって。

こそこそゆゆこ @colorful_iline

149 自分が先生として学校におるって実感がわいて、張りつめて今にも切れそうな糸が少しゆるんだ気がした。 校舎案内された時、気になってた離れの中庭に行くと、松ぼっくり爆弾の生徒がおった。 緊張を解いてくれたこの子に、少し話したなって、声をかけた。

こそこそゆゆこ @colorful_iline

150 そしたら松ぼっくり戦争ちゅうわけわからんもんに誘われて、こいつなんなんって思いながら、でもこういうのが学校の楽しみやんな。 もしかしたら、今年もダメかもしらん。そしたら普通に就職探さなあかんし、今楽しめる経験は今しとかなあかん。そう思って、誘いにのった。